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生きていく力について :1 プシュケーと対啓蒙的学問「穏やかな正義」


〇はじめに「生き抜いていく力ってなんだ?」


①プシュケを慰めるパン


生きていく力、
正確には「生き抜いていくための力」と聞いてあなたはどのようなものを思い浮かべるでしょうか?

私はそういったものだと思っています。

けれど、この世界にはシロとして生まれた者もいれば、クロとして生まれたものもいること、そして今現在が、「苦しみを抱えてでも生き抜いていくこと」よりも、「無に至る」ことの方が価値が重いように見なされる傾向に進んでいること。それらにより上記の内容を必ずしも共感していただけないことはわかっています。

その上で共感していただけないにしても、私の言葉が「あなたの片隅に住む」ことを願い「生き抜いていく力」に関して記していこうと思います。

どこから書き始めるかは相当考えましたが、やはり、はじまりはギリシャ神話における「プシュケーの物語」を記すのがふさわしいでしょう。

少し長くはなってしまいますが重要な内容なのでどうかお付き合いください。

②カバネル「プシュケー」

〇ギリシャ神話「プシュケーとエロス」


③エロスとプシュケー


むかしむかし、あるところにプシュケーという、それはそれは美しい女性がいました。その美しさは男たちに美の女神アフロディーテの信仰を忘れさせるほどのものでした。それに怒ったアフロディーテは息子のエロスに命令しました。

「エロス。お前の持つその黄金の矢でプシュケーを射て、この世の最も醜い者と結ばせなさい」

エロスの持つ黄金の矢に射られた者は、射られてから最初に見た対象に対して、熱烈な愛情を抱く効果を持っていたのです。

エロスは母の命令を受けて、プシュケーに弓を構えます。しかし、エロスもプシュケーの姿を見て、その美しさに目を奪われて、ハッと息を呑み、手が滑って矢を自身の足に落としてしまったのです。

エロス自身にその矢の効果があるのかは不明ですが、少なくともエロスはプシュケーに矢を射ることをせずに天界へと戻っていきました。


④デルポイ

ある日、プシュケーの両親はアポロンの神殿に赴き神託を受けに行きました。というのも、プシュケーはあまりにも美しかった、美しすぎたがために男たちは気後れし、逆に誰一人としてアプローチをかけるものがいなかったのです。故に両親はプシュケーの婚姻にふさわしい者はいないか、アポロンに聴きに向かったのです。

アポロンからの信託はこうでした。

「プシュケーは人間と婚姻することはできない。山の怪物が夫となるであろう」

両親はそれを泣く泣く受け止めて、プシュケーを山の頂に連れていって、そのまま置いて帰ってしまいました。

プシュケーは絶望し眼下の景色に身を投げてしまいました。

それを見ていたのは風の神ゼフィロスで、気を失ったプシュケーを優しく受け止めて、森の中の大きな宮殿の前に連れていきました。

目を覚ましたプシュケーは大きな宮殿に驚きましたが、あまりにも疲れていて休ませてほしいと宮殿に入っていきました。宮殿は薄暗く、プシュケーは暗闇の中から誰かの声を聞きました。

「はじめまして。怖がらないでいい。ここはあなたの家だ。私はあなたの夫だ。あなたを恐れさせるものはここにはない。あなたの幸せを誓う。だけど約束してほしい。けっして私の姿を見ることをしないと。」

はじめは恐れ、不安に思っていたプシュケーでしたが、その声の主が決してプシュケーの嫌がることをせず安心させる言葉を発し続け、次第に彼女も声の主を愛するようになっていきました

プシュケーはそこで暮らし、そして月日が流れました。
夫である「誰か」の言う通り、プシュケーはそこで幸せに暮らしていました。
プシュケーは夫に「家族に私が幸せに暮らしていることを伝えたい」と言うと、夫はゼフィロスにプシュケーの姉の二人を連れてこさせました。

二人の姉はプシュケーが山の怪物と結婚したと思っていたので、豪華な宮殿で幸せそうに暮らすプシュケーを見て嫉妬しこう言いました。

「夫婦なのにそれだけ暮らしていても姿を見せないのはおかしいではないか。やましいところがあるからに違いない。きっと夫は山の怪物の大蛇なのだ。悪いことは言わない。このナイフを念のために持っておいて、今日の夜、姿を確認してみなさい」

夜になって、プシュケーは昼間の姉たちの言葉が頭から離れずグルグルと廻って、ついに灯りを持って寝ている夫の姿を確認しに向かいました。

灯りで照らされて見えた夫はとても美しい青年で、それは「エロス」でした。


プシュケーは夫が怪物でなかった安心と、夫の美しさに目をとられて、灯りの蝋が滴り落ちることに気がつきませんでした。蝋が夫の肌に落ちて、エロスは目を覚ました。エロスは自身が照らされていることに驚き、そして瞬時に妻が約束を破ったことを悟りました。
「愛と疑いは一緒にいられない」、そう言うと彼はいなくなってしまいました。

プシュケーは夫との約束を破ってしまったことを後悔しました。
けれども彼のことを忘れられませんでした。
自身を怖がらせないようにかけてくれた優しい声と言葉、ぬくもり、幸せな日々。それらを順々に思い返していって、いつも最後は夫の失望した顔で回想は終り、胸が締め付けられるのでした。

そして彼女はついに彼を探すため、様々な世界を股に掛ける冒険に出かけることになるのです。


⑥エロスとプシュケー

〇プシュケーの神話が表すもの「真実を求める魂」

その後の彼女の冒険については是非ともあなた自身で調べてみてください。

ここでwikipedeiaのプシュケーのページを見てみましょう。

プシュケー: Ψυχή、ラテン文字表記:Psyche)とは、古代ギリシアの言葉で、もともとは(いき、呼吸)を意味しており、転じて生きること(いのち、生命)、またを意味するようになった言葉である。

: Ψυχήはもともと息(呼吸)を意味していた。呼吸は生命のしるしとして最も顕著なものであったので、やがてこのプシュケーという言葉は、生命を意味するようになり、それが転じて、やがても意味するようになった[1]。そのような語義になったのも当然[1]と指摘されている[注 1]

「当然」と言われても、上記の神話と魂や「いのち」がどう繋がるか正直意味が分からないとは思いませんか?

基本的にWikipediaにしても何にしても全然概要すら説明できていないのです。


プシュケーの物語には非常に重要な要素がいくつも散りばめられています。

日本神話に詳しい方であれば、この神話に八岐大蛇や、いわゆる三輪山型説話を見出すことでしょうし、同じギリシャ神話内でも私にはアリアドネとミノタウロス、テセウス、ディオニソスの神話等と構造が似ているように思えます。そのようにアリアドネや他様々なギリシャ神話と対応させたとき、各国の「熊の伝説」や諏訪の「甲賀三郎伝説」にも通ずるようにも感じられてきます。

また、「決して姿を見てはならない」、と聞いて「鶴の恩返し」や記紀におけるイザナミとイザナギの物語、すなわち「禁室型」の物語を想起する方もいることでしょう。

私の記事を見てくださる方であれば、以下の記事のことを思い出したのではないでしょうか。

とある少年の夢の内容を書いたものでした。

ごく簡単にまとめると、

少年は母親と共に無意識の象徴であるまっくらな森に入っていくが、そこで母親とはぐれてしまう。
視界が開けた野原に出ると母親を見つけるも、一緒に白いワンピースを着た少女が遠くに見える。
少年はその少女が恐ろしい存在であることを知っている。
少女は少年を追ってくるも母親がそれを止める。
少年がなんとか逃げ去って振り返ると、少女が母に馬乗りになって斧を振り下ろすところで、そこで少年は目を覚ます。


人間は自我を成立させるためにあらゆる周波数帯の刺激を制限していること、
制限に漏れた刺激は無意識領域にしまわれていること、
自我の裏で制限された刺激が夢や幻覚の中で人格化したとき、同性であれば「シャドー」、異性であれば、男性にとっては「アニマ」、女性にとっては「アニムス」と呼ばれること、

白い少女は少年にとってのアニマであること、
このとき、観測点の「少年」が自我だとして、少年の心の全体として見たとき、「少女」も「母」も同様に少年の一部であること。

つまり、少年の魂は安心で安楽な安全基地の象徴である「母」を否定してでも、存在を否定してもなかったことにはできない「悪」である「少女」、即ち「真実」を観測する選択をした、ということ。

こういった「力の動」きそのものが「魂」だといえるのです。

そういった観点でプシュケーの物語を見たとき、見えてくるものがあるとは思いませんか?

つまり、エロスはプシュケーのアニムスであり、プシュケーは薄暗い宮殿のエロスの声のみを聴いてそれを世界だとしていた。

これは下記の記事の「プラトンの洞窟の比喩」とも繋がっていて、

・行政指導と天下りにより政治が会社の運営に介入する。
国民は安定を求め独立心も競争心もない。
完全な社会主義国であるのにも関わらず、学校で「この国は資本主義だ」と教えられたから資本主義であるとされる。
実体と合っていなくても権威ある者がそう言えば「そういうもの」だとされる。

・ただの紙切れが黄金の代わりになり、代わりであったことさえ忘れ去られても世界を回し続ける。

・小中高を卒業し、就職もしくは進学、30代前後で婚姻し、子どもを育て上げ、60代まで働き、余生を好きに過ごすことが人生の成功であり、それができなければ失敗…。

それを世界だとしていれば不安も恐怖も「限定された範囲のもの」になるのです。これが安全基地である少年にとっての「母」で、プシュケーにとっての「姿の見えない夫」です。

けれどプシュケーは姉のそそのかしで夫の姿を見たいという欲望をお抑えられなくなりエロスの姿を見ることとなるのです。これが「少年」にとっての「少女」との邂逅であることがわかることでしょう。

その結果プシュケーは夫を失いますが、夫の優しい声と言葉、ぬくもり、幸せな日々、即ち「失われた時を求めて」プシュケーは世界を、即ち「真実」を「視る」旅に出かけるのです。

そしてミクロの範囲では物語はプシュケー(観測点)を主人公としていますが、マクロの範囲では物語全体がプシュケー(全体)であるのです。

イザナギがイザナミに物語を書かせているが、物語を伝えているイザナギも上の次元のイザナミの描く物語の一部なのだ。

マトリョーシカみたいなものだ

「呪縛解放 仮➓」裏側へと繋がる門「感覚という鎖」|大花 町

故にこの物語全体が「魂」即ち「力の動き」を表しているものであり、これが「プシュケー」=「魂」というようになっていくのです。



〇精神分析学とは何か「フロイトについての概要」


フロイトを創始として、ユングやアドラー、エリクソンやマズロー、クライン、ラカン等々が発展や分岐、統合させていった「精神分析学」の領域。


精神分析学は心理学の大きな分野の一つですが、心理学の語源から見れば特に元々の心理学の在り方を継承し続けている分野と言えるかもしれません。

語源は、や魂を意味する古代ギリシア語のプシュケー(ψυχή )と、研究や説明を意味するロギアとでの、プシューコロギア(psychologia)である[3]

心理学 - Wikipedia


フロイトはヒステリーの原因を「力動」、文字通り力の動きで説明しようとしました。語弊を恐れず簡単に説明すると、社会生活の中で無意識下に抑圧された「力」が意識に対して「悪さ」をしているのが「ヒステリー」であると考えたのです。フロイトはこの「力」を「リビドー(性的欲求)」であるとしましたが、アドラーやユング等は、「それだけではない」と考え、あくまで「リビドー」に固執するフロイトと、他の要因も含めて、距離を置くようになっていくのです。

この裏には様々な背景があります。

今もそうですが、フロイトたちが生きていた時代の学問はもっと過剰に「啓蒙的学問」の考えが強かったのです。ここでいう「啓蒙」は「啓蒙(理性)」であることを念頭に見てください。

そもそも「啓蒙」は一部の聖職者や王族のような特権階級たちだけが聖書の内容を見ることができる状況が、都合の良い解釈や、自分たちの利益のために、書かれてもない内容をでっちあげて人々を騙しているような状況を生み出しており、それらを否定する流れで生じてきたものなのです。ですから啓蒙的学問は「一部の人間がわかる」を否定し、「みんなが同じ方法で計測して、みんなが同じ結果を出せること」を重視するのです。もちろん、それが「悪」だなんて誰にも言えないでしょう(ニーチェは「奴隷洗脳教育」と言っていましたが)。

ただ、そういった「均一化」の中で削ぎ落されるものがあるではないか?
それこそ「民話」、「神話」、「伝承」、「御伽噺」、「昔話」といったものたちが。
それらは理性の及ばない、人々が良くも悪くも「なんとなく」生活する中で、時に人為的な意図も加えられながらも(それすらも自然の形の一部)、自然と形を変えて伝わってきた、「それぞれがそれぞれの解釈をできる」、「神の創った物語」であり、それに触れることが「まごころ」の形成に繋がるのです。

けれど「それぞれがそれぞれの解釈をできる」なんて、啓蒙的学問の中では「あってはならないもの」でしょう?
だから上記のような「物語」たちは価値の無いものというようにされてきたのです。

そういった「均一化」の「啓蒙的学問」が主流の中で「物語」が削ぎ落されていくように、人の心も「過剰な力」の放出口は削ぎ落されていくのです。プシュケーが旅に出ることのない世界となっていく。その弊害としての表れである精神的病を扱う領域を、フロイトは啓蒙的学問に落とし込むという矛盾を強いられていたのです。そうしないと当時の世間や学問から相手にされないからです。そうして、だれもが理解しやすいような「抑圧された性的欲求によるものが原因」という考えに固執することになったのでしょうし、彼の主張が「無意識」からの欲求を「自我」や「超自我」のコントロール下に置くことを重視したものになっていったことも、そこに理由があるのでしょう。

その結果繋がった弟子が、神秘主義的思想を色濃く継いだユング、というのは私には神様の悪戯を感じざるをえないのですが、あなたはどうでしょうか?



〇おわりに「全体の中庸を成そうとする穏やかな正義」


次回はユングがフロイトから引き継いで発展させた「力動」の理論を記していこうと思いますが、終わりの前に少しだけお伝えしたいのは、この世界には「全体の中庸を成そうとする穏やかな正義」があるということです。

「中庸」というものは「普通」とか「一般」とか「常識」とは異なります。
まず人間には「その渦中いるとき、自分の立っている場所が正常か異常かを認識することは難しい」という設定があります。
多くの場合、そして「啓蒙的学問」に育てられた「普通」、「一般」、「常識」では特に「過剰な善」に陥りやすいのです。激しい正義(過剰な善)が、少数派や違う正義を叩きのめすための武器となってしまうのです。

このとき境界に住む者たち(マージナルマン)は、いち早く(これはまずい)、と知覚します。
そういったマージナルマンの中でも、一部の良識ある者の中に、バランスをとるための行動をとる者たちが現れるのです。

それこそが、啓蒙主義的な均一化、一般化の中で削ぎ落されるような、荒々しさを残した民話の元型の収集に注力したグリム兄弟であったり、そこから「民俗学」が生まれて、日本では柳田邦夫がその役割を担おうとしたのです。

また、精神分析学も啓蒙的学問体系の中で削ぎ落される「魂(力の動き)」を重視する点では、民俗学同様に「対啓蒙的学問」であるといえるのではないでしょうか。

この「対」というのは「対立」しているということではなく、「バランスをとるために「対」となる」、ということです。
多数派が過剰になったときにバランスをとるために、自身が少数派となって「対」となる考えを示す。
そして多数派に理解されるかたちを模索する。
それが「中庸」という「穏やかな正義」です。

この記事で私が申し上げたいのは、「あなたにそうなってほしい」ということではありません。「なれ」と言って「なれる」ほど簡単な道ではないからです。ただ、「そういった人々がいて今現在が成立していること」を片隅に入れておいていただきたいのです。

これも世界の設定の一つで、「片隅にでもそれが「ある」のと「ない」のとでは辿り着くゴールがまったく異なる」、ということなのです。

毎度のことながら長い文章ですが、読んでいただきありがとうございました。

〇関連、画像使用元


「プシュケーのうた」

「中庸」とは

タイトル画像
Psyche Opening the Golden Box
1903



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