自分を苦しめるものはいつも 人から説明されても納得がいかなくて それでも納得するしかないんだと言い聞かせてきたこと その反発心が溢れた今 私は自分を誇りに思えるようになった 今も人から何を言われたとしても 自分がヒトデナシであることには変わらない でもそれでいい
人に積極的に発信するようになって 本当にお金配ってるような人から反応もらえて有難い気持ちはあるけども 人を疑う能力のメーターが溢れて既にぶっ壊れているので 申し訳ないが信じようと思えない ま、自分がそのときに信じようと思っても 信じる気になれなければそれまでなんだろな。
実は学問も同様で、「学」とつくものを学ぶ時は必ず師から概論をまず学ぶ。 定義や認識が共通でなければこれもなにかおかしなものに変じていくし、そもそも師がいなければ学ぶスタートラインに立てる機会もない。