いろいろな事が重なり2月まできました。最近はお休みの日の動き方も変わってきまして、あまり追い詰めないようにコントロールしながら体を休めています。良い流れで進んでいるので、この調子で2月もノッていきたいところです。心の調子も整えていきたいと思います。
甲状腺機能疾患を発症してから約10年。治療と自分の体に向き合い、お医者さんと相談して薬を飲まないで生活できる習慣ができて、そしてだいたい1年半。今では普通に過ごせています。いろいろなめぐり合わせで結局ここまで来たんですね。無理しないで今後も過ごしたいものです。
最近似たつぶやきが多いですが、調子が良いです。仕事疲れはもちろんありますが、程よい緊張感もまた良く、ここ数年では今が体と心の調子が合ってます。体は整体に通ってから、心は私生活が少しずつ安定してきたから、仕事はキツさと充実さのバランスが。好事魔多しとも言われますが、今はこのままで。
寒い日が続きますね。寒いと体が凝り固まるので怪我や病気にもなりやすいです。今日は銭湯へ行って体の調整をしました。リラックスできて良かったのですが帰宅中がまた寒くて寒くて。休日と仕事の日のメリハリをしっかりつけて日々を過ごしたいです。特に普通の日でしたのでこのままおやすみなさい。
日本語には「み(身)」という言葉があり、これは身体を表すのみならず、「みにしみてわかる」などというときは、むしろ、心や魂まで意味することがある。カバーする範囲が広く、あいまいである。欧米の場合は身体と心は明確に分離されている。
「解決」よりも「創造」を、と言う河合さんにとっては、意識の緊張を緩め「カキマゼ」て、そこに新しい、生の別の布置が生まれてくるその〈触媒〉になることが、心理療法家の仕事となる。そのためにこそ「ふわーっと聴く」のである。落としどころについてー河合隼雄における《臨床》と《対話》鷲田清一
2006年8月16日の倒れる最後の日も、京都の事務所でクライエントに会っていた。実はその日は、既にとても体調が悪くて、それでもキャンセルもせずに面接に行っていたのである。しかもその夜に音楽会にまで参加して、命を縮めてしまった。 〔序論〕臨床家・河合隼雄 河合俊雄
人間はどうしても自分との関連において、あるいは、自分を入れこんだものとして世界をいかに観るかということが必要である。 後者が「臨床の知」にかかわってくる~中略 概念化して考えることよりも、いかにそれとかかわるのか、何をするのか、ということが大切になってくる。
都合のいい偶然が起こりそうな時に、そんなこと絶対起こらんと先に否定してる人には起こらない。道に物なんか落ちていないと思ってる人は、前ばっかり見て歩いているから、いい物がいっぱい落ちとっても拾えないわけでしょ。ところが、落ちてるかもわからんと思って歩いている人は、見つけるわけですね
あやのんさん、奈良に呼ばれてるのん。 全奈良の魂が、あやのんさんに還ってきてって望んでるのん。 わたしはパクることしかできないあほやねん。 せやけど、こんなわかりやすいシンクロみせられたら、ひれ伏して招聘するしかないと思うねん。 あやのんかんのん様、春には奈良にお出ましを…
私は、「物語」ということをとても大事にしています。 来られた人が自分の物語を発見し、自分の物語を生きていけるような「場」を提供している、という気持がものすごく強いです。 『生きるとは、自分の物語をつくること』 河合隼雄×小川洋子