大川隆法総裁先生は"不立文字"(真理は言葉に出来ないもの)を否定していないはずだが。 「人に伝える、救済という点においては言葉に出来る教えの方が価値が高い」という旨の話は読んだ憶えがあるけれども。
自己愛、利己主義を「悪」と捉えるのはいけないと思う 彼らは愛の不足分を自ら補っているだけのこと あなたが彼なら同じことするだろう あなたが私なら同じように思うだろう 愛着を着た者にはわからぬ「寒さ」がある 愛着を知らぬ者にはわからぬ「温かさ」がある ただそれだけのこと
「生活」に嫌気がさした者が疲れ、「座れ」と言い、 「禅定」に嫌気がさした者が乱れ、「学べ」と叱り、 「学問」に嫌気がさした者が立ち、「働け」と命じ、 「労働」に嫌気がさした者が語り、「和せ」と告げ、 「平穏」に嫌気がさした者が絶ち、「然り」と思い、 「自然」に嫌気がさした者が生む