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昭和天皇の戦争責任 愛国者学園物語 第248話
そこへ根津が思わぬ議題を投げ込んだ。
「昭和天皇の戦争責任について話しましょうよ」
と言ったのである。
これには流石に(さすがに)根津以外の全員が、司会の内田も含めて驚いた。そして、しばらく黙り込んだ。
すぐ前には、太平洋戦争の犠牲者の総数で揉めて(もめて)いた人々が、瞬時に変わった流れに何も言い出せなかった。
「タブーですかね? 話すと殺されるとか?」
根津はわざとらしく言って、美鈴をヒヤリとさせた。
「こ、こういう問題では私たちの方が不利ですわね」
そう美鈴は言ったが、その次が出てこなかった。
「私たちが不利、そうかな?」
根津の調子は変わらない。そして、吉沢に視線を飛ばした。
「我々は、昭和天皇には戦争責任なぞない、という立場をとる。それは知っているだろう?」
根津はうなづいた。
「では美鈴さん、どうぞ」
美鈴は恐る恐る話し始めた。当時の大日本帝国は御前会議(ごぜんかいぎ)を招集して、政治と軍事の最高幹部たちを集め、国の方針を決めていた。また戦争の方針も決めていたことも事実だ。つまり、御前会議は、日本の最高意思決定機関であり、昭和天皇はその出席者である。従って、日本の戦争は御前会議で決定されていたのであり、天皇もその決定に関わっている。だから、日本の戦争に昭和天皇は関係がある。結論として、昭和天皇には太平洋戦争に関する責任がある。ただし、戦争責任という言葉に何を含めるのかについては、議論する必要がある、と。
「なんだと! 昭和天皇に罪はない! 三橋美鈴(みつはし・みすず)は国賊だ!」
という大きな声がスタジオに響いた。それは、スタジオの外からの大音響で、美鈴を非難する声だった。それは数分間続いたが、その間、美鈴は生きた心地がしなかった。
その声は、スタジオを取り囲んだ右翼団体の街宣車からだった。彼らもこの番組を見ていて、それで声を上げたのだ。強矢(すねや)は途中で美鈴を非難しようとしたが、それに気がついた吉沢に止められて不愉快だった。天皇について話すので、吉沢は以前よりも注意深くなり、人の話を聞くようになった。
吉沢が自説を述べた。
「昭和天皇には戦争に関する責任はない」
その理由として、戦後の日本を一時期支配したGHQ:連合国軍最高司令部などは、昭和天皇を犯罪者扱いはしていない。東京裁判でも、天皇は裁かれなかった。それらの理由により、
昭和天皇には何の罪もない。吉沢は心の動揺を隠してそう言った。吉沢のような言い争いに慣れた人間でも、天皇に関わるこのような問題は苦手だったからだ。
美鈴は反論しようとしたが、その前に根津が美鈴を止めた。そして、二人は数分間内密に話し合ってから、討論を再開した。
美鈴が言った。
「吉沢さんへの反論をする前に、昭和天皇の戦争責任とはなにか、について話したいんです」
そういうスタートをした。
「昭和天皇の戦争責任とは、様々な意味を含む言葉です。彼を東京裁判にかけて有罪判決を出し絞首刑、あるいは懲役刑にすべきだったのか。あるいは、天皇の地位から退位させるべきだったのか。当時の政治システムではそれが可能だったのか、否か。あるいは謝罪の演説をさせれば良かったのか。人により、何が責任なのか、どういう謝罪をする、あるいは刑による罰を受ければ良かったのか、意見は無数にあると思います……」
吉沢が珍しく静かに尋ねた。
「じゃあ、美鈴さんは、どのような措置(そち)を望むのか? 昭和天皇に戦争責任があるとして、あのお方をどうすべきだったのか?」
「それはなかなか難しい質問です。具体的に彼をどうすべきだったのかは、私には結論がありません。投獄すべきだったのか、(息を呑んで)処刑すべきだったのか、他の方法を取るべきだったのか……。この問題を深く考えたことがないのです。でも、昭和天皇には戦争に関して同義的責任があります。それは間違いありません。自分が出席した会議で戦争の方針を決めたこと、そして、彼自身を含めた政治と軍事の最高幹部たちが日本の方針を決めていたこと。彼ら以外に日本の行末を決められる人々はいませんでした。昭和天皇は戦争に関わっていたのです」
美鈴は静寂さが支配していたスタジオに響く声で尋ねた。
「吉沢さんは、昭和天皇には戦争責任はない、という立場ですね?」
「そうだ。あるわけがない。第一に、GHQが何ら法的な手続きをしなかった。起訴されることも、逮捕されることもなかった。そして、国民から昭和天皇有罪説が出なかった。彼らにとっては昭和天皇は神にも等しい存在だった。現に、現人神(あらひとがみ)だったのだから。のちに人間宣言をされて、『人間』になられたが。そのような方を犯罪人扱いするなんて、まともな人間のすることではない」
根津が突っ込んだ。
「じゃあ、例えば、吉沢さんは、皇族がたはどんな犯罪を犯しても良いと言われるのか?」
吉沢がすぐに反応した。
「無礼な! そういう不敬な言動を許すわけにはいかない。取り消せ!」
「取り消しませんよ、この討論に関して重要なことを質問しているんですから」
根津が冷たく続けた。
「訴追(そつい)されないから罪はない。逮捕されないから罪はない。神のような存在だったから罪はない。それはおかしいとは思いませんか? 吉沢さんは、彼には同義的責任もないというのだろうか」
「あるわけないだろ! GHQは何もしなかったじゃないか! あのお方には何の責任もない!」
「軍人と政治家たちを呼んで最高会議を開き、それで日本の戦争方針を決めていたのに! ポツダム宣言を受託して日本の降伏を決めたのは誰ですか? 玉音放送(ぎょくおんほうそう)で国民に終戦を呼びかけたのは誰ですか? それなのに、何の責任もないだなんて!」
「天皇は何をしても許される! 生ける神だ! 神に仕えて何が悪いんだ!」
「なるほど、それが本音か」
根津は静かな口調で言った。
彼らはその後、二言三言言い合ったが、それは重要ではなかった。時間いっぱいになり
、これで第2回目の討論会は終わった。
続く
これは小説です。第2回目の討論会が終わって、一息つく美鈴たち。でも、討論会の余波は静まりませんでした。思わぬ大きな渦に巻き込まれる美鈴たちはどうなるのか。次回もお楽しみに!
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