自立したくて転職してすぐに一人暮らしを始め、現在行き詰まっている。 障害者雇用から一般の正社員になっただけでも凄いのに、何故もっと求めてしまったのか。 親の支援を受けていようが、前を向いて生きている。 それだけで十分自立している。 それを誇りに思えば良いと思う今日この頃。
婚活を通じて彼氏ができ 改めて 子どもに「呪いの言葉」はかけたくないと思いました。 「頑張れば普通になれる」という言葉を母から言われて、果てしなく普通を追求し、心が折れました。 「普通は目指さなくても、あなたはあなたであれば良い」ときちんと言葉にして子どもを受け入れ育てたいです。
仕事帰り、自宅に籠もりがちな父に、小さなアイスクリームを一つだけ買った。涙ながらに、美味しい美味しいと食べてくれた。 自分といえば、今日のお昼、そんなアイスクリームよりずっと高い豚骨ラーメンを食べたんだった…あぁ これから自分は、父に何が出来るだろうか… いざ、試されよう。
私が本当にやりたいことは、表面的な楽しさではない。 私は昔から、何かを極め追究することが好きだった。 それが出来ていないから心が不安定なのだと思う。 何を追究したいか、今は模索中だけれど 必ず見つけ、その道を開拓すると心に決めている。 その方向に心が向いているなら必ずやれる!
政治家が駄目だから日本も終わり。なんて短絡的に考えるよりも 自分は何を理解し、どう行動していくか? 罵倒したい人達は、結局国の有り様に関して当事者意識がないと思う。 政治家よりも、彼らに私はリスクを感じる。 国民としての責任はどう果たせば良いだろうか?
アベプラという番組で「合理的配慮」について討論があり 配慮は「義務」ではなく「努力義務」が適当ではと思いまして 求められたら全て応えるのは無理です。ケースバイケースに、柔軟に出来る範囲で、ナチュラルなサポートに委ねる。 配慮を求める権利と同様、断る権利も尊重されるべきでは?
障害者雇用の動画を見ました。 コメント欄には、働かせて配慮までしてもらっているのだから目を瞑れとかありましたが 企業と当事者が話し合いで どこまで企業は配慮ができ、どういう配慮を当事者が望んでいるか、明確化する。 誰かを悪者にして終わりにするのは解決にはならないと思いました。