![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/124603126/rectangle_large_type_2_4049848f2fb347499018a9b69780cc73.png?width=1200)
本能寺の変1582 重要 ◎目次小 ◎004 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要 ◎目次小 ◎004
←はじめに ←目次 ←重要 ◎目次
←重要 ◎目次小 抜粋区分 第1~20話
← ①第1~5話 ②第6~10話 ③第11~15話 ④第16~20話 ←
【参照】◎第4話 第4話
信長の油断 人間五十年
◎これが信長の生き様であった。 『信長公記』
◎信長は、己の人生と重ね合わせた。
◎信長は、「五十年」を強く意識していた。
◎「人間五十年」の意味。
◎信長は、戦国時代の後半を生きた。
◎そして、桶狭間へ。 『信長公記』
◎太田牛一と『信長公記』について。
◎だが、この「五十年」が信長に先を「急」がせた。
◎そして、それが「焦り」になった。
◎そこに、「隙」が生じた。
◎これすなわち、「油断」。
◎「五十年」→「急」→「焦り」→「隙」=「油断」
◎光秀は、そこを衝いた。
◎これが本能寺の変である。
⇒ 次へつづく 重要 ◎目次小 ◎005