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書店の話

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#推薦図書

「元・同僚からの学び」&「あの人の教え再び」

「元・同僚からの学び」&「あの人の教え再び」

10年ほど前。

職場に伊坂幸太郎さんのファンがいました。「死神の精度」や「グラスホッパー」を絶賛していて、話が合ったのを覚えています。

ただある日「アイネクライネナハトムジーク」を買ったと話したら、渋い顔をされました。「いまの伊坂はダメっすよ」「ガソリン生活とか全然でしたし」と。

落胆しました。でも読み始めたら無我夢中。読書メーターに「縦にも横にも伏線がリンクする盤石の伊坂ワールド」と書きま

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ハードボイルド書店員日記【223】

ハードボイルド書店員日記【223】

<悩みは消える>

平日午前中のレジカウンター。店の番線印にスタンプ台の黒インクを付着させ、返品の際に使う伝票へ押していく。3枚がワンセットで100セット。つまり同じ作業を300回繰り返す。「判で押したように」が比喩ではないケースだ。

「なんで先輩がそんなことしてるんですか?」
横では、雑誌担当の契約社員が女性誌へ付録を挟み込んでいる。レジ要員は空いた時間に何をするかも重要だ。
「さっき店長に頼

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末端のイチ従業員が「書店活性化へ向けた共同提言」に思うこと

末端のイチ従業員が「書店活性化へ向けた共同提言」に思うこと

なるほど。

「図書館との連携」「キャッシュレス負担軽減を」はわかります。

「ICタグで書店のDX化を」はどうだろう。漠然としてませんか?

万引き防止の強化かと思いきや「購買傾向把握し返本削減」と記されている。どこの本屋もずっと取り組んでいるテーマです。にもかかわらず減らない事情まで踏み込む気があるのかどうか。

むしろ「AIを使って新刊や売れ筋の配本を適正化」及び「返品率を下げる代わりに書店

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ハードボイルド書店員日記【222】

ハードボイルド書店員日記【222】

「このなかに食器を売ってる店、ある?」

マスクの下で欠伸を噛み殺す平日の昼。レジ誤差が続いている、気を引き締めるようにと店長が朝礼で苦言を呈していた。ミスが増えるのは繁忙期だけとは限らない。

時々考える。早くすべてのレジをセルフへ刷新したらどうかと。その暁には図書カードの引き落としを忘れたり、お釣りを渡し間違ったりするケースは消滅するはずだ。仕事を奪われる? 心配無用。品出しや選書、検品、発注

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ハードボイルド書店員が読みたい「2025年本屋大賞・ノミネート作」

ハードボイルド書店員が読みたい「2025年本屋大賞・ノミネート作」

またこの季節が巡ってきました。

「本屋大賞」については、イチ非正規書店員として思うところがあります。ただ企画そのものを否定してはいません。小説を読むことの喜びを知ってほしい。本と本屋にいままで以上の関心を抱くきっかけになってくれたら。その気持ちは当然持っています。

さっそくノミネート10作品の概要を調べました。スイマセン、偉そうなことを書いておきながらどれも読んでいません。たまに「書店員はプル

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イチ書店員が「新装版と旧版」に思うこと

イチ書店員が「新装版と旧版」に思うこと

↓が2月5日に発売されます。

伊坂幸太郎「死神の精度」(文春文庫)の新装版です。著者の特別インタビューが巻末に収められているとのこと。

カラフルな背景に黒いシルエットとイヤホン。ゼロ年代に目にしたiPodのコマーシャルを思い出しました。

本作の単行本が刊行されたのは2005年6月。iPod nanoが出る直前ぐらいです。その辺りを含めてのデザインだとしたら素晴らしい。ちょっと欲しくなりました

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ハードボイルド書店員日記【221】

ハードボイルド書店員日記【221】

「いらっしゃいませ!! お、本屋さんあけましておめでとう!!」

だから、その呼び方は誤解を招く。あともう2月だ。たしかに訪れるのは今年初めてだけど。

職場が入っている商業施設から徒歩数分。雑居ビルの一階にあるラーメン屋へ足を運んだ。L字カウンターだけの空間である。店主とは同世代。たまに雑誌やマンガを買いに来てくれる。

「あれが売れて忙しい?」
「あれ?」
「何賞っていうんだっけ。難しい小説が

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「1%の少数意見」かもしれないけど

「1%の少数意見」かもしれないけど

楽しみな本が発売されます。

出版社は文藝春秋。著者は、2024年の東京都知事選で15万票を獲得した安野貴博さんです。

彼は2021年に自動運転をテーマに据えた「サーキット・スイッチャー」(早川書房)で作家デビューしています。昨年7月には、AIに習熟した女性が会社を起ち上げるお仕事小説「松岡まどか、起業します」(同)を上梓しました。

AIエンジニア、SF作家、起業家、そして政治の道へ。

作品

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「新たなファンの開拓」&「○○○の効用」

「新たなファンの開拓」&「○○○の効用」

11月に発売された↓が売れています。

文芸誌「GOAT」の第1号です。紙を愛してやまないヤギにちなんで名づけたとのこと。公式サイトはこちら。

「自分たちが心の底から読みたい、みんなに読んでほしい小説を集めた文芸誌を作りたい」
「エンタメや純文学といった線引きは一切なしで、もっと小説をカジュアルに」

書かれていたコンセプトに賛同します。小説の読み手にとって重要なのはジャンルではなく、シンプルに

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ハードボイルド書店員日記【220】

ハードボイルド書店員日記【220】

「芥川賞の本、どこ?」
「申し訳ございません、売り切れてしまいました」

発表があった週の後半。何度このやり取りをしたことか。

安堂ホセ「DTOPIA」(河出書房新社)は11月に刊行されていた。3回連続の候補入りである。一応「獲る可能性が高いのでは」と文芸書担当に伝えてはいた。しかし売れ残りのリスクを危惧したか、多めに仕入れることはしなかったらしい。どうせ満数は来ないだろうが。

鈴木結生「ゲー

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ハードボイルド書店員は「こういう出会い」を大事にしたい

ハードボイルド書店員は「こういう出会い」を大事にしたい

少し前の話。

年配のお客さんから、ある文庫本の在庫の有無を訊かれました。検索すると一冊あり。棚を調べ、抜き出してお渡ししました。

すると「え、あったの?」と驚いた表情。長くこの業界で働いていますが、まあまあ新鮮なリアクションでした。「ないの?」「この店は何もないなあ」みたいなお叱りはたまに頂戴しますが(ケースによって理不尽と感じたり、仰る通りですと納得したり)。

会計をしながら訊ねると「近所

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受賞に至らなかった「候補作」だって

受賞に至らなかった「候補作」だって

15日に芥川賞と直木賞が発表されました。

芥川賞は安堂ホセさんの「DTOPIA」(河出書房新社)と、鈴木結生(ゆうい)さんの「ゲーテはすべてを言った」(朝日新聞出版)の2作。直木賞には伊予原新さんの「藍を継ぐ海」(新潮社)が選ばれました。

少し前にこんなnoteを書いています。

「DTOPIA」と乗代雄介さんの「二十四五」(講談社)を推していました。

乗代さん。

候補になるのは今回が5回

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ハードボイルド書店員日記【57】2025年リライト版

ハードボイルド書店員日記【57】2025年リライト版

土曜。早番が少ない。

必然的に遅番が来るまで抜けられず、昼休憩は14時。エプロンの下のへこみに指を触れ、約束事に囚われた人の身であると痛感した。

「お腹すいた~」
隣で実用書担当が嘆く。茶色い髪をポニーテールにした小柄な子だ。私と同様、土日両方に出勤している。「せめてどちらかは休みたい」と何度も訴えたが「新人が入ったら」「育ったら」とかわされ続けて現在に至る。先日は「『店長ずっと土日休みですよ

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ハードボイルド書店員日記【218】

ハードボイルド書店員日記【218】

「俺、やめるよ」

三が日の朝。いきなりの告白。客注担当を務める先輩だ。この店がオープンした頃から在籍しているらしい。ずっと非正規雇用だが、彼の意見や発言はある意味で店長クラスの影響力を有している。

「やめるんですか」
「やめる」
「あと一か月?」
「それぐらい」
「やめた後は」
「まだ考えてない」
「いまの感じ、夏目漱石みたいですね」
「『二百十日』だろ」
こんな会話がもうできなくなる。

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