バッハの時代の人々の平均律受容の足跡(音律史-自分で調べたことのまとめ-7)

はじめに

 以下はyoutubeのコミュニティに投稿した複数の文章をそのままコピペしたものです。私は研究者ではありませんし、音楽もしていません。情報元はほとんどネット上の論文です。ただ、できるだけ18世紀、19世紀当時の直接的な記述(ほとんど日本語か、英語に翻訳されたものだが)を参考にするようにしていますので、原典を確認することはできると思います。
 言いたいことは、情報元を確認してほしい、ということです。そして、芸術的解釈と、厳密な音楽史の研究は区別して、どこからどこまでが確実に言えて、どこからは推測なのかをはっきりする必要があります。私はもう音律関係のことを漁るのには満足しましたし、何かこの記事にコメントがあったとしても返すかどうかはわかりませんが、もし何か音律史についてこの記事のようなてきとうなものではなく、きちんとした主張をしたいのならば、ドイツ語の書籍をあさったり、当時の書籍や書簡をあさったりする必要があるかと思います。私はこうしたことをしませんでしたが、研究したい場合、できることです、ぜひそうしてください。


本文

出典元

いつものこの記事からヴェルクマイスターなどの人々の平均律受容の足跡をたどってみます。
18th century quotations relating to J.S. Bach’s temperament https://www.huygens-fokker.org/docs/K...
の20ページあたりからです。 いつも通り、英語訳からの独自日本語訳を『』内に記載しています。

 なおここで述べたほとんどのことが、よく議論になるバッハのDas Wohltemperirte Clavierが発表された1722年以前の出来事であることに注意してください。

Werckmeister

 1691年 Werckmeister は Musicalische Temperaturを出版します。ここに出る音律で最も有名なのはWerckmeister III temperamentです。この音律についての解説は他に散々あるので省略します。なお、Werckmeister III音律自体はこれ以前にWerckmeisterが1681年に発表したOrgel-Probeにすでにのっていましたが、番号付けされたのがMusicalische Temperaturでのことのようです。

これの31ページ
A Passable and Good Temperament
https://gupea.ub.gu.se/bitstream/handle/2077/15641/gupea_2077_15641_5.pdf

またOrgel-Probeのタイトル文においてwohl zu temperirenの語がつかわれます。

kurtze Beschreibung wie und welcher Gestalt man die Orgelwercke von den Orgelmachern annehmen, probieren, untersuchen und den kirchen Liefern könne und sole, benebst einem kurtzen Unterricht, wie durch Anweiss und hülfe des Monochordi ein clavier wohl zu temperiren und zu stimmen sei.

Werckmeister(1681), Orgel-Probe

8th Octave Overtone Tuning
https://irp-cdn.multiscreensite.com/0ed5a850/files/uploaded/8th_Octave_Overtone_Tuning.5pdf.pdf
の62ページより



 1698 年 Werckmeister は Anmerkungen und Reglen (Observations and Rules on how to play the basso continuo)を出版します。その中の章"short instruction on how to tune a keyboard in a good temperament (またはBrief remarks on how one can tune and temper a keyboard instrument well、原文が不明だが、おそらくgood、wellの元はguten。上の論文でgood temperamentが何を意味するのか述べられており、その関連で引用されている別文から)"の一部は
https://web.archive.org/web/202212072...
こちらで確認できます。
 紹介された音律の要約は

・C-G- …… -C sharpまでの完全五度を少しだけ狭める(1/8~1/12 Pythagoras commaと書いているが、実際にはもう少し狭めないと整合性が合わない。)
・C sharp-G sharpはほぼ純正
・G sharp-D sharp-Bは少し広げる。
・B-Fも同じく広げるか、純正
・F-Cは当たり障りない感じになっているはず

という感じで、前の音律よりも平均律に近くなっています。 1/4 コンマ狭い五度を耐えるのは厳しく、それならば2/3コンマ広い三度(これはほぼ平均律三度)を耐えた方がまし、という記述もあります。
 そしてさらに

‘All fifths can hover down a 1/12 comma (with the top note in relation to the bottom note)…so that it is tolerate if one wants to play the entire keyboard and for all songs(compositions) in all tonalities’
『すべての五度を1/12コンマ下げることができる(下の音に対して上の音を)。全ての鍵盤を使って、どんな曲でも全ての調で演奏できるようにしたい場合、こうすると耐えられるようになる』

Werckmeister (1698), Anmerkungen und Reglen

と述べます。  ヴェルクマイスター死後一年後の1707年出版の Musikalische Paradoxal-Discourseでは、明確に平均律を支持します。

‘We know that in a temperament in which all the fifths are 1/12 comma narrowed…and an accurate ear can achieve and tune this, than(訳注:原文ママ、おそらくthenの誤植?) we will get a ‘wohl temperierte Harmonia’ (well tempered Harmony) in the whole circle (of fifths) and in all tonalities...’
『すでに分かっていることだが、全ての五度を1/12コンマ狭める五度では――正確な聴覚があれば聞き分け、調律することができるのだが——これによって‘wohl temperierte Harmonia’、良く調律されたハーモニーが五度圏全体、すなわちすべての調において得られるのだ。』
 

Werckmeister(1707), Musikalische Paradoxal-Discourse


 ここではバッハのDas Wohltemperirte Clavierが1722年に発表される15年前に、平均律によりwohl temperierte Harmoniaが得られると述べていると述べていることに注意。


'If one makes a number of thirds too pure, and then this is an insult to the other harmonies and also for the fifths'
『もしいくらかの三度をあまりに純正にしてしまうと、他の三度のハーモニーに甚大なダメージが及ぶし、五度へのダメージも深刻である』

Werckmeister(1707), Musikalische Paradoxal-Discourse

Neidhardt

 1706年、Neidhardtは Beste und leichteste Temperatur des Monochordiを発表します。ここでは――この18th century quotations relating to J.S. Bach’s temperamentの記述では――ドイツで初めてgleich- schwebend(equal temperament)の名が使われ、Werckmeisterを

‘Who demands a temperament in which all consonants are equal, he makes all fifths 1/12 comma narrow.’
『すべての協和音が同じくなるようにする音律を求め、全ての五度を1/12コンマ狭めた』

Neidhardt(1706), Beste und leichteste Temperatur des Monochordi

と述べます。
 この他Neidhardtは平均律では満たせない要求を満たすべく、平均律に近い音律を多数開発し、その一つは俗にバッハオルガンと言われるバッハが評価したオルガンに採用されましたが、この詳細はまた別の機会に。
参考: https://gupea.ub.gu.se/bitstream/hand...
https://www.bach-thueringen.de/en/w/b...


Johann Mattheson

 Johann Matthesonは前の投稿でも示したように1713年に調性格について述べており、これは現代でも不等律を支持する根拠とされることもあるようですが、Matthesonはこの9年後から一貫して平均律への支持を表明しており、この調性格議論には注意が必要です(Matthesonはまた、この調性格はピッチによるものと明言しており、当時あった2つのメジャーな standard pitchの内、1つについて述べたものであると明言しています。前の投稿参照)。  1719年にMatthesonはExamplarische Organisten=Probe Im Artikel vom General-Bass welche vermittelst 24. leichter/ und eben so viel etwas schweren Exempel aus allen Tonen/ des Endes an zu stellen ist/ daẞ einer/ der Diese 48. Prob=Stücke Rein trifft/ und das darinn Erhaltene wohl anbringt/ sich vor andern rühmen möge: Er sei ein Meister im accompagnieren. (英訳: An exemplary organists test in articles which by means that we employ 24 easy and the same amount of a bit more difficult examples in all tonalities, so that anyone who can play these 48 exercises and applies the content properly, themselves may glorify: He is a master in accompanying.) を出版します。  『典型的なオルガニストのためのテスト――24の簡単な、そして24の少し難しい例で全ての調性を網羅しており、これらの練習曲を演奏でき応用できれば、伴奏のプロを自称できよう。』 という意味で、この1719年には具体的に平均律とは述べていないものの、全ての調を弾くことを前提とした練習マニュアルを出版していたということです。


浅い考察

 他にもいろいろあるでしょうがひとまずここまで。私の知る限り、バッハが特定の音律を使用していたとする直接的な証拠はありません。そして今まで投稿してきた事実と以上のような記述を考えると、Wohltemperirteから平均律を除く根拠が私にはわからないのです。バッハが使用していたのはヴェルクマイスターⅢ音律ではないとするのと同じぐらいに、平均律ではないとするのは難しいように思います。

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