「偶然居合わせる」 ということが、とても大事だと思うようになった。
患者の期待に完全に沿わないと、彼らは怒って起きたり、私たちが何をしたり言ったりすべきかを教えたりする。医師はそこで多くを飲み込むべきであり、知ったかぶりの権威を放棄することを学ばねばならない。 ー『フェレンツィ後期著作集』p.172
「働くことと、愛すること」。 フロイトが、「人生で大事にするものは何か」と尋ねられたときに出した、短い答えだと、何かの本で読んだ。 お金、職業、ではなく、働くこと。 愛されること、愛し合うこと、ではなく、愛すること。 フロイト先生好きだなあ、ほんと。
教師ぶった医師、それどころか単に権威的な医師の態度ほど分析に有害なものはありません。私たちの解釈はすべて確実な主張というよりも提案の性格を持っているべきで、これは単に患者を刺激しないためだけでなく、私たち自身実際に間違うことがあるからです。 ーフェレンツィ、p.62
この治療を、ご自身の立場から、多くの苦労と時間とお金を費やすことになる冒険的な試みとみなすほうがいいでしょう。(中略)避けがたい悪化に逆らってでも最後までやり抜こうという真剣な意思なしに始めると、今までの失望に新たな失望を加えるだけに終わるでしょうから」 ーフェレンツィ、p61
精神分析がASDに向かない理由を考えた序に思ったんだけど、正直、自閉症者に現代の(ジェンダー)フェミニズムは向かない気がする。バトラーとか読ませたら、例え知的に高い子でも間違いなく混乱するでしょうね。自閉症者の為にも、ジェンダーイデオロギーは有害だと思うし、無くなる方向だろうと。