#北海道
大学からの帰り道を快適にする独創的アイデア。
私が通っていた大学は、北海道の小樽市の山の上にある。小樽駅からならバスで15分。タクシーなら7分。徒歩なら35分ほどの距離にある大学だった。
小樽というのは街の構造が長崎市に似ていて(行ったことないけど)、まずは海があり、そして山があり、少しの陸地が広がる。
陸地は明治〜大正期に海を埋め立てして作ったような場所もあり、有名な小樽運河はその埋め立ての名残りを確認できるスポットだ。でも、それを意識
黄色いワンピースの女性。
大学を除籍になりハローワークに行った。
よく分からないまま仕事を探しにハローワークに行った。たしか24歳のときだったと思う。
ハローワークに行くと、高齢者が多い。
おじいさん、おばあさんの中に20代の私が混ざり、パソコンをカチカチやって仕事を探す。
とは思わなかった。
むしろ、ここからだ、と思った。
…
なんやかんや、広告代理店から内定が出た。小規模の昔ながらの広告代理店。新聞広告の営業の
私の大学生活と除籍と居候。
私は大学を除籍になっている。
除籍とは「あなたはこの大学に、そもそもいませんでしたよ」という意味合いのものらしく「中退」よりも重い。私は履歴書上は高卒である。
大学を除籍になる方法は主に2つ。
私は、[2]学費未納である。
どこにある、どんな大学を除籍になったか。
北海道の小樽市にある、1910年創立の小樽商科大学。北海道では、北海道大学に次ぐ、自称北の名門で、国内唯一の単科大学であり商
26歳の時、2週間の横浜出張で感じた東京・横浜と札幌のギャップ。
「ねぇ、2週間くらいなんだけど、本社がある横浜で生活してもらえる?」
前職時代、女性上司からこう言われた私は、少し迷って「はい」と答えた。少し迷ったのは、私が札幌を離れたくなかったから。私は生まれてこの方、今日に至るまで札幌で暮らしている。
「2週間かぁ」
2週間と言えども、なんやかんや数ヶ月に延長されて、それでなし崩し的に札幌を離れさせられるんじゃないかと疑った。「クリスマスまでには帰るか
最初の一歩を踏み出すために必要な考え方を早大生から教わった。
今から数えること6年前(たぶん)。私は、とある若手経営者と、夜の札幌はススキノでご飯を食べた。初対面で。
彼は私と同い年で当時26歳。東京の出身で大学は早稲田大だった。大学卒業と同時に起業したらしい。
私はといえば、東京の1/10の規模の札幌出身で、大学は小樽商科大学なんていう地方”国立”大学ってことだけを鼻にかけていて、1回目の転職をして人材系ベンチャーにいた。サラリーマンだ。
同い年だけ
夏らしいことを始めた瞬間、人生が変わり出した【Ep.4/全4回】
全4回にわたってお送りする
私が体験したある夏の1日のエピソード。
本日が最終日。Ep.4を書こうと思う。
▶︎Ep.3がまだの方はこちら
2013年の夏、私たち男女4人のグループは青い池を目指し、すっかり暗くなった美瑛の山の中をタクシーで移動していた。
「何でこんな時間、夜に青い池まで?」
タクシードライバーの女性からそう質問された。助手席には友だちのユウヘイが座り、私とタマちんとコウス
夏らしいことを始めた瞬間、人生が変わり始めた【Ep.3/全4回】
全4回にわたってお送りする
私が体験したある夏の1日のエピソード。
本日はEp.3を書こうと思う。
▶︎Ep.2がまだの方はこちら
2013年の夏。
公共交通機関のみを使って、美瑛町の青い池を目指す旅。「とにかく夏らしく」というコンセプトで集まった男女4人。「青い池は本当に青いのか」を確かめるため、一団はまず、札幌駅から滝川駅行きの電車に乗ることにした。時間はすでに午前10時を超えていただ
夏らしいことを始めた瞬間、人生が変わり始めた【Ep.2/全4回】
全4回にわたってお送りする
私が体験したある夏の1日のエピソード。
本日はEp.2を書こうと思う。
▶︎Ep.1がまだの方はこちら
週末の土曜日9時くらいに、札幌駅北口のドトールに来た。友だちの「夏らしいことはしたか?」のひと言が頭に残ってる。何か夏らしいことをするんだな、それなら写真も撮るだろうから何かアイテムを持っていこう、と思って、私はなぜかドラゴンボールの3巻を持って行った。天下一武