「リベルタス!今日こそは墜とす」 漆黒の機体が、白い機体を追い詰めたと思った瞬間。 赤い機体が横からキック、二機の連携で返り討ち。 虚空を漂う戦死者の魂。手を伸ばすのは、冥府の女王ヘル。 「させないよ」 魂を横取りしたのは、ロキだった。 「おのれ!父の名を騙る詐欺師め」
さらわれたオルルーン。 それは物語の強制力、避けられぬ運命。 巨人開発に雪辱を誓うオグマ。今回の配信はここまで。 続きを気にかけながら、布団に入るパパさん。 やがて、夢の中。 (おや、ここは?) 見覚えのある、黄金の宮殿。ワルハラだ! 私は、戦死者じゃないんだが?
仕事から帰ると、エインSAGAの最新話が配信されていた。 飛び交うビーム、宇宙の戦場。人型兵器同士の近接戦。 (番組を間違えたか?) 黒き翼を持つ機体が、鎖付きの鉄球を振り回して 襲い来る敵の量産機を次々と撃破する。 (あれは、ミョルニル?) どう見ても、悪役だけど。
ドヴェルグの工房で、石像を彫るオグマ。 彼自身と同じ、背が低く立派なヒゲのドワーフ。 完成した石像。石の肌に宿る生気。 まるで石化の呪いが解けるように、新たなドワーフが誕生した。 「このままでは済まさん。わしらの手で、巨人を作るのじゃ!」 男だけの彼らが、仲間を増やす方法。
朝の支度を済ませたパパさんが家を出る。 通勤バスを待つ間、マツドナルドで朝食を。 バスの窓から、雪が見えた。スマホにプッシュ通知。 戦争のニュース。氷河期世代は、賃上げなし。 しまいには「無敵の人」予備軍なんて呼ばれ。 失われた何十年を、終わらせるには? 「手帳、あります」
(お、つぼみが) 昨年秋から世話を続けて、4ヶ月。 パパさんの視線の先には、小さな蕾をつけたブロッコリー。 子供の頃はいじめられっ子。社会に出たら就職氷河期。 長い派遣生活で、メンタルはボロボロ。 コロナ禍を無職で過ごし、偶然見つけたこの仕事。 育つ緑に、癒されたパパさん。
地球人の想像力が、新たな北欧神話を紡ぐたび。 ループを繰り返すワルハラに、変化の兆しが。 流れ星の化身エルル、愉快なパパさん。 巨人開発計画と、名前を得た乙女像。 けれど「ユッフィー」の名を呼んだ途端。 パパさんは、霧の如く消えてしまった。 「地球で、朝になったんだろうね」
「男はもともと、繊細だよ」 オグマの隣に立つパパさん。そして乙女像を見る。 「オグマ殿は素晴らしい。萌えが分かる同志!」 唐突な展開に、呆気に取られる一同。 「彼女の名前は?」 「まだ、つけておらぬ」 思案するパパさん。 「なら今から、彼女はユッフィー!幸福の乙女さ」
「トールの剛勇と、僕の知略。ワルハラを支えてきた要だけど」 困った顔で、ロキが話す。 「兄さんは帰る気、ないみたい」 「故に我らは、巨人の開発を急ぐ必要がある」 だからオーデンは、ロキに巨人スルトを盗ませた。 「すると…スルトは動かせてない?」 「お察しの通りだよ」
ロキの案内で、謁見の間へ来たパパさんとエルル。 「そのままでいい」 異世界人への配慮か、率直に話すオーデン。 「君の物語は、聞かせてもらったよ」 「お恥ずかしい限りで」 一体、どこで見てたのか。 「詩人は、君の世界で言うインフルエンサーだよ」 なぜ、そんな言葉を?
「王の失政により、我々は30年以上に渡り不当な冷遇を受けた」 氷河期世代の苦労を、北欧の勇者たちに語るパパさん。 「多くの者が困窮し、伴侶を持てなかった」 だがその苦難は、彼らを強くした。熱い語りに聞き入る群衆。 「故に我々には、ワルハラでもてなしを受ける資格がある!」
パパさんが不思議がるのを見て、オーデンは自分の玉座を指差す。 「これは、フリズスキャルヴ。テレビやインターネットに近いものだ」 「おお〜?」 エルルちゃんが覗き込むと、アメリカの大都会が映る。 「まさか、異世界まで見れます?」 「時々、家出した雷神トールの様子を見ていてね」
「驚いたよ。君は詩人なの?」 頃合いと見たか。ロキが感心して声をあげる。 「詩人ならば、丁重にもてなさねば」 「悪い噂を流されたら、困る」 ざわつくエインヘリャルたち。 「二人には、オーデン様に会ってもらうよ」 (夢なら、何でもできると思ったけど) 手に汗を握ってた。
「ふぉぉぉぉ〜!来る、来たぁ!!」 「エルル、走ったら危ないよ」 いきなり、騒がしい気配。もしやこれは? まさかと思いつつ、曲がり角をのぞきこむパパさん。 ごっちんこ☆ 「ぐわ〜っ!?」 頭に星が回る。目の前に現れたのは、エルルちゃん。 北欧の薄焼きパンをくわえていた。
ロキがオルルーンとエルルを見比べながら、思案する。 「話を聞いた限りだと、流れ星が落ちた後…この子になった?」 「誰かが、彼女みたいな娘を嫁に欲しいとでも思ったのか?」 戦乙女の一人ヘルヴォルが、推測を述べる。 (対象を複製する漂着物…もし巨人に使えば?) 謎は深まる。
朦朧とする意識の中、流星に頭を打たれたオルルーンが身体を起こす。 「大丈夫か?」 一緒に水浴びしていた、仲間の戦乙女も駆け寄って。 「だいじょぶですかぁ?」 おかしいぞ。三人で来たのに、四人目がいる。 「誰だお前は?」 「エルルちゃんはぁ、エルルちゃんですよぉ♪」
「分かったよ、何とかしよう」 謁見の間を出た少年は、ワルハラ宮殿の廊下を歩きながら考える。 彼は、悪戯の神ロキ。変身や姿消し、幻惑の術に長けたオーデンの養子。 神々の敵、霜の巨人の一族だが、ワルハラで一番の隠密にして道化。 その素顔は意外にも、争いを好まぬ穏やかな少年。
2024年12月。寒風の中、電飾が夜を彩る。 クリスマスに、クルシミマス? いいや、違うね。 私は独りを満喫していた。誰も気にせず、好奇心のまま街を歩く。 だけど時々、こう思う。 家族が欲しい。そんなささいな、当たり前の願いが。 手の届かない贅沢品。 俺たちは、欠落の世代。
就職氷河期世代のパパさんが、素朴な感想を抱く。 (羽衣盗んだくらいで結婚できるとか、単純だな) 現代の日本人は、複雑過ぎる。だから非婚化、少子化社会。 (いや待てよ、バレたら殺される?) 戦乙女の水浴びは、恐れを知らぬ勇者をスカウトする試練? そう考えると、辻褄が合う。
「ここにいたのか」 工房の片隅、小柄な乙女像の前で落ち込むオグマ。 そこへ、ひとりの戦乙女が。 「オルルーンか」 お互い、気心の知れた間柄なのか。 「完敗じゃよ。今のワルハラで、あの巨人は作れん」 「酒を持ってきた。お前の活躍に乾杯だ」 彼女は、ワルハラの酒職人。
「君にばかり負担をかけて済まない。だが…」 輝く黄金の宮殿。神々の王にひざまずく、一柱の少年神。 「ミーミルの首が、告げたのだ」 聡明さで名高いはずの王が、このときは落ち着きを欠いていた。 「君には敵地に潜入し、炎の巨人を奪取して欲しい」 「ムスペルのスルトを!?」
クリスマス間近、冬至の日。 エインSAGAの1話が配信された。 それは、極北の大地が育んだ「戦いの神話」。 人々の想像力を刺激してやまない北欧の神々は、多くの創作物に姿を変えて現れ、世界樹が大地に根を張るように数多の異世界を創造した。 そしてまた、新たなループが幕を開ける…
「戦乙女は、戦死者の魂から読み取った情報で勇者を復元する」 ドヴェルグの工房。ロキがオグマに、新たな神器をリクエスト。 「同じように戦死者の記憶から、巨人を再現できないかな?」 「無茶を言うな」 結局、開発中の巨人と模擬戦をさせる条件で。 オグマは要望を叶える神器を作った。
「なあロキ、女々しくないか?」 急に、図太い女の声。工房の入口で腕組みする、大柄な赤毛女。 髪と瞳は炎の如く、巨人めいた体躯。 「巨人を小さくできる神器、本当にこいつが作ったのか?」 彼女は、エインSAGAの本編で見なかった新顔。 「あたいはヒュロッキン、ムスペル人さ」
「だいじょ〜ぶ、エルルちゃんが来た!」 不意に、柔らかいものが。 覗き込んでくる、つぶらな瞳。距離が近い。 「お主は!?」 オルルーンに似た、誰か。 でも彼女は、いきなりハグなどしない。 「彼女は、オルルーンに落ちた流れ星の化身なんだ」 ロキの説明に、呆然とするオグマ。
パパさんたちが、オグマの工房を訪れると。 何か様子が変だ。物陰に隠れて、見守る一同。 「オルルーンは当分、戻って来れん。お前だけが…」 工房の片隅に飾られた、乙女の石像。 背丈が低いので、ドワーフだろうか? オグマは、乙女像に赤い宝石の首飾りをかけていた。 「む、誰じゃ?」
「君たちがワルハラへ来たのは、偶然でない。何かの運命だろう」 繰り返されるループ、立場と役割に縛られる神々。 それらの大筋を、オーデンは客人に語った。 「パパさんとエルルは、オグマを助けて欲しい。僕は別の可能性を探るよ」 そう言って、ロキは工房へ二人を案内した。
2050年、魔法が集う街・松戸。 高級ホテルのロビーらしき場所で、車椅子の老人がスピーチをする。 「ようこそ、苦難の道を生き抜いた勇者たちよ」 一人一人の顔を見ながら、彼は労いの言葉をかける。 「今こそ語ろう。かつてのギュルヴィ王の如く、新たな北欧の神話を」
(招かれずにワルハラへ入った私は、不法侵入なのか) パパさんが自問する。では、赤い糸で結ばれたこの子は? そのとき、脳裏にあの演説が浮かぶ。シャルル総帥の。 「生きることは、戦いだ。長き冬を耐え抜いた同胞のために… 私は、ここに宣言する」 一触即発の状況で、彼は何を!?
「何だ、お前は?」 「戦死者ではないな、軟弱過ぎる」 騒ぎを聞きつけた勇者、エインヘリャルたちがパパさんを取り囲んで 槍の穂先を突きつける。すると、エルルが前に出た。 「パパさんはぁ、エルルちゃんが選んだ勇者様ですぅ!」 ロキは注意深く、二人を見守る。ほんの小手調べだ。
エルルを心配したロキが、曲がり角を曲がると。 見知らぬ服のおっさんが、彼女の下敷きに。 「これは!?」 数多の魔術に通じるロキには、見えていた。 エルルと彼を結ぶ、絆の糸。 それは、戦乙女が自ら選んだ戦死者との間に結ぶつながりに似て。 「知らないよ、こんな魔術…!」
「私の代わりに、オグマの世話を頼めるか?」 「エルルちゃんにぃ、おまかせですぅ!」 地上に残るオルルーン。 (素性も知れぬ娘に、こんなことを頼むとは。 不思議なものだが…運命に縛られない彼女なら) 「彼女は僕が、ワルハラまで送り届けるよ」 ロキに抱えられ、飛び立つエルル。
「我らは今回も、地上で7年過ごさねばならぬ」 戦乙女の一人、フラズグズは語った。 狼の谷に住む三人の若者が、湖で三人の戦乙女の水浴びを覗き見る。 彼らは乙女が脱いだ白鳥の衣を盗んで隠し、彼女らに結婚を迫る。 繰り返される、歌の物語。 しかし今度のループには、エルルが現れた。
年が明けて、エインSAGAの配信も再開。 パパさんが楽しげに、再生をクリックすると。 (あれ、オルルーンに妹いたっけ?) 森の中、三人の戦乙女が困惑した様子でロキと話している。 そして、後ろで見ているエルルちゃん。 間違いない。彼女は夢で見た…! どうして、夢とアニメが。
青空にキラリ、一筋の流星。 詩人は語る、あれは誰かの願い星と。 森の泉で水浴び中の乙女たちも、しばし手を止め空を見上げる。 「おかしい。こちらに向かってくるぞ」 「最近、各地で奇妙な漂着物の噂を聞くが?」 「まずい、逃げ…!」 ごっちんこ☆ 目の前で、星が散った。
今見れるエインSAGAの配信は、ここまで。 面白くて、つい一気見。 (いいな、オルルーン。私にもあんな優しい嫁さんがいたらね) 異世界の人型機動兵器の解析で苦心するオグマには、就職氷河期世代の苦労を重ねてしまう。私は生涯独身だろうけど。 その夜、パパさんは不思議な夢を見た。
ワルハラ宮殿の大宴会場は、巨人の件でお祭り騒ぎ。 皆の注目を集めるロキ。 「今回一番のお手柄はオグマだよ。フレイア、労ってあげて」 巨人を小さくする神器を作ったドヴェルグ、オグマ。 なぜか、表情が暗い。 「屈辱じゃあぁぁ!」 彼は涙目になると、宴会場を飛び出してしまった。
首尾よく任務を達成したロキは、ワルハラに帰還。 「イラプション!」 適切な置き場が無く、勇者たちの訓練場で巨人を出す。 そこへ見物人をかき分け、ひとりのドヴェルグが来た。 「オーデン様からも、君に巨人を調べさせるよう仰せつかったよ」 「これは…この世界のものではないな」
世界の南の果てにある、灼熱の国には。 創世の時代から立ち続ける巨人がいた。 終末の予言では、ラグナロクの際に動き出し世界を焼き尽くす。 何度も繰り返されたループ。その原因を盗んでしまえば。 現地の者に化け巨人に近付いたロキが、火山の絵柄のカードをかざす。 「コールドロン」
オーデンの依頼を果たすため、ロキはドヴェルグの工房へ。 彼らは神々のため、多様な神器を製作する匠の小人。 「というわけなんだ。巨人を小さくできる神器を頼むよ」 「ならば、条件がある」 彼らは頑固で、対価無しには仕事を受けない。 「巨人を盗んだら、わしに調べさせろ」
「今回のスルトは、どうも工芸品らしいのだ」 「潜入するのは簡単ですが、僕に未知のカラクリを動かせと?」 神々は過去のループの記憶を保持しているが、運命には逆らえない。 詩人と魔術の神にして軍神、玉座から全てを見通す神々の王オーデンでも。 「君の知恵ならば、可能なはずだ」
火山の噴火が空を覆い、日差しは遮られ、長き冬は三年に及んだ。 作物は枯れ、略奪が横行し、地上の諸国は戦火に包まれた。 人々の心は荒れ果て、親子や兄弟が殺し合う。 最終戦争ラグナロクの前兆、フィンブルの冬。 就職氷河期、世界に広がる紛争。 遠い未来にもまた、歴史は繰り返す…
(何だ?今の予告) 私は帰宅し、自室で執筆の気分転換に動画を見ていたところ。 ナレーションとタイトルロゴが違っていたが? つい最近、第1話からはっちゃけたロボットアニメを思い出す。 私はパパさん。 独身だけど、頭の中にはたくさんの「子供たち」がいる。 ひとりの時間は、宝物。
止まらない終末へのループ、終わりなき戦乱の冬 一筋の流星は、誰の願いを映したか 悪戯の神ロキが盗み出した、世界を滅ぼす巨人の秘密 異世界の勇者たちは、輝ける殿堂に集う 新番組「輝堂勇者エインSAGA」 立ち上がれ、ニホンの勇者! …あれ?
スマホに動画の新着通知。アカウント名は「シャルル総帥」。 「諸君は、長過ぎる冬をよく耐えた」 就職氷河期世代を激励する演説、なのだろうか? 「故に諸君は真の勇者であり、輝ける殿堂で麗しき戦乙女からもてなしを受ける資格があることを…私、シャルル・アスナベルはここに宣言する!」
黄金の宮殿ヴァルハラから、空母めいたカタパルトが伸びる。 入ってきたのは、3頭身のちびキャラ風な巨人。 道の左右に、雷光が次々と灯ってゆく。 復唱されるシーケンス。 「大樹は緑に。発進どうぞ!」 「プリメラ・バスタード、ヒュロッキン出るよ!」
「その子は動かんよ」 オグマの視線の先には、愛らしい少女の彫像。 「ワシらドヴェルグは、男だけの種族。新しい仲間は、石を彫って作るが」 「もしかして、女の子は作れない?」 パパさんの問いに、悲しげにうなずくオグマ。
AIの嫁は、人を真似る人形に過ぎない。それでも人の願いは、AIに救いを求める。 人がリモートで演じることで、補完される人形。黒子を務めるのは、役者や作家たち。
私はオルルーン、オージンに仕えるワルクリヤだ。流れ星が頭に落ちてから、おかしなものを見るようになってしまった。 地球人の夢に蝕まれるワルハラ、何故か増えていたもう一人の私「エルル」…これは、願いと向き合う物語。