『脳と音楽』 伊藤 浩介 (著) いや、脳の話より、二章、内耳の基底膜の物理的特性がもとになって、三章、音から音階へ、四章 ドレミファソラシド、各種音律が成立する部分が圧倒的に面白い。タイトル不適切、だが本は面白いぞ。
『脳と音楽』 2024/10/10
伊藤 浩介 (著)
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ここから僕の感想
編集者かなあ、タイトルつけたの。「脳と音楽」か。そうじゃないだろ。というのがまず感想かなあ。いやあ、本はすごく面白かったのだが。
たしかに著者は脳学者なんだがな。
角野隼斗氏(反田恭平さんが準優勝したときのショパンコンクールでセミファイナルまで進んだ新進気鋭のピアニストであると同時に、開成から東大情報工学大学院で情報工学を研究し、かつユーチューバーでもある、いろんな意味で天才である)が「音階/音律の成り立ちに関して、たくさんの本を読んだが私にとって本書がもっとも理にかなっていて分かりやすい」と書いている、ここが僕も一番面白かったのだが、これは脳の話ではなく、耳の、内耳の、蝸牛器官の中央階(二階)と鼓室階(一階)の間にある「基底膜」という器官の、その物理的な特性に依存している話が面白いのだよな、脳じゃないよ。基底膜という厚さと幅が「入り口側で狭く厚みがあり、奥に行くほど幅広く薄くなって」(p-56)いるので、高い音は入口部分が、低い音は出口部分が震動する、こいつが音階・音律の発生に決定的な働きをしたというこの人の説が、もう面白いのである。
二つの音が干渉しないだけ基底膜上で離れている、その最低限の離れる幅が全音、干渉が最大値の25%まで減る幅が半音だというのだな。つまりオクターブの間を区切る音の幅は、基底膜における干渉の起きる/起きない長さによって決まったというのだな。これ、脳の話じゃなくて、基底膜という物理的特性がもとにある、という話。タイトルは「脳と音楽」だけど、いちばん面白いのは脳の話じゃなくて、基底膜の話でした。
全九章のうち、この話をしている第二章(音の誕生)から第三章(音から音階へ)、第四章(ドレミの誕生)この部分が最高にスリリングで面白い。一オクターブをなぜドレミファソラシ七音で分けたのか。もう目からうろこが百枚は落ちる。ほんとにこの二章から四章(角野氏が面白いと思ったのも、ここだと思うのだよな)は、今まであんまり語られていない、この著者のオリジナルな論だと思うし、圧倒的に面白いと思う。
ここから先の五章から七章は音楽をやってきた人にとっては、ある程度わかっていることになると思うのである。いちおう読んだけど。「緊張と弛緩」だけで押し切るのはなんだか。音楽をやる人としてはご本人も書いている通り、アマチュア愛好家なのだなあと思う。
脳科学の用語と視点で説明していく八章はちょいと面白さ復活。言語と音楽はどう似ていてどう違うのか、それを脳科学の知見から解説していく八章、九章の話というのは、音楽と文学、両方を愛好して来た僕にはなかなか興味深かった。
でもなあ、二章から四章がこの本の白眉。ここだけのために、買っても損は無し。でした。
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