メラニー・クラインの対象関係論

メラニー・クライン(Melanie Klein)

生年月日:1882年3月30日 - 1960年9月22日
出身:オーストリア、イギリス
人種:両親ともにユダヤ人
両親:父親モリッツ・ライツェス(医師)、母親リブッサ・ドイチュ
兄弟:四人兄弟の末子(1876年姉エミリー、1877年兄エマニュエル、1878年姉シドニー)
理論:対象関係論(Object Relations Theory)

英国精神分析の流れ
アーネスト・ジョーンズ(1879-1958)

アンナ・フロイト(1895-1982)

英国独立学派
ロナルド・フェアバーン(1889-1964)「対象関係論」
ドナルド・ウィニコット(1896-1971)
ハリー・ガントリップ(1901-1975)「対象関係的思考」

英国版の自我心理学
現代クライン学派
ハンナ・シーガル(1918-2011)『メラニー・クライン入門』1964

現代クライン学派
ウィルフレッド・ビオン
ドナルド・メルツァー
L.グリンバーグ

◆メラニー・クラインの生涯

1882年(0歳) 3月30日 ウィーンに生まれる。
父親モリッツは開業医で、正統派ユダヤ教徒で結婚歴あり。母親リブッサは父親の24歳年下で美人だった。4人兄弟の末子。父はエミリーの方を愛し、母は母乳で育ててくれなかった。

1886年(4歳) シドニーが結核で亡くなる(8歳)。

1898年(16歳) ウィーンのギムナジウムに入学。医者をめざす。

1900年(18歳) 父親モリッツが亡くなる。
その頃、姉エミリーがアルコール依存症の夫レオ・ピックと一緒に実家に移住してきた。レオは義父の医業を継いだ。兄エマニュエルが結核になる。兄は芸術家を夢見ていた。母親は兄をヨーロッパに旅行させた。兄はメラニーに将来の夫アーサー・クラインを紹介した。

1902年(20歳) 12月、エマニュエルが結核で亡くなる(24歳)。兄の三ヵ月後、アーサー・クライン(技師)と結婚した。

1904年(22歳) 第一子メリッタが生まれる。

1906年(24歳) 二番目の子の妊娠中にうつ病になる。

1907年(25歳) 第二子ハンスが生まれる。うつ病の再発予防のため旅行に行く。シレジアに引っ越すが、メラニーはほとんど外出していた。子どもの世話は母親がした。

1909年(27歳) スイスのサナトリウムに二ヶ月間入院する。

1910年(28歳) ブダペストに移住した。

1911年(29歳) 母親リブッサと再び同居する。

1913年(31歳) サンドール・フィレンツィはハンガリー精神分析協会を設立する。彼はアーネスト・ジョーンズを精神分析する。

1914年(32歳) 第一次世界大戦勃発。
第三子エーリヒが生まれる。その数ヵ月後、母親リブッサが亡くなる。夫アーサーは出兵してPTSDになる。
詩と小説を書く。フロイトの『夢解釈』を読む。
サンドール・フェレンツィから精神分析を受ける。フェレンツィはメラニーを助手に任命し、子ども研究協会で一緒に働いた。

1919年(37歳) 「子どもの発達」(The Development of a Child)という論文をハンガリー精神分析協会に提出。この論文によって精神分析家として認められた。

1921年(39歳) ハンガリーを去り、離婚し、ベルリンに移住した。娘メリッタは医学を学ぶ。メラニーはカール・アブラハムの精神分析を受ける。

1924年(42歳) 子どもの精神分析の権威であったヘルミーネ・フーク‐ヘルムートが精神分析をした自分の甥に殺される事件が起きた。世間は子どもを精神分析にかける実験に対して警戒を強めた。
アリックス・ストレイチーと出会い友人になる。彼女の夫はジェームズ・ストレイチーである。

1925年(43歳) メラニーを分析しているカール・アブラハムが亡くなる。アンナ・フロイト(フロイトの娘)はウィーン精神分析協会の公演の中で、自分の理論をメラニー・クラインの主張と対比させ、メラニーを批判した。(アンナ・クライン論争勃発)
・メラニーはすべての子どもを遊びの中で精神分析することが可能だとし、大人の自由連想法と同等だと主張していた。しかし、アンナは子どもの遊びは精神分析に有用だと認めたが、分析できるのは幼児神経症の症例に限るとした。
・また、メラニーは子どもは分析家に転移すると主張したが、アンナは子どもは両親との関係が深いので分析家に転移しないと主張した。

1926年(44歳) アーネスト・ジョーンズはメラニーにロンドンへの移住を勧めた。メラニーはロンドンに移住し、ジョーンズの子どもたち、マーヴィン(3歳)、グウィネス(5歳)の精神分析を行う。

1927年(45歳) 英国の分析家はアンナ・フロイトの批判に対してシンポジウムを開き、論文にして刊行した。

1929年(47歳) 自閉症の4歳のディックを精神分析にかける(20年間)。

1932年(50歳) 『児童の精神分析』(The Psycho=Analysis of Children)を出版する。

1934年(52歳) 4月、ハンスが登山中に事故死する。8月、「躁うつ状態の心因論に関する寄与」(Contribution to the Psychogenesis of Manic-Depressive States)を国際精神分析学会に発表する。娘メリッタは母メラニーへの批判を先導する。エドワード・グラバーから精神分析を受ける。

1935年(53歳) 「抑うつポジション」を理論化する。

1938年(56歳) 10月、「喪とその躁うつ状態との関係」(Mourning and its Relation to Manic=Depressive States)

1939年(57歳) フロイトが亡くなる。

1946年(64歳) 「分裂的機制に関する覚え書」(Notes on some Schizoid Mechanisms)の論文を提出する。この中で「妄想的・分裂的ポジション」が論じられた。

1957年(75歳) 『羨望と感謝』(Envy and Gratitude)を出版する。

1960年(78歳) 夏のある休日に意識を失い、癌と診断された。9月22日、メラニー・クライン亡くなる。

1961年 『児童分析の記録』(Narrative of a Child Analysis)が出版される。リチャード(10歳)の精神分析の記録。

1964年 ハンナ・シーガルが『メラニー・クライン入門』を出版する。

◆メラニー・クラインの対象関係論

・ここでの原始的な対象関係とは、乳児の母親(対象)との関係である。
・フロイトは、生後3歳頃にエディプス・コンプレックスが生じると述べたが、クラインは生後3~4ヵ月の乳児にすでに早期エディプス・コンプレックスが存在することを究明し、早期発達理論を展開した。

クラインの対象関係論は三期に分類できる。

(第一期)
1932年『児童の精神分析』(The Psycho=Analysis of Children)
・・・
エディプス・コンプレックスは早期の乳児にも見られる。
抑圧以前の、「否認」(denial)、「取り入れ」(introjection)、「投影」(projection)、「分裂」(splitting)が働いている。
口愛サディズム期に超自我の源泉(迫害的な乳房)が生まれる。
原光景、「結合両親像」(combined parental figure)がイメージされる。

(第二期)
1934年「抑うつ的ポジション」(depressive position)と「躁的防衛」(manic defense)を明らかにする。

(第三期)
1946年「分裂的機制に関する覚え書」(Notes on some Schizoid Mechanisms)
妄想的・分裂的ポジション」(paranoid-schizoid position)
投影同一視」(projective identification)

1957年『羨望と感謝』(Envy and Gratitude)

◇早期口唇期(early oral stage)
・乳児は外界と自己の区別が未発達であり、「快感原則」(pleasure principle)に支配されている。
・乳児は、「取り入れ摂取)」(introjection)と「吐き出し投影)」(projection)という原始的な防衛機制を持つ。
・快は自己、不快は非自己と認識する。
・快を与える対象は思う通りに支配できる「全能感」(omnipotence)の対象である。

・乳児は、原始的な「生の本能(death instinct)」(リビドー)によって、快を与える対象に「理想化された対象」(idealized object)、「最初の対象」(primary object)を投影する。

◇口唇羨望(oral envy)
・乳児は、母親という「全的対象」(whole object)を、快を与えてくれる「良い乳房(good breast)」(天国)か、不快を与えてくる「悪い乳房(bad breast)」(地獄)という「部分対象」(part object)でしか捉えることができない。
・乳児は、快を与えてくれず、不快を与える対象に対してフラストレーションを感じる。また、それを「被害感」(suspicion)として捉える。その結果、対象に攻撃性をもって投影する。
・乳児は、原始的な「死の本能(life instinct)」(破壊衝動)によって、自分が絶滅されてしまう不安―「絶滅不安」(annihilation anxiety)―を経験する。これは対象が自分を破壊してくるという投影による「迫害的不安」(percecutory anxiety)である。
・この「根源的不安」(primary anxiety)に対して自己を防衛するために働く心の機構を「原始的防衛機制」(primitive defense mechanism)という。
・乳児は、同時に原始的な「生の本能」(リビドー)によって、快を与える部分対象に「理想化された対象」(idealized object)かつ「最初の対象」(primary object)を投影する。

◇妄想的・分裂的ポジション(paranoid-schizoid position)
・生後3~4ヵ月の乳児の、自己と理想化された対象(良い乳房)が悪い乳房によって絶滅させられてしまうという被害的な迫害的不安は「妄想的」(paranoid)であり、かつ「分裂的」(schizoid)である。これを「妄想的・分裂的ポジション」(paranoid-schizoid position)という。
・本来、自己や対象は、良い面と悪い面が統合された存在(全的対象)だが、対象を良い面と悪い面に「分裂」(spilitting)して部分対象として捉える。
・自己の一部を対象に投影し、自分の一部を自己の内部(心)から外部(対象)へと排除すると同時に、その対象を自己の身体の一部と同一視することを、「投影同一視」(projective identification)という。
・例えば、境界性パーソナリティ障害のクライアントは、自分の不快感情によって攻撃性が高まると、分析家が自分のことを怒っていると認知し、攻撃したり宥めたりする。

◇抑うつポジション(depressive position)
・正常な発達では、「妄想的・分裂的ポジション」を通過して「抑うつ的ポジション」(depressive position)に移行する。
・乳児は、生後数か月のあいだ、対象を「良い乳房」と「悪い乳房」に分裂した部分対象として捉えているが、発達によって対象を「全的対象」として認識するようになる。良い対象と悪い対象は実は同一対象(母親)であると気づくのである。
・全的対象(母親)に愛情と攻撃性の両方をアンビバレンスに感じていることに葛藤を覚え、愛情の対象を破壊して摂取してしまう「対象喪失」(object loss)から生じる「悲哀」(mourning)によって絶望状態に陥る。そして、この原始的な「罪悪感」(guilt)から「抑うつ的不安」(depressive anxiety)をおぼえる。
・同時に、破壊してしまった対象を修復したいという「償い」(reparation)を試みるようになる。
・この発達により自己と他者の「分化」が発達し、母親は一度いなくなっても再び現れるという分離と再会をめぐる「情緒的対象恒常性」を獲得し、自己の欲動の一部を抑制して代理物に置き換える「象徴形成」のプロセスがはじまる。
・乳児は、自己に対する全能感や対象を支配する「全能感的支配」(omnipotent control)を捨て、対象とあるがままに関わることを学ぶ。
・この罪悪感がフロイトが述べるところの「超自我」(superego)の源泉となり、象徴形成は「防衛機制」(defence mechanism)の新たな発達段階となる。

・「躁的防衛」(manic defense)では、対象への絶望感や罪悪感を回避するために対象に対する「全能的支配」を強化し、心的現実の「否認」(denial)が起こる。
・①「支配」(control)は、対象に対する依存心を否認し、対象が自分に依存しているという幻想を抱く。
・②「征服」(triumph)は、対象を打ち負かすことで対象への羨望を失う恐れを否認する。
・③「軽蔑」(contempt)は、対象は罪悪感をもつに値しない対象であり、攻撃を加えて失っても構わないと考える。

◆『メラニー・クライン著作集

◆第1巻 子どもの心的発達
1921~1931までの諸論文を収録。クラインの精神分析的遊戯療法の出発点となった論文を初め、家庭や学校の子どもの諸問題、早期分析、罪や罰と犯罪の関連、エディプス・コンプレックスの新しい概念の呈示等々を道じて、彼女の子どもについての基本原理や発見を展開する。

1 子どもの心的発達
2 思春期における制止と心理的問題
3 子どものリビドー発達における学校の役割
4 早期分析
5 チック心因論に関する寄与
6 早期分析の心理学的原則
7 児童分析に関するシンポジウム
8 正常な子どもにおける犯罪傾向
9 エディプス葛藤の早期段階
10 子どもの遊びにおける人格化
11 芸術作品および創造的衝動に表われた幼児期不安状況
12 自我の発達における象徴形成の重要性
13 精神病の精神療法
14 知性の制止についての理論的寄与

◆第2巻 児童の精神分析

第Ⅰ部 児童分析の技法
 第1章 児童分析の心理学的基礎
 第2章 早期分析の技法
 第3章 6歳の少女における強迫神経症
 第4章 潜伏期における分析の技法
 第5章 思春期における分析の技法
 第6章 子どもの神経症
 第7章 子どもの性的活動
第Ⅱ部 早期不安状況と子どもの発達に対するその影響
 第8章 エディプス葛藤と超自我形成の早期の段階
 第9章 強迫神経症と超自我の初期段階との関係
 第10章 自我の発達における早期不安状況の異議
 第11章 女の子の性的発達に対する早期の不安状況の影響
 第12章 男の子の性的発達に対する早期の不安状況の影響

◆第3巻 愛、罪そして償い
1933~45年にわたる論文集。エディプス・コンプレックスの起源を離乳期に求め、離乳(自立)と幼児のもつ破壊性、さらには、それらの躁鬱病との関連を説く彼女の考え方は、他に類をみない斬新さを持っている。

1 子どもにおける良心の早期発達
2 犯罪行為について
3 躁うつ状態の心因論に関する寄与
4 離乳
5 愛、罪そして償い
6 喪とその躁うつ状態との関係
7 早期不安に照らしてみたエディプス・コンプレックス

◆第4巻 妄想的・分裂的世界

1 分裂的機制についての覚書
2 不安と罪悪感の理論について
3 精神分析の終結のための基準について
4 転移の起源
5 自我発達とエスにおける相互的影響
6 幼児の情緒生活についての二、三の理論的結論
7 乳幼児の行動観察について
8 精神分析的遊戯技法
9 同一視について

◆第5巻 羨望と感謝

1 羨望と感謝
2 精神機能の発達について
3 大人の世界と幼児期におけるその起源
4 分裂病者における抑うつに関する覚書
5 精神的健康について
6 『オレステイア』に関する省察
7 孤独感について

◆第6巻 児童分析の記録Ⅰ
10歳の男子を対象にした4ヵ月にわたる児童分析の完全な症例研究として、著者の全業績の中でも特異な位置づけが与えられている臨床記録。各回の末尾には、体系化した理論に鑑みて、技法並びに患者の資料を再検討し叙述を試みた後記を付す。

◆第7巻 児童分析の記録Ⅱ
『児童分析の記録』の後半部を収めた本著作集のハイライト。詳細な症例記録とクライン自身による後記とを照合しながら読み進むうちに、読者はいつしか、文字どおりメラニー・クラインの世界に深く沈潜することになるであろう。


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