本能寺の変1582 重要 ◎目次小 抜粋区分 第21~40話 天正十年六月二日、明智光秀が織田信長を討った。その時、秀吉は備中高松で毛利と対峙、徳川家康は堺から京都へ向かっていた。甲斐の武田は消滅した。日本は戦国時代、世界は大航海時代。時は今。歴史の謎。その原因・動機を究明する。『光秀記』
重要 ◎目次小
抜粋区分 第21~40話
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*進捗状況 231207
第1部 邂 逅
抜粋区分 第21~40話
21 ◎ 22 ✓ 23 ◎ 24 ◎ 25 ◎ 26 ✓ 27 ◎
28 ◎ 29 ◎ 30 ◎
31 ✓ 32 ◎ 33 ◎ 34 ✓ 35 ◎ 36 ✓ 37 ◎
38 ✓ 39 ◎ 40 ◎
◎第21話 第21話
光秀の人物像 出会い 藤孝 信長
◎義昭は、近隣諸国の大小名へ御内書を送った。
◎信長との交渉は、すでに始まっていた。「東京大学史料編纂所蔵」
◎信長は、義昭への協力を約束した。 「東京大学史料編纂所蔵」
◎細川藤孝が、信長の窓口だった。 「東京大学史料編纂所蔵」
◎細川藤孝は、次第に、信長へのめり込んでいく。
◎その延長線上に、光秀と藤孝の出会いがあった。
◎このことが、光秀と信長の邂逅へと繋がる。
◎第23話 第23話
信長の性格 用心深い
◎細川藤孝は、信長から言質を得た。
◎上洛間近、誰もがそう思った。 「多聞院日記」
◎信長は、確かに、約束した。 「多聞院日記」
◎だが、信長は、用心深い。 「多聞院日記」
◎それは、糠喜びに過ぎなかった。 「多聞院日記」
◎第24話 第24話
時代の風潮 相互不信
◎義昭は、美濃と尾張の和睦を進めた。 「中島文書」
◎斎藤氏は、信長を信用していない。 「中島文書」
◎信長もまた、斎藤氏を信用していない。
◎「相互不信」
◎これが、この時代の風潮だった。
◎第25話 第25話
時代の風潮 相互不信
信長の性格 用心深い 疑い深い
◎信長は、上洛を断念した。
◎「織上違変せしめ候」 「中島文書」
◎信長は、斎藤竜興を信用していない。
◎信長は、用心深く、疑い深い。
◎第27話 第27話
時代の風潮 隙 油断
信長の油断 負け戦 斎藤龍興
◎信長は、河野島で斎藤龍興に敗れた。 「中島文書」
◎信長の決断は、正しかった。 「中島文書」
◎隙を見せれば、命を取られる。 「中島文書」
◎信長は、再認識させられた。
◎第28話 第28話
信長の性格 執念深い 美濃平定
◎永禄十年1567、夏。
◎斎藤氏は、内側から崩れた。 『信長公記』
◎信長は、この時を待っていた。 『信長公記』
◎信長は、稲葉山を包囲した。 『信長公記』
◎斎藤龍興は、伊勢長島へ逃げた。 『信長公記』
◎信長は、稲葉山城を無傷で手に入れた。
◎信長は、美濃を平定した。 『信長公記』
◎信長は、井口の名を岐阜と改めた。 『信長公記』
◎斯くして、阻害要因は無くなった。
◎信長は、執念深い。
◎第29話 第29話
信長の性格 目的意識が強い
光秀の性格 目的意識が強い
信長の志向 信長の夢 天下布武
光秀の志向 光秀の夢 明智の再興 志向の一致
光秀の人物像 戦国武将
◎「天下布武」
◎これが、信長の夢。
◎信長は、目的意識の強い男。
◎信長は、己の決意をこの朱印に込めた。
「坂井遺芳」「信長文書の研究」
◎光秀にも、夢があった。
◎明智の再興。
◎光秀もまた、目的意識の強い男。
◎光秀は、典型的な戦国武将。
◎第30話 第30話
光秀の人物像 細川藤孝 出来る男 明智の没落 光秀の年齢
光秀の志向 光秀の悲願 明智の再興
◎永禄十一年1568、春。
◎光秀は、細川藤孝に仕えていた。
◎光秀は、細川藤孝と密接な関係にあった。
◎フロイスの証言。 『日本史』
◎光秀は、出来る男。
◎光秀は、優れた能力の持主だった。 『日本史』
◎光秀は、細川藤孝の「中間」だった。
◎多聞院英俊の証言。 「多聞院日記」
◎光秀は、没落していた。
◎光秀の悲願、明智の再興。
◎光秀は、これを好機と捉えた。
◎光秀、この時、すでに、四十代。
◎雪解けとともに、交渉が再開された。
◎幾度も、使者が往来した。
◎細川藤孝の使者、光秀。
◎そして、交渉成立。
◎義昭は、上杉謙信へ上洛を伝えた。 「上杉家文書」
◎第32話 第32話
光秀の人物像 出来る男
信長の人物像 リアリスト 行動力 実行力
◎光秀は、藤孝の下で動いていた。
◎光秀は、出来る男(切れ者)。
◎信長は、軍事力強化を最優先に考えていた。
◎信長は、伊勢を狙った。
◎正に、マキャベリ。
◎徹底的な、リアリストである。
◎信長の先見性・着眼点や、恐るべし。
◎信長は、卓越した行動力と実行力を兼ね備えていた。
◎軍事力の背景には、経済力があった。
◎すなわち、領国拡大。
◎藤孝は、光秀を信長の使者に起用した。
◎光秀の貢献度は、きわめて大きい。
◎光秀は、褒美として、幕府の足軽に用いられる。
◎信長は、光秀を高く評価していた。
◎第33話 第33話
信長の人物像 同じ穴の狢 考え方 リアリスト 力こそ正義
光秀の人物像 同じ穴の狢 考え方 リアリスト 出来る男
◎石高は、優に百万石を超えていた。
◎力こそ、正義。
◎これが、信長の基本的な考え方。
◎光秀は、信長と同じ考え方・感覚の持ち主。
◎すなわち、同じ穴の狢。
◎光秀も、信長同様、リアリスト。
◎光秀は、出来る男(切れ者)。
◎二人は、波長が合った。
◎それ故の、抜擢だった。
◎第35話 第35話
光秀の人物像 細川藤孝 下で動く
◎義昭、上洛。 『信長公記』
◎山科言継がこの歴史的瞬間を見ていた。 「言継卿記」
◎細川藤孝も、京に入った。 「言継卿記」
◎光秀も、これに同じ。 「言継卿記」
◎光秀は、藤孝の下で動いていた。
◎第37話 第37話
光秀の人物像 細川藤孝 荒木村重 婚姻関係
◎信長は、池田城を攻めた。 『信長公記』
◎城中には、荒木村重がいた。 『信長公記』
◎光秀は、後に、細川藤孝・荒木村重と婚姻関係を結ぶ。
◎池田氏、降伏。 『信長公記』
◎第39話 第39話
信長の人物像 正義感が強い 大衆に人気
光秀の人物像 細川藤孝 下で動く
◎信長は、京に凱旋した。
◎義昭は、本國寺に御座を置いた。 『信長公記』「言継卿記」
◎信長は、清水寺に入った。 『信長公記』
◎信長は、大衆に配慮した。 『信長公記』
◎信長は、正義感が強い。 『信長公記』
◎義昭は、第十五代将軍に就任した。 『信長公記』
◎細川藤孝は、これに立ち会った。 「言継卿記」
◎光秀は、京にいた。
◎第40話 第40話
信長の志向 志向の相違 副将軍辞退
◎信長、あらばこそ。 『信長公記』
◎信長は、室町幕府の再興を成し遂げた。 『信長公記』
◎義昭は、信長に副将軍職か管領職を与えようとした。『信長公記』
◎使者は、細川藤孝。 『信長公記』
⇒ 次へつづく 重要 ◎目次小 抜粋区分 第41~ 話