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「つらい真実 虚構の特攻隊神話」を読むー戦中派で特攻隊に自分も行くのが当然と考えていた筆者がたどり着いたのは、腐敗し官僚化した軍隊の姿でした

潜水艦のごちそうだった「うなぎの缶詰」を試食したー「潜水艦気質よもやま物語」にちなんで

日中戦争が始まった1937(昭和12)年の11月ごろ、各地にこんな年賀はがき印刷見本が届いていました

わずかでも空襲被害者に役立った「戦時災害保護法」ー敗戦後に軍人関連の補償制度とともに廃止、軍人関連は恩給など復活するも、空襲関連は復活せず

祖父や叔父らの戦歴を知りたい、戦死の状況を知りたいー第一歩は軍歴照明書の取得から

こんなところにも戦争があった:延岡の特攻艇「震洋」格納壕

3週間前

加害の歴史を忘れない

太平洋戦争末期、信濃毎日新聞のコラム「信山風」の提案は、現代にも通じる名コラム

忘れ去られた特攻基地 高知の海に潜んだ「震洋」と「回天」

2週間前

軍隊では、どんな歌を歌っていたかーそして戦後にも登場する、軍歌を歌える酒場とは

「自分たちが行かないと国を守れない」と信じた青年が敗戦を迎え、悩みを打ち明けた青年学校教師の返信

興亜奉公日から大詔奉戴日へー臣民の戦争への関心維持に、あの手この手。そして追従した情けない新聞の姿

敗戦後13年しても、消息不明長野県関係者が1770人も記載されていた「未帰還者名簿」に見る戦時下、戦後の惨状

「非常時」に備えた衛生思想普及の目玉は「大キンタマ」でした

日露戦争後、建造された「義勇艦」を知っているかーその後の国策の参考になった可能性も

奇妙な軍事小説を読む夢

太平洋戦争開戦の詔書を、当時の価値観で解釈した本で読むー「天祐は歴史的事実」とかいっちゃってる人の文ですが…

空襲から逃れる「疎開」にも、いろいろ煩雑な手続きが必要でしたー対象者も防空法で限定されました

戦前、戦中の若者たちが歌った、さまざまな歌ー戦争の深まりによる変貌と、変わらないもの

敗戦後に届いた、陸軍大臣感謝状配布の依頼

日独防共協定に1937年、イタリアが参加したことを受け、森永製菓は何をしたか

米陸軍製作の爆撃用地図の精密さに、総力戦の実力の違いを感じる

アナログ派の愉しみ/本◎獅子文六 著『自由学校』

1か月前

日中戦争、太平洋戦争で召集され、ビルマの戦場で看護を続けた長野県の日赤看護師・竹内静子(旧姓・宮本)さんの話

太平洋戦争下の唯一の衆議院選挙、翼賛政治体制協議会推薦候補が圧倒的だった選挙の一端を見る

【沖縄慰霊の日6・23】~沖縄の心を私は忘れない~

長野県の松本市役所が1942年ごろ備えた防空用の冊子を見るーおいおい、やはり精神頼みかよ(松本市のせいではない)

敗戦の現実をいかに後世に伝えるかー被害者意識ばかり高じていないか憂える

映画の話742 父親たちの星条旗

戦時下一切報道されず、消されていた特攻隊員・奥原英孝伍長(戦死)は長野県安曇村(現・松本市)出身者と判明

太平洋戦争下の衆議院議員選挙、権力側は、あの手この手で動員や宣伝を図るー隠れた翼賛選挙の実態

【終戦記念日】怒りの灯火

3か月前

防空壕と呼ばず「待避所」と強調して臣民に空襲の消火を義務付け、浸透を図っていたのが大日本帝国でした

敗戦と愛着障害と社会の歪み

2週間前

空襲の後、命をつないだ罹災証明書ー地域によってバラバラだった

尋常小学校・国民学校で精神鍛錬で女児が使ったとみられる小型のなぎなた入手ー何のためそこまで精神に拘泥したのか

中部軍司令部監修の月刊誌「国民防空」を読む(中)ー科学が登場するも、結局は精神。そして自己犠牲の称揚

東京ーロンドン間の飛行に世界最速で成功した神風号の操縦士、飯沼正明氏は太平洋戦争開戦直後に亡くなりますが…

歴史を知りたいなら、やはり本は欠かせない

戦地からの便り(5)

3日前

小野寺百合子『バルト海のほとりにて』 太平洋戦争に反対した武官の話

1か月前

空襲に対する臣民の覚悟は、隣組を通じて伝達ー既にバケツも不足の時期、火を消すことを徹底

戦地からの便り(1)

2週間前

終戦記念日だし玉音放送の最終原稿をバージョン1と比べてみよう

太平洋戦争末期、特に1945年4月以降、米軍は「紙の爆弾」を大量にまきましたー政府が報道を禁じたポツダム宣言も

戦時下、新聞社が作った防空対策本を読むー大手紙は政府迎合、骨を示した石橋湛山

戦地からの便り(4)

10日前

[書評] 「超」入門 失敗の本質 - 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ -

戦争が終わった頃の話(遠野高女の学徒動員)