五度圏と音律の数学

今までは音の性質について書いていたので物理だったが、今回はほぼ音程と周波数の話しか出てこないので数学である。

3倍音はなぜ完全5度なのか。

今、Cから上に完全5度ずつ上がる音列を書くと、

C G D A E H Fis Cis Gis

となる。一方、下へ完全5度ずつ下がると、

C F B Es As

となる。GisとAsはいわゆる異名同音である。出てきた13個の音を並べ直すと、

As A B H C Cis D Es E F Fis G Gis

と、半音階に必要な音が全部出ていることが分かる。これは完全5度が半音7個分、オクターブが半音12個分で、7と12が互いに素だからである。直感的に分かるとは思うが、厳密な証明は群論だと思うから大学レベルかもしれない。背理法を使えば中学数学レベルでも証明できるかなー、という感じ。

この13個の音を、アナログ時計の文字盤のように、Asから5度上げながらそれこそ時計回りに書いたものを五度圏、英語ではcircle of fifthという。圏と書いているが、英語を見れば分かるように円の意味である。5度は英語ではfifth(5thとも書く)、完全5度はperfect fifthである。13個目のGisはAs(場合によってはEsとDisだったり、DesとCisだったりもするが)と同じ位置に書く(ちょっとずらすこともある)。

さて、完全5度は3/2倍なので、仮にAsを1と置いて次々に計算していくと、

As 1
Es 3/2
B 9/4→1オクターブ下げるために2で割って9/8
F 27/16
C 81/32→81/64
G 243/128
D 729/256→729/512
A 2,187/1,024→2,187/2,048
E 6,561/4,096
H 19,683/8192→19,683/16,384
Fis 59,049/32,768
Cis 177,147/65,536→177,147/131,072
Gis 531,441/262,144→531,441/524,288=1.01364

と全部の半音の周波数比が判明する。

あれ。Gisがぴったり1にならない。そりゃ当たり前で、分子は3×3×3×…、分母は2×2×2×…なのだから、約分が一切できず、絶対に整数にならない。累乗や素因数分解が絡むので微妙に中学数学だが、小学生でも理解はできる範囲だろう(中学入試とかに出そうだ)。

GisがAsの1.01364倍の周波数になるので、Gisの方が高い。先ほど「いわゆる異名同音」と書いたが、実際には名前も周波数も同じ音ではない。五度圏の説明で「ずらすこともある」と書いたのはまさにこれが理由である。

では、一体どれくらいずれているのか。

そこで半音を探してみると、As→G(長7度上)が 243/128であることが分かる。長7度下はその逆数(小学算数)で128/243である。これを2倍すれば1オクターブ上がり、短2度上、つまり半音上になるので、周波数比256/243が半音である。これは小数に直すと1.0535であり、AsとGisの差は半音の1/4くらいだろう、と分かる。

また、自由研究として残しておくが、数字の小さい順に並び替えるとちゃんと半音階になっているはずである

したがって、第3倍音によるハモりをオクターブを調整しながら12回重ねるとだいたい元の音に戻って、出てきた13個の音のうち最後の音を除いた12個の音を低い方から順番に並べ直すと半音階になっていて、第3倍音に相当する音は基音から数えて半音7個目に来る。オクターブを半音で12個に分けている場合、この位置に来る音を完全5度というのであった。めでたく第3倍音が完全5度であるということが判明したわけである。

…ピアノやギターの場合、AsとGisが違う音だったら困らね?

この音列はピアノの調律ではあまり(いや、ほとんど)使われない。実は音階の各音のピッチ(周波数)は色々な決め方があり、その決め方のことを音律という。ここで決めた音律は実は「ピタゴラス音律」という音律である。このピタゴラスは別名三平方の定理と言われる「ピタゴラスの定理」のピタゴラスさんである。

ピアノの調律でピタゴラス音律を使う場合は、AsとGisのどちらかを捨てることになる。ただ、これだとAsを捨てればフラット系の調で問題が起き、Gisを捨てればシャープ系の調で問題が起きてしまう。そこで普通はAsとGisが同じ音になるように、あちこちに分散させて「しわ寄せ」した音律が使われる。このしわ寄せの方法、つまり音律にも色々なものがある。

ということは、ピタゴラス音律の完全5度と、ピアノの完全5度(のうち、しわ寄せを押し付けられたもの)は同じ完全5度でも周波数比が違うということである。ピタゴラス音律の5度のように周波数比が整数になっている音程を純正を付けて純正完全5度のように呼ぶ。英語ではpure perfect fifth、あるいはjust perfect fifthである。

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