テレサ

還暦が過ぎました。 これまでの人生を振り返りながら、これまでの事、これから先の事、Noteに思いつくままに、書いています。 21歳からお母さんをやっています。娘3人、孫4人、専門は、幼児教育 「母の刺繍」インスタで公開中

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還暦が過ぎました。 これまでの人生を振り返りながら、これまでの事、これから先の事、Noteに思いつくままに、書いています。 21歳からお母さんをやっています。娘3人、孫4人、専門は、幼児教育 「母の刺繍」インスタで公開中

マガジン

  • 浪江💛子どもプロジェクト

    福島県浪江町で、子育て中のママたちと繋がりたい!そんな思いで、学生時代の友達と始めた「子どもプロジェクト」の記事をまとめています。 運営スタッフは、全員、子育て経験豊富な、もと「幼稚園の先生」です! 楽しいこと、いっぱい用意しています!

  • 母の介護施設ライフ

    母の「介護施設」でのエピソードの記事をまとめています。 昭和4年(1929年)生まれ、現在95歳「要介護1」の母です。 同じ施設の入所さんとの事や、母とのお喋りした事を書いています。

  • ばあばの「孫息子日記」

    シングルマザーの母(私の娘)のもとで育ってきた孫息子。 娘しか育てたことがない私が、孫で初めて男の子と接し、感じたことや、孫息子との些細な出来事を、「ばあばの視点」で、書きとめた記事をまとめています。

  • 私のファミリーヒストリー

    私の両親の事を書いた記事をまとめています。 大正10年(1921年)生まれの父は、すでに他界、 昭和4年(1929年)生まれの母は、現在95歳で健在です。 日本の戦前・戦中・戦後の父母の「記憶」を、娘の立場で書いています。 教科書には載っていない、一般市民の歴史です。

  • 母の刺繍

    半世紀に亘り、「雄鶏刺しゅう研究グループ」で、欧風刺繍(ヨーロッパ刺繍)に携わってきた「母の刺繍」について、「私が思うこと」を記事に書いています。 「刺繍作品」の裏にあるストーリーや「刺繍展」のことなども書いています。

最近の記事

  • 固定された記事

「母の刺繍作品」を、この先どうしたらイイのか!を考えている…

実家を処分後、置き場に困りトランクルームで保管している母の刺繍作品たちを、この先どうしたらいいのか、最近、毎日のように考えている。 私の母は、半世紀に亘りヨーロッパ刺繍の作品作りをしてきた。そのことは、Noteのいくつかの記事に書いている。 母の使いきれなかった「刺繍糸」をメルカリに出品したことから、刺繍ファンが日本全国にいることを知り、購入者とのコメントのやり取りから、ちょっと「いい気」になった私は、母の作品をインスタグラムに掲載することを始めた。 そんな訳で、一年足

    • 最後の「父との会話」~メモに記された「不思議な話」と実話に「基づく話」

      父が、「寝たきり」になり、「病院」や「施設」のお世話になるようになった頃から、時々、良く分からない事を、話す事があった。 病院の窓を見ながら、 「むかし、中国から、黒い空気が流れて来て、日本の空が汚れた」とか、 良く分からない事を言い出した。 それが具体的に、いつの時代のことなのかも、良く分からなかった。 前回の記事に書いた出来事があった日、私は、父から聞いた「話」を忘れないように、書き留めていた。 父に「本」をくれた「海軍軍人」だった伯父さんが、乗船していた「戦

      • 「東京大空襲」の時、父が持ち出したかった「本」~父から最後に怒られた日

        父(既に他界)は、母と違って、「空襲」の話をあまりしなかった。 そんな父が、亡くなる1年ぐらい前に、 「空襲の時、あの”本”だけは、持って逃げれば良かったなぁ~」と言った。 その「本」は、父が、子どもの時に、母方の「伯父さん」から貰った 「日本外史」という本だった。 その「伯父さん」は、「海軍」の軍人で、「戦艦・山城」に乗っていた。 戦艦に乗船中、大砲から落ちて、怪我をし、その後「カリエス」となり、若くして亡くなった。結婚もせず、「子ども」も、いなかった。 私は

        • 母(95歳)第2回「講演会」~聴衆「おばあちゃん」の「発言」とは・・・

          母が入所している高齢者施設のスタッフさんから、お願いされて、母は、同じ入所者さんを相手に、お話をするようになった。 最初、1人から始まり、2回目の参加者は4人になった。 全員、母よりも5歳ぐらい若い方たちだ。 しかし、母以外は、全員「車椅子」を使っている。 2回目の「お話会」の中で、母は、戦時中、弾圧を逃れ中国の奥地に逃げていたある「共産党員」の話をした。 この「共産党員」が、戦後、日本に帰国し、当時、「GHQ本部」があった、日比谷の「第一生命ビル」の前で、 「マッ

        • 固定された記事

        「母の刺繍作品」を、この先どうしたらイイのか!を考えている…

        • 最後の「父との会話」~メモに記された「不思議な話」と実話に「基づく話」

        • 「東京大空襲」の時、父が持ち出したかった「本」~父から最後に怒られた日

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          9本
        • 母の介護施設ライフ
          7本
        • ばあばの「孫息子日記」
          9本
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          22本
        • 母の刺繍
          40本
        • 私のピアノライフ
          9本

        記事

          虎ノ門「岡埜榮泉」で「栗饅頭」を買って、母に持って行った!

          先日、「霞が関」の方に用事があり、その帰り、「虎ノ門」まで歩いて行った。 以前、書いた「記事」に、登場した「岡埜栄泉」の「栗饅頭」を買う為なのだ! お店の方に このお店は、戦前からこの場所だったのですか~? と尋ねてみた。 すると、店の奥にいらした方が、 虎ノ門にきたのは、昭和25年からで、 その前は本所(東京・墨田区)だったんです。 と返事があった。 これまで、母は、この「お店」に足を運んだことは無い。 だから母は、「新橋辺りにあったんじゃないかしら~

          虎ノ門「岡埜榮泉」で「栗饅頭」を買って、母に持って行った!

          私のプロフィールに、「3娘人孫3人」としていますが、先月4人目の孫が誕生しましたので、修正します。 予定日よりも1か月早く生まれ、2000gの小さい女の子でしたが、大変元気に育っています!

          私のプロフィールに、「3娘人孫3人」としていますが、先月4人目の孫が誕生しましたので、修正します。 予定日よりも1か月早く生まれ、2000gの小さい女の子でしたが、大変元気に育っています!

          東京・浜松町に「伊藤尚文舎」という「活版印刷屋」があった ~祖父の人生

          私の「母方の祖父」庄吉さんは、東京・港区で、大正時代から「活版印刷業」を営んでいた。 その屋号が「伊藤尚文舎」(いとうしょうぶんしゃ) 東京のど真ん中に、「伊藤尚文舎」という「活版印刷屋」があって、 そこに私の「祖父の人生」があった。 ※サムネイルは、今年、私が撮影した「愛宕神社」から見た東京タワーです。 ◆庄吉さんは、いろいろあって、上京をした。 私の母方の「本家」は、長野県長野市にあった。 庄吉さんの父「茂七(もしち)さん」(私の曽祖父)は、1877年(明治

          東京・浜松町に「伊藤尚文舎」という「活版印刷屋」があった ~祖父の人生

          母の「講演料」は??~演題は「二二六事件」そして「支那事変」

          母の入所している「高齢者施設」に、むかし「法律事務所」で仕事をされていたという「おばあちゃん」がいる。 その「おばあちゃん」が、ちょっとだけ、プライドが高くて「施設生活」に馴染めず、心を閉ざしているという。 施設の「理学療法士のスタッフさん」が、何故か、母を名指しして、一度その方の「話相手になって貰えないか」と言ってきた。 母は、良く分からないままに、言われた通り、その方と会って、お話をしたそうだ。 母に、「どんな事を話したの?」と尋ねると 自分の「子ども時代」の話

          母の「講演料」は??~演題は「二二六事件」そして「支那事変」

          先日noteに絵本「ぐりとぐら」に「カステラ」が登場する理由を書きました。 再度、中川李枝子さんの著書を読み直しましたら「ホットケーキ」より「美味しいもの」ではなく、「贅沢なもの」の間違いでした。 修正させて頂きました💦 https://note.com/jj1snc/n/nbf44b27e792d

          先日noteに絵本「ぐりとぐら」に「カステラ」が登場する理由を書きました。 再度、中川李枝子さんの著書を読み直しましたら「ホットケーキ」より「美味しいもの」ではなく、「贅沢なもの」の間違いでした。 修正させて頂きました💦 https://note.com/jj1snc/n/nbf44b27e792d

          「ぐり」と「ぐら」は、何故「カステラ」を作ったのか・・!

          絵本「ぐりとぐら」のお話には、美味しそうな「カステラ」が出てきます。 このお話を創った「中川李枝子さん」が、著書で、何故「カステラ」が登場しているのか、その理由を書かれていました。 保育園で先生をされていた時、当時の子ども達が大好きな「ちびくろさんぼ」のお話で、ヤシの木の周りをグルグル回り出した「虎たち」が、最後「バター」になり、その「バター」で、「ちびくろさんぼ」のお母さんが「ホットケーキ」を作ります。 この頃、「ホットケーキ」は子ども達にとって、「夢のおやつ」のよう

          「ぐり」と「ぐら」は、何故「カステラ」を作ったのか・・!

          暑かった~!福島・浪江で、フェスに参加しました!「こすもす~ママといっしょ」

          9月の浪江は、まだ暑い。 だから、もう少し涼しくなってからと思っていて、イベント開催は、予定していなかった。 ところが、有難いことに「浪江町教育課」から、町役場主催のフェスに参加しませんかとのお誘いを受け、「いっしょにあそぼう!」を開催しました! 回を重ねるごとに、アップデートされている。 今回も、ほぼこれまで通りのプログラムだったけれど、私たちに余裕ができて、その時の状況に合わせて「臨機応変」に、プログラムを変更できるようになった。 イベントの内容よりも、今回、重要

          暑かった~!福島・浪江で、フェスに参加しました!「こすもす~ママといっしょ」

          孫の私が想う、山を登る「庄吉さん」の「信仰心」

          「庄吉さん」(しょうきち)は、私の母方の「祖父」の名前。 母の話から、「庄吉さん」は、日本人が、古来から持ってきた「信仰心」と共に、日々の生活を営んできたことがうかがえる。 母の「戦争体験記」にこのような事が書かれていた。 「庄吉さん」は、「仏壇」に供えられていた「お茶」を、毎朝、取り換える時、 すべての餓鬼に施す… すべての餓鬼に施す… と唱えながら「古いお茶」を庭に撒いていた。 さらに、母の話だと、庄吉さんは、「お詣り」のために山に登ることがあった。 「白

          孫の私が想う、山を登る「庄吉さん」の「信仰心」

          あれから~私の「腱鞘炎」の現在

          今年の初めから、右手が「腱鞘炎」で、辛かった~! あれから、半年以上が経ち、現在は、ウソのように、回復した。 ピーク時に比べたら、かなり良い。 とは言え、 「親指」の「関節」は曲がらず、 「右手首」は、固まってる感じで、 右手全体が、常に「浮腫んでいる」ような感覚がある。 ピーク時から、半年以上、右手をサポーターで「固定」し続けたことで、今度は、固まってしまった。 ペンで、「小さい文字」も書けるようにはなったけれど、 「親指」が曲がらないので、「人差し指」に力を入

          あれから~私の「腱鞘炎」の現在

          「未来」から読む「母の戦争体験記」~「疎開」することを決めた時のこと

          母の「戦争体験記」を読むと、家族(父・母・姉と母)で、東京を離れ、義姉のいる「長野県・上田」に「疎開」することを決断する場面がある。 この時、2回目の空襲で、布団も、炊事道具も、殆どの生活道具を失い、食糧の配給も無く、水だけで、過ごしていた。 東京・中野に疎開するという近所の方から、「一緒に来ませんか」とのお誘いを断り、母の家族は、上野から汽車に乗り、疎開先を目指した。 「終戦」の2か月前、昭和20年6月のことだ。 それまでの、アメリカB29からの「空襲」の中、過ごし

          「未来」から読む「母の戦争体験記」~「疎開」することを決めた時のこと

          「プロセス」は大事~母には、学習した「時間」があったのだ!

          介護施設に入所した母の「隣の部屋」に、新しい「Sさん」が入った。 Sさんは、「歩行器」を使っている。 「歩行器」があれば、一人で移動できる。 食事の時間、食堂まで行くのに、Sさんは、とても時間が掛かるらしい。 後から、母が行くと、追い抜いてしまうぐらい、ゆっくりだそうだ。 母は、追い抜いては悪いと思い、追い抜かないよう、彼女の後ろから、ゆっくり歩いていく。 Sさんと、母は、「お喋り」をするようになった。 Sさんには、「娘さん」がいらっしゃる。 その娘さんに、この

          「プロセス」は大事~母には、学習した「時間」があったのだ!

          とにかく「栗饅頭」で「おやつ問題」解決!そして、母の「想う」こと~

          今年5月から始まった、母の「介護施設ライフ」は、「食事の味付け」以外は、殆ど快適に過ごしている。 口が超えている母にとって、食事だけでなく、「おやつ」も不服で、全く手を付けない。 なので、私が、面会に行く度に、溜まった「おやつ」を回収してくる。 そして、母が好きそうな、「常温」で「日持ち」する「あんこ系おやつ」を補充してくる。 この時、外せないのが「栗饅頭」だ。 必ず、「栗饅頭」は、持っていく。 もともと、母は「栗」の和菓子が好きだ。 小布施の「栗鹿ノ子」とか、

          とにかく「栗饅頭」で「おやつ問題」解決!そして、母の「想う」こと~