素数平均律は、インターバルの純正性への回帰の為にあるのではない。より、多重的な「楽音的に意味を成す音程」の堆積によるハーモニーの可能性を広める為にあり、合成数平均律の限界を補う為のものだ。音響物理的な比率を、むしろ複雑化させる為にある。
一般人どころか、多くの趣味で音楽をやっている人を置いてけぼりにする、31EDO,19EDO,53EDOなどの素数微分音律の数々。24EDOは、二つのキーボード、36EDOは三つ、48EDOは四つ、60EDOは五つ、72EDOは六つのキーボードがあれば、調律をズラせば汎用性がある。
素数微分音律の問題は、記譜法にもあって。複音律や転音律の際に、ラベル付けされている変位記号が別の音程を指すこともあり、混同しないようにするにはという致命的な問題がある。ここにも、私が素数微分音律を使わない理由がある。十二分音で刻まれた72平均律が最も良い。演奏する側を考えて。
真夜中に起きて、取り憑かれたかの如く、音律開発。門外不出の音律を開発しております、とはいえども、そこまで斬新なことはしておりません。
あるエラい人は言った。 「The "2/1" Interval is Dissonant.」 調律師なら常識的なハナシだけど、アカデミックとノン・アカデミック関係なしに、これを楽理に音律に演奏に落とし込めるか。
毎日がいつもMy日であり、メッセージ。 『10月15日』 ・1015=十十五=ドドイツ ➡️都都逸*のリズムに乗せて豊かさ意識を奏でてみよう💗 *都都逸は江戸時代に登場した七七七五の音律の短詩型文芸 立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は 百合の花 #毎日 #My日 #インスピレーション
純正律。 それは天上の響きとも謳われる、今では失われてしまったと言っても過言ではない音律です。 では現在主流の平均律と一体何が違うのでしょうか? 平均律と純正律の響きの違いhttp://classic.totteoki.info/report.php?page=160718R100001