私たちが学徒出陣させられる時は、みんな私服で行くのだろうか...
「死んでも靖国神社に行かないからね、天国に行くから」(上原良司氏、22歳) ※5/11/2024、東京新聞「一枚のものがたり 塾生出陣壮行会 1943年」 https://www.tokyo-np.co.jp/article/326455?rct=photostory
「永世に平和を守るといふ意志のこの国の場合の弱き響きよ」(唐津常男氏「戦火」、1950年9月「短歌研究」) 「遂げ得ざる論文を措きて卒業す悔とし言はばかかる悔のみ」(同「学徒出陣の歌」、1943年12月「短歌研究」) ※10/30/2023、東京新聞夕刊「一首のものがたり」
出陣した学徒の正確な人数、陸海軍のいかなる部門に配属されたのか、そして何より戦死者の数はどれほどなのか、何一つ明確ではない。 ※9/6/2023、東京新聞夕刊 保阪正康「耳に残る出陣学徒隊の慨嘆」 ※「日録20世紀1943年」(講談社)
「軍隊、それは予想していた何層倍もテリブルな所です。…全ての人から人間性を奪ってしまっています。二年兵はただ、我々初年兵を奴レイのごとく、否機械のごとくに扱い、苦しめ、いじめるより他に仕事もないのです」 (早大政経学部・ブーゲンビル島で戦死、28歳) ※「きけわだつみのこえ」
NHKスペシャルで、学徒出陣で答辞を読んだ江橋さんは、その後生きて帰ってきたのだろうかと思って見ていたら、四年前にお亡くなりになってはいたが無事帰還されていたことを知り大変驚いている。 たった79年前のこと。こんなことがあってはいけない。