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なぜ予定を詰め込んでしまうのか? 「余白」の価値とは

「ただ忙しく毎日が過ぎていく…」

夜寝る前に、一日中バタバタと忙しくしていたけどいったい何をしてたんだろう、とふと思う時があります。

忙しい日々の中では、立ち止まる時間がなかなか取れなかったりします。続々と届くメールや仕事の依頼、スマホにひっきりなしにポップアップされる通知など、常に「何かに迫られている」生活によって、自分と向き合う時間が持てず、自分を見失いがちです。

そこで、改めて「余白」つまり「何もしない」という事が持つ価値について考えてみます。

「何もしない」=悪?

「何もしない」と聞くとどんなイメージでしょうか。「さぼっている」「怠けている」「無計画」「だらしがない」「無駄に時間を使っている」「非生産的」…。マイナスなイメージが浮かびます。

なぜこのようなイメージを持ってしまうのでしょうか。理由は大きく3つあると考えられます。

1.詰め込み型のライフスタイル

日々忙しく過ごすビジネスパーソンはスケジュールが分刻みでギッチリ埋まっています。こうした詰め込み型のライフスタイルがベースにあると、「何もしていない」という状態に耐えられません。

いかにたくさんのタスクを短時間で効率的に行うか、という生産性のモノサシを持ってしまうと、「何もしない」事に対して無駄に時間を過ごしているという罪悪感が芽生えてしまいがちです。「何もしない」=「何も生み出していない」という、表面的な部分だけを見て悪いイメージを抱いてしまいます。

2.他人の目を優先する意識

職場環境や、学生であればその周囲の環境を意識し、周りが常に動き続けている事が立ち止まれないプレッシャーになっている事があります。

「何もしない」=「周りに遅れをとってしまう」という、マイナスのイメージを持ってしまいがちです。教育課程や仕事の環境の中で自分も周囲も常に動き続けることを見てきたために、立ち止まることは誰かと比べてマイナスだと感じてしまうようになってしまいます。

競争の中で切磋琢磨することも素晴らしい事ですが、他人との比較を重視しすぎて自分を見失う事は心身のヘルスケアの点で見てもデメリットがあると言えます。

3.真面目で勤勉すぎる考え方

もともと日本人は、とても真面目で勤勉な国民性を持っています。電車は時刻表通りにきっちり来ます。これは日本人にとっては当たり前ですが、日本くらいのもので世界の当たり前ではありません。こうした、「キチッとした生活」がデフォルトの風土で育って来たがゆえに、どんな時にも勤勉で真面目な価値観が芽生え、それゆえ「何もしない」より「何かしている」状態の方が良い事だと思ってしまいがちです。

「何もしない」4つのメリット

上記の様にさまざまな因子が絡み合い、我々はついつい空白を埋めたがる傾向にあります。一方で、「何もしない」という事にはメリットもあります。

1.脳をリフレッシュできる

「何もしない」はやってみると分かりますが、全くの無の状態というわけではありません。周囲から見れば、ボーっとしているように見えても頭の中では考え事をしていたり、あるいは瞑想していたり、頭の中を整理していたりします。こうしたことで、頭はリラックスに向かって行きます。

「何もしていない」様に見えるのは外面的に行動していないだけであって、実際は「脳はリフレッシュしている」ということですね。

脳にはDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)という活動があります。これは「無意識化で脳が活動している状態」のことを指します。何もせず、ぼんやりしている時でも脳の基礎的な神経活動などを行なっています。

そしてDMNの活動は、脳の総消費エネルギー量の60〜80%を占めているとも言われています。DMNだけで60〜80%ですから、平日忙しく仕事をしている生活の中で我々がいかに脳を酷使しているかがわかりますね。定期的にリフレッシュさせてメンテナンスする事が大切ですね。

2.心身を休める(リカバリー)

何もしない時間は脳だけでなく、メンタルとフィジカルの両方においても良い影響があります。健康のことを考えた場合、大切な観点が「回復(リカバリー)」という視点です。

平日酷使した体と、ストレスにさらされた心をリカバリーすることでまたフレッシュな状態で翌週からスタートを切ることができます。

その意味で、休日に「何もしない」という行為は心身の完全な休養となります。何も丸一日空ける必要はないでしょう。短時間でも良いので「何もしない時間」を持つ事で想像以上に心身の回復を促す事ができます。

3.時間の大切さを再認識できる

ひっきりなしにやってくる仕事や、やらなければならない用事をただただこなす日々は、一日が一瞬で過ぎていきます。冒頭に書いた一言は正にこんな状態です。

「忙しい」という漢字は「心」を「亡くす」と書きますが、自分の事や、自分の時間の価値について考える心や余裕を持てていない状態と言えます。

「何もしない時間」を持つと、「時間」について意識が向きます。あらためて時間の大切さや使い方について考えるきっかけとなります。日々の忙しさの中で見落としてきた事や見る余裕が持ててなかった事に対して気づきを与えてくれます。

一見時間の無駄遣いのように見える事が、時間の価値や時間の使い方への意識が変わり、ひいては後々の行動に影響を与える。これは結果的に人生という長い目で見た時に非常に生産性の高い時間の使い方と言えるのかも知れません。

4.自己肯定感が高まる

「何もしない」というのは言い換えれば「ありのままの自分でいる」ということでもあります。ただそこにいてリラックスしている状態。この「ありのままの自分」を認識し、それを認めることは結果的に自己肯定感を高めることにつながります。

最近は健康や幸福に関する考え方として「well-being」という概念が注目されています。これは「良くある状態」という事。ありのままの自分を肯定的に受け止め、自分の心身をリカバリーする事は、ひいてはwell-being な状態に近づくのではないかと思います。

「休符」を打つという考え方

音楽の楽譜では、何も音を出さないところに「休符」が入ります。休符とはつまり、「何も音を出さないということをする」ことを指示するサインです。

ずっと音が鳴り続けている曲はただただうるさい曲になってしまいます。我々の生活も同じかもしれません。大切なのはメリハリ。生活に「休符」を打ちましょう。

スケジュールに「何もしないということをする」という予定をあらかじめ入れておく。そうする事で、計画的に自分の生活に「余白」を作る事ができます。こうすれば生活にメリハリが生まれ、良いリズムが生まれるのではないでしょうか。

まとめ

忙しい日々がデフォルトになってしまうと、常に何かをしなければならないという、詰め込み型の生活を送りがちです。その生活は知らず知らず脳や心身に大きな負担を強いているかも知れません。

定期的に「何もしない」という余白のスケジュールを持つ事で、脳や心身のリフレッシュをしましょう。そうする事で時間の考え方が変わったり、自己肯定感が上がるなど、自分をメンテナンスすることにつながります。

最後に最近知って刺激を受けた言葉をご紹介します。

人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ。
パブロ・ピカソ

この言葉は無意味である事を認める、ひいては「余白」がいかに大切かを教えてくれているように思います。時間においても「何もしない」という余白は、生活に豊かさをもたらしてくれるのではないかと思います。

今日は日曜日です。「何もしない」時間を作って、自分を少しメンテナンスしてみてはいかがでしょうか。

適度に余白のある生活をおくりたいものですね。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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やわらかメガネりょう
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