【読書】永井均『<子ども>のための哲学』
「複数の脱人格的自我のうちどれが自分の自我か?ということは、単にそれが<ぼく>であるという事実によってのみ決定する」
……なるほど。
それで、脱人格的自我という仮定は、固有の記憶からも解放されていると理解して良いのかな。けど、過去との連続性なしに<ぼく>は<ぼく>を特定できるだろうか。記憶と自我は不可分であるような気が直感的にはするのだけど。だとすると"脱人格的自我"というのは想定可能と言えるの?……
永井均さんの本はとても面白い。
だけど、読んでるといろいろと愚にもつかないこと(言葉は悪いけど、実益に直結しないという意味で使うなら、きっと永井さんも許してくれるのではないかと思います)を考え始めて、結局、寝不足になっちゃうのが難点です。
山を走ることと本を読むことは同時にはできません(二宮金次郎だって走ってはいないし)。自分の嗜好からすると、たぶん昼は走って、夜に読み、深夜はちゃんと眠るのが、一番効率的な時間の使い方なのでしょう。
それなのに、そういう「大人」の切り替えができないから、永井さんの著作に夢中になって、結局、ぼくはまたトレーニングもせずに休日を棒にふっている。
というわけで、本書『<子ども>のための哲学』は、「子ども」だけでなく、ぼくみたいに「大人になれない人」にもおすすめです。
(2017/7/8 記、2024/12/13 改稿)
永井均『<子ども>のための哲学』講談社(1996/5/20)
ISBN-10 4061493019
ISBN-13 978-4061493018