人気の記事一覧

【読書】永井均『存在と時間 ── 哲学探究1』

3週間前

25年2月山括弧塾講義(オンライン)について

マクタガートの「時間は実在しない」という主張は正しいか?——大澤真幸・永井均『今という驚きを考えたことがありますか』を読む

2週間前

文法的世界【8】

永井均(著)『存在と時間 ――哲学探究1 』読書メモ(再掲)

【哲学は何の役に立つのか】時代が悪いと言うのなら

2週間前

文法的世界【6】

2週間前

【哲学】永井均はそもそも"学者"であるのか?【天才@hitoshinagai1】

1か月前

文法的世界【7】

文法的世界【3】

1か月前

文法的世界【4】

1か月前

『ウィトゲンシュタイン入門』1章〜2章_第6回哲学読書会

24年冬季 山括弧塾(エイムズ先生オンライン講義)について(事務局からのお知らせ)

2か月前

【読書】ジョン・エリス・マクタガート,永井均『時間の非実在性』

1か月前

【読書】永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み―哲学的諸問題へのいざない』

2か月前

Archives 哲学/形而上学・数学・物理学

¥1,500

【読書】永井均『<子ども>のための哲学』

2か月前

【読書】永井均『子どものための哲学対話』

4か月前

【永井均】日本人哲学者の問題点と解決【@hitoshinagai1】

1か月前

【永井均】哲学は学問であるのか?@hitoshinagai1

1か月前

「しょせんすべては小さなこと」:哲学の源泉としてのニヒリズム——永井均氏『哲学の密かな闘い』より

6か月前

【応答回避】なぜ主語が日本語にはないのか?

1か月前

【LAWドキュメント72時間】価値とは何か?

1か月前

『ウィトゲンシュタイン入門』3章〜4章_第7回哲学読書会

試論「私はすでに死んでいる」Ⅰ

3週間前

推論的世界【10】

4か月前

「親ガチャ」について

4か月前

推論的世界【4】

5か月前

【書評】デイヴィッド・ベネター「生まれてこないほうが良かった」

試論「私はすでに死んでいる」II

2週間前

24年秋季 山括弧塾について(事務局からのお知らせ)※追記あり

6か月前

推論的世界【9】

4か月前

私自身の場合は、<私>それ自体を創出する力をこの<私>の方から探究する。つまり無限を有限それ自体の内部から探究するという方向に近いが、無限を有限に切り替える力としての自由を無限それ自体<>との関係において探求する。この点が永井哲学とも入不二哲学とも違う点

入不二哲学は有限を探究する場合にも無限それ自体の内部から探究する。永井哲学も無限を探究するがそれを有限それ自体の内部から不可能なものとして探究することになる。つまり永井哲学は物自体を残している。

24年秋季 山括弧塾(入不二基義先生追加講義)について(事務局からのお知らせ)

4か月前

哲学の快楽──「詩を読むことの快楽」を補う

推論的世界【5】

5か月前

原草稿『形而上学 この私が今ここにあること』文字列あるいは反転図形――不断の<反転/振動>という動的な構造化の運動

¥1,000

「哲学の快楽──「詩を読むことの快楽」を補う」を読む

超越無くして、共同体も政治もあり得ない

2か月前

独在論にささる哲学的批判は?ー〈Φ〉は独在論へ切り込めるのかー

¥300

【ウィトゲンシュタイン入門(永井均)】序盤で挫折した話

3か月前

原草稿『形而上学 この私が今ここにあること』 第3章 <非-思量>という<次元/場> Ⅰ<私-誰 I-Someone/Who>

¥1,000

原草稿『形而上学 この私が今ここにあること』 この<私>の<今-(hyphen)ここ>――無内包かつ不可分な<今>と<ここ>

¥1,000

ペルソナ的世界【18】

6か月前

永井均先生の<私>の哲学を検討する その10-2

5か月前

原草稿『形而上学 この私が今ここにあること』 カント『純粋理性批判』――「形式としての空間」の形式性

¥1,000

青山拓央氏の場合――「意識」を巡る記述の超越論的-超越的二重性/循環

¥1,000

原草稿『形而上学 この私が今ここにあること』第1章Ⅱ-2「マイナス内包」への遡行/想定と<超越論的自由>

¥1,000

推論的世界【3】

5か月前