自分に向いていることを人生の選択基準にすることは 効率的かつ合理的な考え方と言える。 しかし、それが幸せにつながるとは限らない。 非効率で不器用でも、生き生きしている人はいる。 合理性に欠けても、自分の選んだ道を邁進する人もいる。 選択基準は何も、向き不向きだけではない。
僕は完全に2次元で考えてる生き物で昆虫に近いかもしれません。確か虫があらゆる角度の面を自在に歩けるのはその理由だった気が。だから立体造形とかまるで無理。中学の時木製の椅子を作る授業で4本の足の長さをこれほどバラバラの長さに切った奴は初めてだ、と先生にあきれられました。
ひとつひとつ並べていく数字は、僕が「がんばった」証になる。 正解は、人の数だけあるんだから。 前に進めなくなったら、一度立ち止まって。 振り返ってみるのも、悪くないのかもしれない。
人には向き不向きがある。実働する部隊が向いている人もいれば、パソコンの前でオペレーションすることに秀でた方もいる。お互いの良さを足したときに如何にシナジーを生み出せるのかが鍵になる。そのためには多くの準備と、角のない丸い気持ち、そして緑色の良心が必要になってくる。とても重要だ。