筆者は幼児期から奪われてきた「自我の主動性(主導性ではない)」を、思考によって補っているところがあったのだと思う。だから頭でっかちだったり、一時期ギスギスしていたのだ。それは必要といえば必要な過程ではあったが、自分のみならず周囲もしんどかっただろう。ごめんなさい。引き続き努力。
おがさんのNOTE再投稿⑳ 「感覚統合的視点」からみる幼児期の「お片付け」の構造化の話 https://note.com/lucky_ogasan698/n/n4a1f0d8a1877