中井亜佐子 『エドワード・サイード ある批評家の残響』 : vs蓮實重彦 ・何のための批評か?
書評:中井亜佐子『エドワード・サイード ある批評家の残響』(書肆侃侃房)
アマチュアながら40年も批評文を書いてきた私にとって、「批評とは何か?」「テクストを読んで(作品を見て)、それを語るとはどういう営為なのか?」という問題は、ごく基本的なことでありながらも、いまだスッキリとは解決しきれない難問であった。
だからこそ、いろんな意見を読んで「この意見もわかるが、あの意見もわかる。そして両者は論理的に並び立たない」というようなジレンマを抱え続けてきたのだ。
その最たるものが、「テクストのおける著者の意図」という問題であった。
例えば、ある小説を読んだときに「この作品には、著者のこういう経験が反映されており、著者が本作で描こうとしたこと、あるいは訴えようとしたのは、こういうことである」というような「古典的なテクスト読解」と、「テクストは、書かれた瞬間に著者の手から離れた独立的存在であり、そこに特権的な著者の意図などは存在しない。テクストは一連の文字の連なりでしかなく、そこから何を読み取るかは、読者の読解能力によりその読解の妥当性や深さに優劣はあるとしても、そこに何を読み込むかは、基本的にそれぞれの読者に任されている。仮にその読解が、著者の意図とは真逆なものであっても、それは「誤読」ではなく、著者の意図、つまり著者自身の読解と、権利としては同等のものであり、並び立つ権利を有するものである」というような考え方である。つまり、読まれるテクストには「読まれる以前には、いかなる意味も存在しない」というような考え方、言い換えれば、「古典的なテクスト読解」に対する、「作者の死」を経た「ポストモダンなテクスト読解」の「理論」だ。
で、私としては、このどちらも、それなりに納得はできた。だから、迷い続けてきたのだ。
実際のところ私は、テクストに秘められた「著者の意図」を含む「著者の人間性」や「その時代背景」といったものを読み取ろうとしてきた。
それが、ごく自然なことだと思えたし、私が興味を持つのも、そういう「謎解き」めいたものであった。つまり「テクスト」の中には、「著者の意図」を含めた、ある「真相=正解」というものがあって、私は、それを「掘り起こしたい=正しい読解」という欲望を持って、テクストと向き合ってきたのだ。
しかしまた、「テキストには正解など、あらかじめ存在するわけではない。テクストとは常に、読者との接触面において、意味を生成する媒介物でしかない」というような考え方にも説得させられてきた。
つまり、「テクストの中には、著者の意図という〈魂〉めいたものが込められているわけではない。そのように、読み取ることも可能なテクストが存在しているだけだ」という考え方も、非常に合理的なものだと感じられた。
これは私が、徹底した無神論者であり現実主義者だからで、「人間の中には〈魂〉などというものは存在しない」とか「この世には〈神の摂理=善悪〉などといったものは存在しない。存在するのは、複雑に組み合わされた〈物〉とその〈運動〉だけだ」といった私自身の「無神論」や「唯物論」と、そうしたポストモダンなテクスト論が、整合的なものだったからである。
そんなわけで、私は「テクストの中に、特権的な著者の意図など存在しない」という後者の意見に同意しながらも、しかし、その一方で実際には「テクストの中に、著者の意図を読み取ろうとしてきた」。
要は、この明らかな「矛盾」に、どのように決着をつけるのかが、私の長年の課題だったとも言えるのだ。
だが、「テクスト読解」における私のこうした「矛盾」は、それだけに終わる問題ではなかった。
例えば、私は「人間の中に、魂や心などというものは存在しない。それは化学的現象の見せる一種の幻想に過ぎない」というふうにも考えながら、しかし、実際には「この人は何を考えているのだろうか?」と考えながら生きている。そこでは、ほぼ無意識的に、相手の「心」の存在が、自明なものとして想定されている。
また「人間という生物に、特別な意味などない。だから、人類が滅亡しようが、この世界にとっては、何の意味も問題もない」と考えるし、これは個人であっても、原則的には同じことだ。
すなわち、親が死のうが子が死のうが友達が死のうが、それは主観的には悲しく重い経験ではあっても、しかし、人類はそれをずっと繰り返してきたのだから、そこに特別に思い意味などない、と考えるのである。
これは、極論するならば、私が時々書く「この宇宙には、善も悪もなく、意味などというものは存在しない」というのと同じことだと言えるだろう。
だが、そういう言いながら、私は、「大切な人」が死んだり不幸になったりすることを「仕方がない」で済ますことはできない。そうした人たちには、できれば幸せでいてほしいと思うし、その逆に、私が「悪」だと感じる存在を、黙って許すことはできない。
「善悪など存在しない」と言いながら、しかし「人間は、主観的には、そのように感じるようにできているのだから、その主観に生きざるを得ない」というような理屈によって、私は、理論的の想定され得る「究極的な真理」ではなく、私の「実感=主観」を優先して生きている。これが、私の現実であり、たぶん「すべての人の現実」なのではないだろうか。
そして、この問題は、ほとんどそのまま「テクスト読解」の問題にもつながってくる。
「テクストの中に、あらかじめ特権的な意味は存在しているのか否か」。一一これは比喩的に言えば「テクストの中に、著者の〈魂〉は宿っているのか否か」という問題だと言えるだろう。
私は、人間の中の〈魂〉の存在を否定するのと同様の意味で、テクストの中の〈作者の意図〉を否定するその一方で、実際には「他者の心」を想定して生きているように、テクストに対しても〈作者の意図〉を想定して読んでいる。
私は、こうした明らかな「矛盾」を、しかし「そう感じられるし、そのようにも解釈しうるのだから、私は私の実感を優先せざるを得ない。私は、理論的な正しさを、イデオロギー的に優先することなどできない」というような実感主義的な考え方のおいて、曖昧に並立させてきたのである。
だが、私のこうした「曖昧さの問題」を、あらためて私に突きつけたのが、蓮實重彦であった。
私は長らく、この人が嫌いだった。
この人が極めて頭の良い人だとは、わかってもいれば認めてもいるのだが、結局のところ、この人に言うことは、ある種の「理想論」ではあれ、「人間的な実感」には合わないものだと感じられていたからであろう。
しかしながら、そうだからといって、「嫌い」で済ませるわけにはいかない。
理解した上で「嫌い」だと否定するのは良いのだが、理解できないままに、ただ主観的に拒絶するのでは、それは結局のところ「敗北」だと感じられたので、最近興味を持った「映画」関連をきっかけに、そこから遡って、蓮實重彦初期の文芸評論を読み、そして、私の理論的な「仮想敵」的な存在でもあった「表層批評」を語った、初期の著作『表層批評宣言』を、先日とうとう読んだのである。
で、その結果私は「蓮實重彦を誤解していた」と理解した。
蓮實のいう「表層批評」とは、私が想定していたような「テクストには表層しかない」というようなものではないと、そう理解したのだ。
テクストには、著者の意図もテーマもあるだろう。だが、そういう「臆見」を持ってテクストに向かうことで、自分の読みたいように読むというのではなく、もっと虚心にテクストそのものにの向かい合うべきだ。つまり、見えるものとしての表層に忠実に向き合うべきだと、そのようなことを主張するのが、蓮實の「表層批評」だと理解し、蓮實重彦へのそれまでの「誤解」を謝罪し、訂正したのである。
少々長くなるが、『表層批評宣言』のレビューから、その部分を引用して紹介しておきたい。
そんなわけで『表層批評宣言』を読んだ私は、蓮實重彦への「誤解」を認め、今後は蓮實を支持する側に立ちたいと、このレビューで表明しておいたのだが、一一それでもまだ「納得できない部分」はあり、それを、上の「蓮實重彦」理解と、どのような整合性をもって接続できるのかという問題が残っていたのである。
その「納得できない部分」とは、具体的に言えば、次のような諸点だ。
(1)蓮實重彦は「三島由紀夫賞」を受賞しておきながら、その授賞式で「こんなものは迷惑だ」という趣旨の批判的な発言をした、その現行不一致の問題(賞は、事前に受けるか否かの打診があり、その際、蓮實は受けると回答していたはずである)。
(2)蓮實重彦は、自身が単独の選考委員を務めた「第1回Bunkamuraドゥマゴ文学賞」を、映画評論家の山田宏一に与えたが、この山田ほど「凡庸」な評論家もまたおらず、私は山田のことを「日本における、フランソワ・トリュフォーの御用評論家」だと批判したほどなのだが、蓮實はなぜ、そんな山田になど賞を与えたのか?
考えられる理由の一つは、山田が、「ヌーヴェル・ヴァーグ」の映画作家たちともコネのある、フランス映画に関する先輩映画評論家であり、かつこれまで賞に縁のない人物であったということ。つまり、山田に賞を与えることで、映画業界において何かと見返りが期待できると、そうした計算ずくで、山田に賞を与えたのではないか。
そもそも、自分が「迷惑だと」言い捨てるような「賞」の類いを、他の人に与えるというのは矛盾した行動であり、それがなぜ可能だったのかと言えば、それは内心では「賞など下らない」とか「賞などを本気でありがたがる奴は、無能な馬鹿だ」とそう考えていながらも、その「下らないカード」を、「業界政治の切り札」として馬鹿相手に切った、ということである。
言い換えれば、蓮實重彦は、文学賞をありがたがる作家どもを「下らない」と嘲りつつ、自分がそのカードを使えるときには、それをありがたがる山田宏一のような人物へ、エサとして与えた。心の中では嘲笑しつつ「貴方しかいませんよ」みたいな顔をして、賞を与えた、ということである。
(3)そして、(1)や(2)に止まらず、蓮實重彦の言動全般に現れている「他人に対する、舐めて小馬鹿にしたような態度」というのは、否定しがたい周知の事実であり、その点では『表層批評宣言』に見られた「真摯さ」と、明らかに「矛盾」する。
そこで私は、上の『表層批評宣言』のレビューにおいて、蓮實重彦のこうした「他人を舐め、小馬鹿にしたような態度」というのは、それまでの、堅牢な「制度」を揺るがすため、あえてなされた「憎まれ屋の身振り」だと考えた。「本当は悪い人ではないのだけれど、それまでの常識を覆すために、あえて挑発的な態度に出ているのだ」と、一応はそのように「好意的に理解した」のであるが、やはり「実感」としては、この説明だけでは満足できなかったのである。
で、このようなことを考えていたからこそ、私はやはり、全面的に「表層批評」に与することが出来なかった。
結局のところ、私が蓮實重彦の「表層批評」を容認できたのは、「蓮實のスタンスを、私が誤解していた=思っていた、ようなものではなく、本質的には私のスタンスと矛盾するものではなかった」という解釈においてだったのだ。だからこそ、私の身振りは、基本的には変わらなかったし、「表層批評」的なものにも路線変更する必要も感じなかったのである。
私の「変わらなかった批評的スタンス」が、先日書いた、次のようなレビューにも、端的に現れている。
それは、「著者の意図」や「作品の背景」を読もうとする、従来どおりの読解態度の擁護である。
この引用文の最初のところで「同じ万引きという行為でも、誰がどのような状況において、それを行なったかによって、その持つ意味は変わってくる」という説明をしているとおりで、要は「テクスト読解」においてもこれは同様で、「テクストそのものは同じでも、読者によって、その意味するところは変わってくる」というのが私の意見であり、しかしそれは、同時に「読者側の恣意的な読解」を支持するものでも擁護するものでもない、という意味なのだ。
「テクスト読解」においては、蓮實重彦が言うような「虚心にテキストに向き合う」という読み方もあれば、蓮實が批判したような「制度的な(偏見を前提とした)読み」というのもあって、原則的には「偏見としての制度」を拒絶する「表層批評」の方が「優れている」とは言えるだろうが、しかし、だからと言って、誰人も「読者という立場」からは自由ではなく、その「立場」は、間違いなく「個人の主観」に支えられている。
ということは、蓮實重彦の言う「表層批評」というのもまた、そのようにしておのずと多種多様に存在する立場の一つであって、決して「制度的な読解vs表層批評」という「二者択一」の「正しい一方」というわけではない、ということなのだ。
一種の理想論として「テクストに虚心に向き合う表層批評」が優れているとは言えるものの、「理論」として「表層批評」的な立場を選んだとしても、では、その結果としてのその「読み」が、誰がやっても「すべて同じものになるのか?」と言えば、もちろん、そうはならない。
同じ立場を選ぼうと、実際に「読む」のは多様な個々人なのだから、おのずとその「読解」は違ったものになって、その中での「優劣(読みとしての優劣)」は確実に生まれるのだ。
そして、この「事実」が意味するのは、原則論としては、「制度的な読み」よりも「表層批評的な読み(理想)」の方が優れているとしても、現実における「個別事例」としては、「制度的な読み」の方が「表層批評的な読み」より優れている場合も、事実として在るのであり、蓮實の「表層批評」が非凡なのは、蓮實重彦という人が個人として極めて優秀な人だから、そうなるだけ、なのだ。彼の「表象批評」というやり方だ「正しい」から「おのずとそうなる」かのように見えるけれども、じつは、そうではない。
「現実」と「理想」を比較すれば、「理想」の方が素晴らしいし、私たちは「理想」を目指すべきだろう。しかし、「理想」と「現実」とは、その存在の位相がまったく別なのだから、そもそも優劣のつけられるものではないのだ。だからこそ、旧来の読解法でありながら、蓮實重彦のそれよりも、ずっと優れた批評など、この世にはいくらでも実在する、のである。
つまり、私たちは、蓮實重彦の示した「制度的な読みとしての批評vs表層批評」という、わかりやすいけれども、現実には比較し得ないないものどうしの「二者択一」という、偽の図式主義の罠に嵌ってはならない。
例えば、「神様と人間は、どちらが優れているか」という設問は、ナンセンスである。なぜなら、「神」は「完璧な存在であり、人間より優れたもの」として「仮構された存在(非存在)」なのだから、現実存在である人間と比較しての優劣判断など、もともと無意味だからである。それと、同じことなのだ。
蓮實重彦個人が能力的に優れていることと、「表層批評」という「理想の(理想でしかない)読解形式=理論」が「理想的で素晴らしい」ということとは、同じではないのだ。
つまり、「表層批評」とは、実現し得ない「理想」であって、実在はしない。言い換えれば、蓮實重彦の批評もまた、厳密には「表層批評」ではなく、その「理想」を目指して、永遠にそれには届かない、蓮實重彦流の批評でしかない、ということになるのである。
『表層批評宣言』では、蓮實には珍しく「自分の家族」のことなどにも触れながら、極めて「真摯そう」に語っているから、私のような「素直」な人間は、つい「騙されてしまった」のだけれども、あれもまた「蓮實重彦お得意の、方法的欺瞞」であると理解するなら、彼の言動の「一貫性のなさ」、つまり「真摯そうな物言い」と「人を舐めきっているとしか思えない、人を小馬鹿にしたような物言い」との「ギャップの大きさ」や「矛盾」は、あっさりと解消されてしまう。
つまり、蓮實重彦が、たまに見せる「真摯そうな態度」もまた、「人を舐めた演技(パフォーマンス)」だと理解すれば、ほぼすべての矛盾は解消し、その「謎」は消えてなくなってしまうのだ。
だから、ここでも私は「君子豹変」しようと思う。
蓮實重彦の著書『表層批評宣言』のレビューでは、私は「蓮實重彦を誤解していた。だからこれまでの否定的評価は撤回して、むしろ、蓮實重彦的な立場を支持しよう」と書いたけれども、今回は、その宣言を撤回しようと思う。
一一要は、根が素直な私は、蓮實重彦の「欺瞞」に態よく「騙された(説得された)」だけなのであって、やはり、ずっと感じていた「こいつは嫌いだ」という「勘」の方が正しいと、そう今は考えるようになったから、元の立場に復帰したのである。
もちろん、このように「君子豹変」を繰り返すからには、この先、また蓮實重彦に対する評価が変わる可能性はあるだろう。
だが、蓮實重彦について、詳しくは知らなかった(さほどその著作を読んでいなかった)時とは違い、今回の蓮實重彦についての否定的評価は、以前に比べれば、ある程度は蓮實重彦を知った上でも判断なのだから、前回のように、そう簡単にはひっくり返らないはずだ。
私はすでに、蓮實重彦の「嫌らしい顔」と「真摯そうな顔」の両方を見た上で、前者こそが「蓮實重彦の素顔」だと判断し、「二つの顔の矛盾」を乗り越えたのだから、今度、この解消された問題を、再び「謎」へと突き戻すのは、容易なことではないとわかっているからだ。もう「同じ手は食わない」「真摯そうな顔したって、もう騙されないよ」ということなのである。
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そして、ここでやっと、このレビューの主人公である、エドワード・サイードの話になる。
私は、20年ほど前に、サイードの本を5、6冊読んでいる。
読んだきっかけは、2001年の「9・11 アメリカ同時多発テロ事件」と、それに続く「イラク戦争」において、サイードが、ノーム・チョムスキーらと共に、アメリカ批判の先頭に立った人だったからである。
つまり、サイードは、もともとはジョゼフ・コンラッドなどの英米文学の研究家であり、そうした研究の中で、欧米の文学が「東洋(オリエント)」に対して、いかに偏見に満ちたものかという事実を指摘した大著『オリエンタリズム』を刊行して、欧米の文学界に大きな衝撃を与えた人である。
なお、この著書でいう「東洋」とは、サイードが研究した、主に19世紀までの英米文学おける「東洋」なので、「日本」や「中国」といった東アジアのことではなく、当時のヨーロッパにおける「東洋」、つまり、北アフリカを含む「アラブ地域」であり、中近東のことを指している。
当然、こうした「斬新な視点」をサイードが持てたのは、彼の出自がアラブ・パレスチナにあったからであり、その上に欧米の学問が上書きされたためだ。彼にとっては、世界のスタンダードだと考えられていた欧米の学問が、いかに「偏見」に満ちたものであったのかということが、パレスチナに出自を持つ者として、実感としてよくわかったので、欧米における「東洋観」や「東洋趣味」というもののはらむ「偏見」を、鋭く指摘することができたのだ。
また、そうした観点を、批評理論として発展させたのが「ポスト・コロニアル理論」つまり「植民地時代後の文学理論」、それまでの「文学」に秘められていた「植民地主義的な偏見を暴く読みとしての文芸理論」だったのだと、大雑把に言えば、そういうことになる。
サイード自身は、個人として「欧米の偏見」を指摘したのだけれど、それを「誰でも使える」ようにしたものが「ポスト・コロニアル理論」だったのである。
ともあれ、私個人にとってのサイードとは、あくまでも、チョムスキーらと共に「アメリカ帝国主義を批判する知識人」という位置付けであり、その上でサイードは、私がそれまで縁もゆかりもなかった、アラブ的な叡智を、欧米的な叡智に接続してくれる貴重な存在だった。
チョムスキーがユダヤ系であるように、アメリカを批判し、イスラエルを批判する知識人の少なからぬ人たちは、民族的には、イスラエルに近いからこそ、イスラエルのパレスチナに対する横暴と、それを支援するアメリカを許すことができないという正義感に立ったものだったのだが、サイードの場合は、もともとパレスチナ人であったという点において、むしろ特異な存在だったのである。
本書は、昨年の2022年が、エドワード・サイードの「没後20年」ということで刊行予定だったものが、今年にずれ込んで刊行されたものである。
200ページほどの本で、決して「浩瀚」なものではなく、したがって、エドワード・サイードの「すべて」を論じることはできないので、本書は「サイードにとって、批評とは何だったのか?」という問題に絞られた内容となっている。
本書の帯には、次のようにある。
「サイードにとって、批評とは何だったのか?」一一少なくとも、サイードにとっての「批評」とは、「学問」の中で自己完結するようなものではなかった。
そもそも『オリエンタリズム』がそうであったように、その理論は「現実を討つ」ものであり、だからこそ、彼は『パレスチナ問題に関する率直な発言者』でもあったし、それ以前には『長年にわたってパレスチナ民族評議会の一員』(Wiki)の、アクティビストだったのである。のちに、路線対立で、政治の現場からは離れたとしてもだ。
そして、そんな「批評は、テクストの表層的読解に終始する(し得る)ものではない」というサイードの「批評観」こそ、まさに蓮實重彦的な「表層批評」の「非現実性」を討つものとして、私を刺激したのである。
簡単に言えば、蓮實重彦の「反制度としての表層批評」という「理想」もまた、実際には「村の中での、ヘゲモニー争いのための道具の一形式」でしかないのではないかと、そう感じたのだ。
実際、蓮實重彦ほど、アクティビズムの似合わない批評家も、またとはいまい。当人も、それを自負しているはずである。だが、蓮實は、悪い意味での「陰のアクテイビスト」である蓋然性が十分にある。実際「東大総長」にもなったではないか。
そんなわけで、結局のところ蓮實重彦という人の「表層批評」というのは、「テクスト読解」というものから、可能なかぎり「外部」性を削ぎ落としたその「純粋性」において、つまり「現実の制約」までも削ぎ落としたその「非現実としての抽象である理想=きれいごと」において、我こそが最も「非制度的な批評形式」である、とするものだったと、そう言えるのではないだろうか。一一要は、村の中での「権威」を確保するための、現実にはあり得ない「純血主義」のアピールである。
だが、そんなものは所詮「村の権威主義=田舎の権威主義」でしかなく、「世界の現実を意図的に無視した、村中でのヘゲモニー掌握のためのユートピア的理論」でしかないだろう。
しかし、「批評」とは、現実にはもっと「多様無限な要因の絡まり合った複雑な現象」であり、また、そのような「現実」を扱うものであり、「テクスト」もまた、そのような「現実」のひとつなのではないのか。一一私は、そのように考えるようになったのである。
まずは「表層を虚心に見よう(語ろう)」という「表層批評」の「理想主義的な主張」も、結局のところは「(だから)我々のやり方を優先せよ」という、他人の「現実的な動き」を封じるための「政治的な牽制」でしかなく、それを「謙虚そうに語ったもの」でしかなかったのではないか。所詮はそれは「隠された政治性」だったのではないのか。
少なくとも、そのように考えれば、蓮實重彦の「現行不一致」や「冷笑的な態度」も、すべて合理的に説明がついてしまうのだ。
「批評」とは、「テクストを読む(読んで語る)」とは、結局のところ、「このやり方が正解だ」といったような、シンプルな「原理」になど還元できない「複雑な現実現象」だからこそ、「理論的な理想と実践としての現実」に、わかりやすい齟齬や矛盾も生じるのではないのか。
だからそれは、単純に、蓮實重彦個人の問題でもなければ、文芸批評や文学理論といった「アカデミズム村の問題」でもなく、「他人を理解する」「社会を理解する」「生きること、死ぬことの意味を考える」といったことと同じ、もともと、簡単には割り切れない「複雑な現象」なのではないだろうか。
「迫害されたユダヤ人の国家であるイスラエルが、どうしてパレスチナの人たちを迫害し、根絶やしにしようなどとするのか」といった謎と同様、シンプルに「現象の表面だけ」を見ていても理解のできない、そんな「あらゆる現実事象(謎)」と、結局は同じことなのではないか。つまり、「テクスト読解」というのは、あらゆることに対する「理解」と同様に、同様の「困難性」を有しているという点で、何も変わらないものなのではないだろうか。
本書の中で、紹介されていることに、サイードの「旅する理論」というものがある。
それは、ある「理論」が、別の文脈に置かれることによって、新たな意味を持って立ち上がり、理論として息を吹き返す(有効性を取り戻す)というような現象を、肯定的に語ったものである。
つまり、あらゆる「理論」や「作品(テクスト)」は、置かれた文脈によって「意味が変化する」ということであり、それらは、純粋に「独立した存在」でもなければ、「外在的要因」無くして存在し得るものでもない、ということだ。
そもそも、「批評理論」を含む、すべての「テクスト」は、「読者」という「外部要因」無くしては存在し得ないのだから、これは当然のことなのではないだろうか。
そして、蓮實重彦のいう「表層批評」とは実のところ、それを実践しようとする個々の「批評家(読者)」がいて初めて存在しうるものであり、その意味で、決して「テクストの表層のみ」として「内在的に有する、独立的な意味」などというものは、存在しないのだ。
あくまでも「意味」とは、「読者(観察者)」との関係の中で生み出される可変的なものであって、それは「表層批評」だって、旧来の批評だって、まったく同じことなのである。
だから、蓮實重彦の「表層批評」が、理論的には斬新であり優れたものであったとしても、それは「表層批評」という「方法論(理論)」が(現実的に)正しいというのではなく、それが「理想」的に抽象的なものであり、かつそうした「抽象性」が、蓮實重彦の個性を反映し、蓮實の個性を最大限に発揮せしめる、一つの「形式」でしかなかった、ということなのではなないだろうか。極論すれば、「表層批評」とは「蓮實重彦のやり方を理想化したもの」でしかなく、実際のところ「汎用性など無い」ということなのではないだろうか。
だからこそ、蓮實重彦のエピゴーネンは何人も生まれたけれど、蓮實を超えるような「表層批評」を駆使することができた者は登場せず、所詮「表層批評」は、蓮實重彦の「個人芸」の域を出なかった、ということなのではないだろうか。
そして、蓮實重彦流の批評が通用するのは、現実社会から切れた「映画(映像)の世界」だけ、ということになったのではないのか。
本書『エドワード・サイード ある批評家の残響』の著者・中井亜佐子は、後期サイードが多大な影響を受けた、レイモンド・ウィリアムズの考え方を、次のように紹介している。
「現実」とは、どんな「理論」にも、完全に「囲い込まれてしまう」ようなものではない。だからこそ、あらゆる理論は、やがて、その欠点を突かれ、その点において「乗り越え」られてしまい、古びてしまうのである。
そしてこれは、ロラン・バルト、ミシェル・フーコー、蓮實重彦という、現在は主流を成している「批評理論」についても言えることなのではないか。
事実、「現実」は、彼らの「理論」からはみ出した部分を有しており、ただそれは、今のところ「学問村の主流」では無視されているだけなのだ。彼らは、ひとまず「理論的無矛盾性・形式的完全性」が大事なのであって、「現実」問題には、ほとんど興味がない。
だが、そういう「学外」を無視し軽んじた態度は、いずれ「現実」に討たれることになるだろう。
例えば「批評」を事とする人たちの共同体が、しばしば「ギルド」化することがある。
「現実」を見ることなく、「身内」での「正統権を競う」ような態度が「業界人としての成功」だと考えられるからだろう。だが、そんな「視野狭窄」的な「理論」偏重など、所詮は「村の祭り」に過ぎない。
サイードは、パレスティナの現実に立って、そうした「学者世界のオリエンタリズム」をして、まるで「ギルド」だと批判するのである。
「学問共同体」を全否定しているのでは、もちろんない。そうではなく、
つまり、私がここで、蓮實重彦やその「表層批評」を批判したからといって、それを全否定しているわけでもなければ「すべて間違っている」と言いたいわけではないのと、同じことなのだ。
蓮實重彦が「制度」と呼んだような「古典的な読解理論」というのは、自分たちの「常識」を自明とした、言うなれば一種の「オリエンタリズム」に立った「テキスト読解の常識」だったと言えよう。
だが、蓮實重彦的な、あるいは、バルト的・フーコー的な「テクスト読解」というものが、それまでの「古典的な読解」を相対化して、その問題点を浮き彫りにしたという事実と、その功績は、否定し得ない。
したがって、「表層批評」的なものが、間違っているというわけなのではないけれど、しかし「それもまた、唯一絶対の正しい立場などではあり得ない」という自覚こそが必要だ、という、これはそういう話なのである。
「批評」というものの価値を判ずる場合に、まず「目新しさ」が重視され、次いで「理論的な完成度(無矛盾性)」が求められるというのは、「学問」としては当然のことなのではあろうが、しかし、そもそもの話、「学問」とは「現実」を対象とした読解・研究だったのであり、それを忘れてしまうと、蓮實重彦のように、「理論」を「業界内政治のための手管」に頽落させてしまうことにもなる。
まるで、蓮實重彦の身振り、そのままではないだろうか。
一一だが、このようにして、日本でも「批評は力を失っていった」のである。
(2024年8月20日)
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