<書評>『思考の心理学 発達心理学の六研究』
『思考の心理学 発達心理学の六研究 Six Etudes de Psychologie』 ジャン・ピアジェ Jean Piaget著 滝沢武久訳 1968年みすず書房 原著は1964年にジュネーブで出版。
原題を直訳すると「心理学についての六つの研究」。ピアジェは、20世紀を代表する高名な心理学者であり、本書はその著作の一つ。
まず読んでいて疲れたところがある。それは日本語翻訳文章の読点が多すぎること。訳者が、言葉の意味や文意の切れるところに読点(、)を入れ過ぎている。これでは気持ちよく読めない。どうにも読点が気になってしまって、文意に集中できない。私も読点を多用する方だが、本書の訳文程多くは読点を使っていないと思う。もし再版・改訳する機会があれば、特に編集者がチェックして、読点を減らすべきだと思う。
そういう読み辛さという点に加えて、論考自体がかなり難解だと思った。しかし、論じている内容は、幼児から成年にいたるまでの知能の発達過程を辿っているので、そんなに難しいわけではない。ところが、そこから一気に論理が結論まで飛躍していくのに、私レベルの頭の出来ではなかなか付いていけないのだ。また、専門家からすればやさしいレベルなのだろうが、途中から結論を導くための論理式を多用していて、それに対する翻訳者の解説があればまだしも、そのまま原著通りの数式を掲載しているので、これも私にとってはスムーズに理解できない一因だった。翻訳以上の仕事とは思うが、数式が意味している著者の論理を、「訳注」のような形で掲載して欲しかったと思う。
翻訳者は最後の「解説」で、本書は同じ翻訳者による『知能の心理学』とともに、ピアジェの思想を理解するための最適の入門書であると書かれていたが、残念ながら翻訳者ほど頭の出来がよくない私は、入門に失敗してしまったようだ。しかし、この感覚はなんなのだろう。私にとって難解(かつ長文)だったカッシラーの『シンボル形式の哲学』でさえ、読了後はなにがしらの感想を得ることができたが、本書はそうした感想すら何も浮かんでこないのだ。唯一浮かんでくる読後感が、翻訳文の読み辛さというのはちょっと悲しい。
そうした中で、ひとつだけ私が「これは!」ということで付箋を付けた箇所があるので、そこを抜粋する。(上述したように、読点の多用で読み辛いが原文に従う。)
P.56-57
・・・四歳から六歳までの子どもは、・・・めいめい、自分なりにあそんでいるのであって、何らの共応もおこなわない。その上、あそびの終わりに、誰が勝ったのかを、幼児たちにきくと、そのことは、子どもたちをきわめておどろかせるのだ。というのも、全員が同時に勝ったのであり、勝つということは、たのしくあそぶことを意味しているからだ。
著者ピアジェは、この文脈において子供から大人への勝ち負けの概念の発達について、それを取得していく過程を論証しているのだが、私には、そうしたことよりも「遊び」という概念と、「全員が楽しかったから、全員が勝った」という認識に、とても素晴らしいものを感じてしまった。
同時進行で読んでいるヨハン・ホインジンガ『ホモ・ルーデンス 文化のもつ遊びの要素についてのある定義づけの試み』では、「遊び」という概念を人類特有の文化として論じつつ、「遊び」の重要さと効能を強調していたが、本書におけるこの子供の遊びに関する記述は、そもそも本来の「遊び」とは、「勝ち負けを競うのではなく全員が楽しくなるもの」なのだ、と改めて思わされた。そして、「全員が楽しく遊べる」社会を実現することが、理想とすべき政治の役割ではないかと愚考した次第。
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