ベートーヴェンの弟子チェルニーが記述する平均律
ベートーヴェンの弟子、そしてリストの師として知られるカール・チェルニーが1839年出版の「ピアノ演奏の基礎 op. 500 vol3」の中で平均律を記述していましたので紹介します。下のサイトの下の方のvol3から英語版が見られます。これの書籍のページ番号で126ページ(pdf表記で136ページ)からです。
初めに、オクターヴと完全五度が最も協和度の高い音程であり、これらはどれだけ音程がずれているかがわかりやすいので調律に利用できるとします。調律の指南としては、Aから始め、全ての五度をA-E-……-G-D-Aととっていくだけです。しかしいくつかの補足があります。
まずこのように述べています。
ということで、sounds perfect = 完璧に聞こえるとはどういうことなのか議論の余地がありますが、更に補足があります。
チェルニーは上で述べられているような調律をしたのちの、12種の音が決まったもののすべてのオクターヴは調律できていない段階で、調律済みの鍵盤だけで試し弾きをすることで、調律がうまくいったかどうか確かめられ、修正できると述べます。オクターヴ、完全五度、長3度を次の3つの純正度合いによって調整できると述べます。
1.ほとんど気が付かないほど純正より狭い
2.完璧に純正
3.ほんの少しだけ純正より広い
オクターヴは"完璧に純正"、の2番を満たすべきで、完全五度は1の"ほとんど気が付かないほど純正より狭い"、を満たすべきと述べます。長3度については直接述べられませんが、この分類の中では”3.ほんの少しだけ純正より広い”になるでしょう。
こうしてオクターヴと完全五度の合わせ方を述べたのち、こう述べます。
総合して考えるとこれは、完全五度を1/12PCコンマだけ狭めることを12回繰り返すことの難しさを述べたもので、そのエラーの蓄積で最後のオクターヴや完全五度が変化してしまうことに言及しています。
したがって、これは平均律に言及した記述です。そのほかのミーントーンや、キルンベルガーなどの音律に言及していないことにも注意です。このことからもやはり、他の資料(前までの数々の投稿を参照)も合わせて、この時代のドイツ・オーストリアで平均律が主流であったと再確認できます。一方他の地域では状況が異なることには注意が必要です。
ヨーロッパ地域ごとの各音律の需要について(音律史について自分で調べたことのまとめ-2)
また、CPEbachなどの初期の平均律的音律と比べ、精密さが増している点も個人的に気になります。CPEbachは1753年、『正しいクラヴィーア奏法』において大体の五度を気が付かないほど狭める(前の投稿か
平均律の歴史的位置 The Historical Position of Equal Temperament
https://mvsica.sakura.ne.jp/eki/ekiinfo/HPET.pdf
こちらを参照)、とあいまいな記述をしていますが、これは裏を返せば、五度を少しずつ狭めた結果最後の五度が多少違っていても許容する、という風にもとらえられます。当時の楽器は調律が今ほど安定していなかったこともあり、30分も1時間も調律に時間をかけていられたのか、というところには疑問があります。実際、キルンベルガーは純正作曲の技法において平均律は再現性がないことを指摘し、手早く調律できるとしてオリジナルの純正に基づいた調律法を勧めました。しかしながらここでチェルニーは、最後の五度が違っていたら戻り、誤りを修正するよう要求し、こうした精密な調律を行える耳を身に着けるよう勧めているのです。
チェルニーはベートーヴェンやリストとつながっており、これらの作曲家が平均律を使用していた可能性もあります。また個人的に気になるのはサリエリを含めた関係性で、アントニオ・サリエリはチェルニーの師でしたが、サリエリは当時有名な大変優秀な教育者で、直接ベートーヴェン、リスト、シューベルト、ジュースマイヤー、フランツ・クサーヴァー・モーツァルトを教えています(だから何だと言われればそれまでですが。。。)。
チェルニーの練習曲については嫌になるほど弾いた読者もいるかもしれませんが、ともかくこうした作曲家の一人が明確に平均律を記述しているというのは重要な歴史的事実です。