回想録・出会った患者さん(3/7)
寅男さんは、新潟の長岡出身で都内の大学卒業後にY新聞で記者をしていましたが、出世競争に疲れて退職し、作家として生計を立ててきました。
主に歴史小説を描いていたそうです。
多趣味な方で、特に山とコーヒーをこよなく愛していました。
若い頃は北アルプスの縦走や、小説執筆の取材のため三国峠の旧道を歩いたりしたそうです。初冬の冬山で遭難しそうになった事もあって、ビバークも経験したそうです。その時に役に立ったのは削っていない「鰹節」。山に行く際には必ず持って行くと良いと教わりました。
新聞社に勤めていた頃は浅草に住んでいて、近所に行きつけのコーヒースタンドがあり、マスターとコーヒーの蘊蓄について語り合ったそうです。私にも豆の種類や、淹れ方のコツなどを教えて頂きました。おかげで美味しいコーヒーが入れられるようになりました。
数年前に奥様に先立たれた寅男さんは、腰の痛みで起きられない事もありましたが、施術が終わった後、コーヒーを飲みながらお話しされる時間が、何よりの楽しみだったようです。
学徒出陣で軍隊も経験し、終戦は信州松本で迎えたそうです。そのせいか、「松本で温泉に浸かりながら、ゆっくり山を眺めたいものだ」とよく言っていました。
寅男さんから、痛みを癒すのは施術だけではなく、時に心の通った会話も痛みを癒す事を教えて頂きました。