心理学を学ぼう
前置き
読者様の中に、これまで「自分とは何か」という疑問を持ったことのある方はいらっしゃるだろうか。
単刀直入な質問ではあったが、長い人生、多くの人は一度くらい自分の知らない自分に関心を持ったことがあるのではないかと思う。
この「自分」ということへの疑問は、まさに心理学の道への第一歩でもあるので、心理学を学び全く新しい自分に出会えた私としては、この疑問を持つ人の背中を押したくなってしまうのである。
更に言えば、心理職に就いたり、スポーツのためのメンタルトレーニングをしたり、催眠やトランス状態について科学的な知見を得たいわけでなくても自分を知ることはとても大切なことである。読者様含め全ての人間は、世界をありのまま受け止めているのではなく、いわば自分という万華鏡の中で光を捻じ曲げながら観察しているに過ぎないからである。
この記事は、そんな自分という存在がいかにして形作られるかを、心理学を学ぶことを通して読者様に知っていただくことの第一歩とすることを目的としている。
まずは心理学とは何なのか知るところから始めよう。
しかし、本題の前にまず断っておきたいことが一つある。
自分とは何かという疑問について、哲学の中では往々にして議論がなされるものだが、私が読者様にお伝えしたいことは、その哲学的な議論の中のある立場に与する一意見ではない。私がそもそもこの記事を執筆する理由は、上で述べた通り心理学を学ぶことを通して「自分」とは何かを読者様に知ってもらうことである。
それを通して人生の「QOL(Quality Of Life)」を向上する助けになることも、大切な目標の一つである。
故に、人生の意味やその哲学的な考察に関しては、この記事においては語られることはないということをまずはご承知いただきたい。
それから、「QOL」なる単語が出てきたが、念のためこの言葉の意味を説明すべきであろう。
引用された文章の中にある「自分らしい生活」というのには自己実現の度合いが深く関わってくるだろう。
自己実現とは心理学の用語で、「自己イメージとなりたい自分とが調和すること」を指す。人間性心理学ではこの自己実現が人間のアイデンティティを確立させ、精神の安定と幸福をもたらすとして心の状態との関係が説明されている。
このように、心理学を学ぶことでこれまで知らなかった自分を知ることができれば、読者様の生活がより良いものになっていくかもしれないのである。
この記事では比較的認知度の高い精神分析学や行動心理学の理論を入門者向けに解説し、読者様の心理学への探求の手がかりとなるようなわかりやすいものとなるように努めるつもりである。
それでは今度こそ、読者様が新しく「自分」を知るきっかけになれることを祈って、心理学の世界に足を踏み入れよう。
そもそも心理学とは何なのか
まず、そもそも心理学とは何であるかを知ろう。
今日では心理学は概して「行動と心理作用に関する研究」と定義される。その行動と精神に対する哲学的な関心の起源は、古代エジプト、インド、古代ギリシアの時代に遡る。古代エジプトの文献には心理学的な思索活動の痕跡が残っており、南アジアでは古来から自己の内的な観察を通して叡智や悟りと呼ばれる状態を目指す哲学や信仰(e.g. ヴェーダ)があった。
古代ギリシア、初期イスラム世界、ヨーロッパの哲学者たちが受け継いできた思索活動の成果が、正式な研究分野としての心理学の成立に繋がったのである。
心理学が哲学から独立して一つの学問となったのは、1879年にドイツの心理学者、ヴィルヘルム・ヴントがライプツィヒ大学に世界初の心理学実験室を開いた1870年代だという見方が一般的である。彼がその発展に寄与した実験心理学を皮切りに、新しい分類の心理学が次々に誕生していった。
ジークムント・フロイトの精神分析学に始まり、行動主義の台頭、生物学や神経科学を道具に心の研究を試みる生物学的心理学・神経心理学、そして認知心理学…現在に続く心理学の細分化の所以は、心理学の歴史を知ることでより深く理解できるだろう。
本記事のテーマは「心理学入門」であるため詳細な歴史についてはまた別の機会に書くとする。
基礎心理学と応用心理学
先述したように、現在存在する細分化された心理学の分野はヴントが設立した心理学実験室から研究が始まった実験心理学がその基盤を作り上げている。実験心理学がその理論を裏付けるのが基礎心理学、そして基礎心理学で得られた知見を現実の問題の解決に活かすのが応用心理学である。
基礎心理学で代表的な分野は
・認知心理学(認知療法とかはこれ)
・学習心理学(行動主義的アプローチ)
・発達心理学(精神分析論にも通じる)
・社会心理学
・行動心理学
応用心理学では
・臨床心理学(精神医学の基盤)
・教育心理学
・犯罪心理学
・経済心理学(ちょっとしたトレンドだったりする)
などが有名どころであろう。
人の心の基本構造を知るために、まずはフロイトの代表的な研究分野である精神分析学・行動心理学(学習心理学)・発達心理学について知ろう。
フロイトの精神分析理論
精神分析理論は比較的新しい理論であり、20世紀初頭に始まった。この理論によると、人間の行動や人格を決めるのは無意識の絶え間ない葛藤であり、そのほとんどは意識には登らないため知覚されない。フロイトはこの葛藤が自我、超自我、イドという3つの心の要素の間で起こるとした。またフロイトは、人格の発達には生まれてから5つの段階があると考え、そこに性と心理的プロセスの両方が関わると考えた。これを心理性的発達段階と呼び、人間の心が健全な状態でいるためには、この発達段階で起こる葛藤を解決しなければならないとした。
├─局所論(第一局所論)
局所論とは、意識はそのレベルに応じて3層に分けられるとする考え方である。局所論では人間の心を自分で知覚できる「意識」、幼少期の記憶などがしまってある「前意識」、意識に上らず知覚できない潜在的な衝動、欲望、感情が秘められている「無意識」の3つに分ける。
ところで、意識と無意識の概念は一般にも浸透しているだろうが、前意識という言葉は初めて聞く人も多いのではないだろうか。
前意識と無意識はどちらも普段意識に上らないという点で共通しているが、前意識にある過去の記憶や知識のほうは必要に応じて自分の意志で引き出すことができる。逆に、無意識に眠っている欲望、衝動、抑圧された記憶といった類のものは自分の意志で引き出すことが難しい。それまで「意識」「無意識」という単純な二つで捉えられていた心に、新しい見方をしたという点でフロイトの局所論には大きな意義があったといえる。
精神分析療法では、過去の記憶などをクライエント(患者さん)から引き出し無意識に光を当てることで、その人の人格や認知のパターン(望ましくないもの)に影響している原因を引き出そうとする。
└─構造論(第二局所論)
構造論とは、第二局所論という別称からもわかる通りフロイトが考え出した新たな心の捉え方である。構造論では局所論とは違った観点で心を捉えなおしている。
構造論が重要視するのは心の異なる働きをする部分である。つまり局所論では心を空間的に分けて捉えていたとすると、構造論ではそれを異なる部分を持つ一つのシステムと捉えるのである。構造論では心を「自我」「超自我」「イド(エス)」の3つの要素に分ける。この3つの要素が互いに対話しながら、人間の行動を決めていくのである。
構造論における超自我の概念はかなり発達心理学の内容に踏み込んでいるかもしれない。
というのも、超自我は「親のように厳しく自分を律する心」と説明されることからもわかる通り、幼少期の生育環境に大きく影響を受ける心の部分であるからだ。またイドは「子供のように自由で衝動的な心」であり、この部分に秘められた性を始めとする原始的な欲求の大部分が局所論で言うところの無意識に秘められている。とすると、自我というのは「大人になった冷静な自分」「超自我とイドのバランスを取る心」という言い方ができるだろう。
臨床心理学では、心理検査やカウンセリングを通してこの3つの心の要素の不均衡を生む要因を知り、治療を通して3つの要素のバランスを取り戻す。
局所論における心の3つの層はおよそ誰にでも当てはまるものだが、構造論における超自我とイドの影響力のバランスは幼少期に接する大人の態度によって大きく変わる。厳しい親に育てられれば超自我が増長し、その逆もまた然りなのである。
行動(学習)心理学と行動主義
さて、臨床心理学や精神医学の世界では特に大切な理論である「行動主義」について説明しよう。
行動主義とは簡単に説明すれば、「自由意志は存在せず、人の行動は遺伝と環境の両方から影響を受けて決定されるよ」「行動は外界との関わりを対象とする学習の結果だよ」とする心の唯物論みたいなものである。
まだ少し難しいので更に噛み砕くとすれば「心は行動から科学的に研究できるよ」ということである。
現在も心理学の考え方として主流である行動主義が生まれた要因としては、前項に書いた精神分析学の影響があると考えられる。
つまり、精神分析によってそれまで精神世界と物質世界を分ける二元論の元考えられていた「精神」の世界も唯物論を前提とした科学的な研究の対象になり得るとわかったことが大きく影響しているということである。
こうして心理学の流れを見てみると行動主義が歩む道もわかってくる。
精神分析学では精神分析から過去に存在する現在の行動の原因を探る。
ではそれに発想を得て次に進む行動主義は…?
そう、ある人の刺激と反応(行動)の結びつきを特定できれば、その反応の仕方を予測できると考えるのである。
まさに「学習」心理学らしいといえる。
ところでこの記事では厳密なことを言うつもりはないので行動心理学と学習心理学とを同列に扱っているが、厳密には研究の範囲や対象などで違いがあるということには留意していただきたい。
「パブロフの犬」と行動主義
かの有名な「パブロフの犬」といえども、心理学に触れたことのない者には未だ知名度は高くないかもしれない。この行動主義心理学の第一面とも言える実験について今一度説明すべきだろう。
エサを見ると犬が涎を垂らすことに気づいたパブロフは、犬に刺激と反応の結びつきが存在することを発見した。そこで、エサを与える際にはベルを鳴らすようにすると、犬はエサがなくてもベルの音を聞いただけで涎を垂らすようになった。ベルとエサを結び付けたのである。
という話である。
この話の中で、まだエサと結びついていないときのベルの音を中性刺激と呼び、犬に涎を垂らすという無条件反応を起こさせる無条件刺激であるエサを与えるのと一緒に聴かせることで、「ベルの音を聴く→エサが貰える」という条件付けが起きて条件刺激に変わる。
また、条件刺激によって引き起こされる反応を条件反応と呼ぶ。
そしてこれを古典的条件付けと言うのである。
古典的な行動主義と新行動主義
古典的な行動主義では、心理学の研究の対象を「行動」だけに絞る。
つまり、パブロフの犬に代表されるように、完全に科学的な手法を通して行動だけを研究することでのみ、人間の心理に迫れるとした。
後世の心理学者たちはより柔軟に行動主義を解釈した。つまりそれまで刺激と反応の結びつきのみが行動を作るとしてきた行動主義を、遺伝や認知、環境も影響するものとしたのである。
├─方法論的行動主義
古典的な行動主義の代表。
パブロフの研究を含む。研究者としてはワトソンなどが有名である。
人は誰しも生まれたときの心が白紙(タブラ・ラサ)であり、すべての行動は周囲の人や物事から学習されるとする。
言い換えれば、行動の要因として外界からの刺激のみを認める。
├─徹底的行動主義
1930年代に、B・F・スキナーは、生物学的要因が行動に与える影響を考慮する徹底的行動主義の理論を展開した。
スキナーは古典的条件付けから一歩進んで、強化という概念を提示した。
オペラント条件付けと呼ばれるものである。
行動の要因=外界、遺伝(生物学的要因)
└─心理学的行動主義
アーサー・W・スターツが構想した心理学的行動主義では、より柔軟に人間の心理を解釈し、行動の要因としては外界、遺伝、認知、環境が挙げられるとした。
この理論は特に発達心理学、教育心理学に影響を与え、臨床心理学などでも大体同じ理論をもとに治療などの理論が成り立っている。
また、アーサーは子供の発達における親の育児の重要性を研究するなど、発達心理学の内容にも触れている。
発達心理学
行動心理学について一通り説明したところで、発達心理学の内容に踏み込んでみよう。
発達心理学とは、人の加齢に伴う発達的変化を研究する心理学の一分野である。この世に命を授かってから大人になり、老いて死ぬまでの長いスパンの中で、私たちは常に発達的な変化の最中にいる。発達心理学では、そのような変化の中が、異なる人同士でどうして違うものになるのかなどを長期的な研究によって解明しようとする。
実を言うと読者様を含め日本で義務教育を受けた全ての人は、既に発達心理学に触れたことがある。自覚のなかった人が大半だとは思う。
家庭科の授業、家庭科の教科書の中にこんな言葉を見たことがあるだろうか。「ライフステージ」「発達課題」「生涯発達」。これらは発達心理学に通ずる言葉の一例である。
発達心理学は広義には、心の変化のみならず人生を通してあらゆる発達的な変化を取り扱うのだが、本記事ではあくまで心理学の一分野として扱うために、フロイトの心理性的発達理論を主軸に話を展開しようと思う。
心理性的発達理論
精神分析理論のあたりの話で、人間の心はイド、自我、超自我の3要素に分けられると書いた。
フロイトの発達段階説では、小児の心の発達には広義の性欲(リビドー)が深く関わっているとして、その発達段階を性感帯に基づいて5つに分けた。
イドは自我、超自我と違い最も原始的で、根本的な欲動を感じる場所であり、このリビドーもイドに影響を与えると捉えるのが適切である。
また、幼少期の発達の過程においてこのリビドーを十分満足させられないと、固着を引き起こし、偏った人格や神経症の原因となるとした。
また別の記事で詳しく書くかもしれないが、ひとまずは下図を参照のこと。
また、フロイトの理論を発展させた人物としてエリク・H・エリクソンの名前が挙げられる。こちらは幼少期だけでなく生涯に渡っての発達段階を提唱している。フロイトは小児のリビドーに注目し、エリクソンは社会的な周囲との関係性に注目して発達課題を考えた。
まとめ
本記事では、専門性が高過ぎず、心理学の全体を概観するようアプローチで全く心理学が未経験の方にもわかりやすいような内容を目指したが、心理学の概要についてある程度ご理解いただけただろうか。
筆者としては、自分の得意な分野を専門的に掘り下げるよりも遥かに情報の網羅性、信憑性を求められるテーマであり正直まじで疲れた。
しかしながら、これまで自分の得意分野ばかりで見向きもしなかった心理学の諸分野について改めて勉強しなおすことができてとても良い勉強になったとも思う。
これからは心理学の各分野や臨床心理学をテーマに一つずつ専門的な内容を記事にしていこうと考えているが、読者様に知りたい分野があるなら是非コメントにてリクエストして頂きたい。
それではお読みいただきありがとうございました。
↓のは投げ銭みたいなものですがどうか筆者の学費を援助して頂けるともうちょっと楽なバイトに転職して専門的な記事もバンバン書いていけるのでとてもとてもありがたい…!!