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なぜ精神科病院を辞めて、マインドボディコーディネーターとなったのか?

私は大学を出てから2年間は子どもの施設で働き、その後13年間、精神科領域で精神保健福祉士として働いてきました。

精神科病院では、急性期病棟、医療観察病棟(いわゆる司法病棟)、発達障害の方の復職支援などを行っていました。

また公立病院でもあったので、行政機関でも働き、精神科救急システムや、依存症相談、自殺対策などにも携わっていました。

まぁ精神科に関することは酸いも甘いも、司法に絡む少しダークな部分も、回復していって、新たな人生を歩む方のサポートも、色々と経験させてもらいました。

まぁ色々ありましたが充実もしていました。

ではなぜ、辞めたのか?

病院時代の終盤は、外来患者さんのリハビリ部門担当でした。
そこではもはや服薬すら必要のない方々もたくさんおられました。
ただ、職場や学校に戻ると調子を崩していく・・・というパターン。

正直、精神科ができる最大の武器って「服薬」だけなんですよ。
カウンセリングとか集団精神療法とか色々あるのですが、結局は病院の中では補助的な役割でしかないんですよ。

ここで、話は変わりますが、私の子ども時代の話をさせてもらいます。
(ちゃんと話は戻しますが、ダルいという方は飛ばしてください・・・)
私は、昔から運動が好きなのですが・・・、
とても不器用でした。

足は速い方ではありましたが、一本調子で調節できるタイプではなく、
常に力が入っている子どもでした。
細かな動きは苦手で、常に力んでいるため「カクカク男」と呼ばれていました。
思春期に入ってもそんな感じで、中学軟式テニス部、高校バスケ部と常に怪我がちでした。

そんな感じの「下手のスポーツ好き」でしたので、高校卒業後は、
「どうすれば自分の運動能力が上がるのか?」と色々なセミナーを受講していました。
古武術から、体幹トレーニングから、ピラティス、ジャイロトニック・・・etc

当時流行ったものは何でも飛びつきました。
その中で今の活動に繋がる「重心力トレーニングⓇ」にも出会いました。

ただ当時は精神科病院で働いていたこともあり、あくまで自分の運動能力をどう上げるか?
ということにしか興味はありませんでした。

ここで、精神科病院時代に話は戻ります。
時は2020年
そうコロナ禍突入。

色々ありましたよ、一応病院でしたから。
感染対策という名の「素人のやってますイメージ対策」
患者さんを退院させるよりもコロナを出さないことが大事・・・
まぁ公立病院といえども経営があるので、あんまりとやかく言うものではありませんが・・・

そして私のいたリハビリ部門も、外出プログラム禁止、外部講師を呼ぶの禁止、体育館使用禁止・・・
色々ありました。
今までやっていたことが一気にできなくなりました。

ただ悪い面ばかりではなかったんですよ。
それまで外部講師にお願いしていたエアロビプログラムやスポーツプログラムが実施できなくなったので、
手探りで自分でやっていくことになったのです。

知識はありました。
そしてやってみたいという思いもありました。
問題は「やりすぎ」「マニアック」になりすぎないように・・・でした。

ついついオタクは自分の知識をひけらかしたい衝動にかられてしまうので。

日頃関わる患者さん達の様子から、
明らかに姿勢が悪い
過緊張
呼吸が浅い
といったことが見受けられていたので、その当たりにアプローチするプログラムを実施しました。
※マニアックになりすぎないように・・・

まぁ週2回程度でしかもそのプログラム時間だけなので劇的な効果はなかったのですが、
少なくともコンディション不良によるメンタル問題は少し改善されていきました。

このあたりから「自分のやりたいことは病院の中ではできない」との思いが、少しずつ大きくなりました。

いやでも悩みましたよ。
腐っても身分上公務員でしたし、家のローンもあるし、
何より病院は何もしなくてもお客さんは来るし・・・

そうこうしている内に2年が経ち、病院から行政機関に移動になり・・・
求められるのは面接技術や精神保健福祉士的知識ではなく「事務能力」
壊滅的に事務能力の低い私はどんどんとミスをおかし・・・
気づけば何をしたいのかわらず、ルーティンワークとして職場に向かう毎日・・・

人間ってGoalを失うと身体壊すんですよね。
身を持ってコーチング理論を痛感した時でした。

メンタル問題を抱える方に身体面からアプローチしたい
逆境に強いメンタルモンスターになるサポートをしたい
なんなら既存の精神科的アプローチをぶっ壊したい

そんな思いとともに精神科病院を辞め、
マインドボディコーディネーターとなったのです。

ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。

そんなこんなでマインドボディコーディネーターとして活動を始めた私の長い長い自己紹介でした。

これから色々と発信していくので、よろしくお願いします。


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