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#哲学
意味の事後性 意味のあるなしは事前にはわからない?
「これって覚えて意味あるん?」
教育の世界に身を置いていて、生徒に聞かれることランキングでベスト3に入るであろうフレーズです。
これを言われて返答に困る先生は多いのではないでしょうか。
上手いこと言いくるめるか、理由を懇々と説明するか、「やらなあかんもんはやらなあかんねん!屁理屈言うな!」と勢いで押し通すか。
きっとこれらのどれかでしょう。
なぜこのような質問が生まれるか。
そしてなぜ
今日の1冊 『漂泊のアーレント、戦場のヨナス』
『漂泊のアーレント 戦場のヨナス』
戸谷洋志、百木漠
慶應義塾大学出版会
学生時代親友であった2人の哲学者の人生とその思想、そして2人の間の友情を記した1冊です。
ナチス政権下のドイツを脱出し、
アメリカで再会し、欧米の哲学史、世界の戦争認識に大きな影響を与えた、
ハンナ・アーレントとハンス・ヨナス。
ナチスの幹部、ヒトラーの側近を戦後に裁いた「アイヒマン裁判」における
「凡庸悪」の分析や、
なぜ自分が「普通じゃない人生」を送りたいと死ぬほど思ったか
今現在はそうでもないのですが、高校卒業後から二十歳前後の僕は、
「普通の人生は送りたくない」
そう強く願っていました。
その結果、歩いて京都から東京に行ったり、
歩いて日本一周にチャレンジしてみたり(未達)、
金髪でボランティアしてみたり、
山の上で働いたり、季節労働で農業手伝いしてみたり、
就活せずに好きなことしかしてこなかったり、
そんな20代を送ってきました。
その原動力は紛れもなく
機械化しているのは仕事ではなく人間?
「カーズは考えるのを辞めた」
このセリフが何か、すぐにわかる人とは仲良くなれそうです。
ジョジョの奇妙な冒険、第2部のラスボス、
不死身のカーズが、主人公との激戦の末、
地球外空間に追いやられます。
そして、全身が凍ってしまい、身動きができなくなり、地球へ戻れなくなります。
しかし、不死身であるが故に、意識はあるけれど身動きが取れないという状況に陥ります。
その結果、先ほどの「カーズは考え
人間のアイデンティティは全身に刻まれたタトゥーのようなもの。一部の模様を見て人を判断するな!
人のアイデンティティというものは、
どこで定まると思いますか?
または、あなたは人のどこを見て、その人がどんな人かを判断しますか?
国籍でしょうか。
民族でしょうか。
地域でしょうか。
文化でしょうか。
言語でしょうか。
肌の色でしょうか。
所属する組織でしょうか。
僕の答えは、全てです。
え、それ卑怯じゃね?
と思ったそこのあなたは無視して進めていきます。
僕が思うアイデンティティと
幸福度という尺度のうさん臭さについて
「国民総幸福量」
「幸福度ランキング」
みなさんもこれらの言葉は聞いたことがあると思います。
これまではGDPなどの経済指標が人の幸福をはかる指標となっていました。
儲かっていれば、景気が良ければ、お金があれば、ある程度は人は幸せになれるだろう、と。
けれど、大戦や冷戦、経済危機などを経て、
果たして本当にそれで良いのだろうか?
幸せ=お金なのだろうか?
という考え方が生まれ、
1972年
結論や正解は思考を止めたときに恣意的に訪れるもの?
ふと物思いに耽った折に、捉えた思考を書き連ねていこうと思います。
記事というよりも記録に近いものとして捉えてください。
ずばりそれは、
「結論や正解、答えというものは、思考や理解を止めた時に訪れる、恣意的なものに過ぎないのでは?」
というものです。
結論、正解、答え。
これらは一般に何らかの事象に対する「ゴール」と捉えられるものです。
ですが、よくよく考えてみると、これらは水のように流れ続