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#詩のようなもの

土になる

土になる

走ろうと思ったら
左腕がちぎれてた
体積が減ったせいで
空気抵抗が少なくて
右にヨレてしまって
ぼくが思っている
ぼくの走り方と違った

ふらふらと
土に手をつく
手のひらに
血がにじむ
ぜいぜいと
息をつく

いったいこれは
なんの試練だ
どんな前人未踏の
高みまで
ぼくを連れていくつもりだ

摩擦がなければ
人と出会わない
他人の生に
一歩踏み込む
痛々しい
摩擦を厭わなければ
明日のきみの予

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真夜中に、舟を出す

真夜中に、舟を出す

あなたは わたしの地獄を知らない
それは 他人に指し示す形状をしていない
海を見たことがない人に 海を語るときのように
それは陸地ではないもの
口に出した途端 安っぽくなってしまうもの
渇いた土に錨を下ろし 泥の中を進む

地獄は わたしを蝕み 鈍らせる 
月明かり 電流がはしる痛み 薄い酸素 
真夜中聞こえるプロペラ機の音
あなたが覗き込んでも 暗くてなにも見えやしない
代わりたくても 代わるこ

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ラベルレス

ラベルレス

年末最後のごみの日の早起き。べりり、と剥がすペットボトルのラベル。外向きの顔をはがしたラベルレス。朝焼けが地区指定のごみ袋に透過する。七色に反射する空のボトルの死骸を見て、わたしはしばらく呆けていた。

身体に号令をかけ、ラベルを剝がして張りついた笑顔を外す。他人に名乗る人称からほどけて、肌が息を吹き返す。名前のないわたし。声帯を使わないわたし。どこにも行かないわたし。外向けにコンセプト化したパッ

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どろっぷ あ、ぴん

どろっぷ あ、ぴん

等距離に離れ
保たれた惑星は
わかり合えなさを
媒介にして
優しいまなざしで
ほかの天体を見やる

固まった地殻が
あなたの核をまもる
緑色のかんらん岩
凝固したマントルを
内側から溶かして
駆動する

地表に噴出した
1200℃のマグマ
急速に冷えて固まった
だいじなものだけ
揮発した
あとに残った岩石が
わたしを覆う
よろいになった

口に出したこと以外の
ぜんぶがあなた
口に出せたこと以外の

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百億光年レター

百億光年レター

138億年前に生まれた自我が、意志を持って拡大した。

音のない爆発のあと宇宙は晴れ上がった。
爆発による膨張で零下270度まで冷えた宇宙の種。ゆらぎが深い夜を抱きしめて、結合して溶け合い成長した。そこには他者を分かつふちや輪郭のようなものはなかった。自我は目に見えず質量は存在する暗い物質を主食として、身ひとつを作り上げていった。

自我は、引き延ばされた夢を見ていた。
彼女が思い描いたアイデアは

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海底リフレクション

海底リフレクション

海底に沈んだらいいよな
仰向けで太陽を水中で透かしてさ
せんちめんたるな心情などお構いなしに
魚の大群が横切って 鱗で光を反射したんだ
閃光のように一瞬で
きらっとしてさ 一筆書きのように凛々しくて
なんで おれは海で生まれなかったんだろうって
思ったんだよな

水中で すぐ目あけたくなっちゃうんだよな
海中に降りそそぐ陽の光ってさ
プランクトンが雪みたいでさ
光線がおおきな柱みたいに安らかで

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琥珀あんばー

琥珀あんばー

読み慣れた本を再読し 文字を追う行為は
祈りに近い回復の歌
ぼくは顔を上げ 日没に金星をさがす
労働に消耗したからだを引きずり
冒険をつづけるため 通行料を支払う

きのうときょうが地続きでないと感じるとき
めに見えないものと
想像できないほどの遥かな時間を投射する

ぼくは 新月になりたいと思う 
見えなくても だれかの支えになりたいと思う
一身に 背中に太陽のひかりを受けて
豊かでありながら 

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スーパームーンが呼んでる

スーパームーンが呼んでる

まんまるの月は
このせかいから脱出するための
ひみつのすり抜け穴
氷をくり抜いた
やさしい円環

泣きたくなるよ
仰ぎ見るそちらのせかいは
隣の芝生
食卓を囲む団欒の暖色
窓から漏れる
優しい灯り

みんな
閉じ込められてる
折り合いがつかない
差し出したものに
割が合わない
なにもかも
悟ったような顔して
ほんとうは
声が枯れるほど
涙を流したい

十月のよるは雲の影
高い空に漂う
澄んだよるの

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サラダボウル

サラダボウル

不純物を濾過して必要充分な量のことばだけ皿に盛って。
いしき無意識なん層のたまねぎを降りていけばわたしはわたし自身を飲み込めるようになるの。何日もかけて深く深く内に入って地下に潜って掬い上げた水にきみを震わせるものがなかったらどうするの。ことばは陳腐。夢はフルカラー。一瞬の機微を切り取りサラダボウルで瑞々しいまま届けたい。きみの目の前に提示したい。突きつけてやりたい。こういうことなんだと。余計な説

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あんてん・めーてん

あんてん・めーてん

幕あい
場面が切り替わる
ぼくは暗がりで 目を慣らす
板付きでじっと待つ
息をひそめた静けさ
ひんやりとした空気が
高ぶるぼくを
落ちつかせてくれる

舞台の上で踊るとき
精霊が宿ることを知っている
大むかしの人とつながっている
板のにおい
かびのにおい
稽古でながした
あせと血のにおい

ぼくは目を閉じて祈る
まぶたの暗さの方を信頼する
夕暮れに染まる海を想う
舞台袖にはけた海のセットの水面に

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かなしきタイムトラベラー

かなしきタイムトラベラー

夢のなかでしか 本音がいえない
かなしき タイムトラベラー
じぶんの生を 賭してきた その反動で
どの時代がじぶんのルーツか 忘れてしまった
きのうと きょうと あしたが分断される
裂ける時代をつなぎ合わせ
危機を救ってきた
でも だれの記憶にも残っていない
歴史と歴史のあいだの やみにすいこまれて
それが 美徳とされて
知らないあいだに ひび割れた時空のはざまに
じぶんを殺されてしまった
かなし

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凪があれば

凪があれば

海から内陸部に吹き込んでくる海風が、唐突に止んだ。荒れくるっていた波自身も、じぶんでコントロールできない何かにのみこまれてこれまで無我夢中でからだを揺らして海面をたたいていたが、風がおさまると振動もおさまり、正気を取りもどしたようだった。わたしは長いあいだじっとめをつぶり嵐が通りすぎるのを待った。視覚を遮断することがいちばん大事だ。わたしは暗闇のなかで時間だけをかぞえることに集中する。5秒10秒と

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ぼくはゆうれい

ぼくはゆうれい

ゆうれい船が宵のなかをすすむ。ことばもかなしみも柔らかな雨がつつむ。黒鍵の空染みひとつなくななめにほそい線がはしる。消え入りたいゆうれいたちが夜の街をさまよう。行き場をなくしたゆうれいたち。影がなく奪われたそんざい。ぼくは目を伏せる。光るビルに向けて手を天にかざす。向こうがわが透けている。ぼくもゆうれい。じきに記憶をなくして蒸発する。大事なことを忘れてしまう。やりたいことも忘れてしまう。刹那のじか

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あんぷらぐど・ゆにばーす

あんぷらぐど・ゆにばーす

あんぷらぐど・ゆにばーす。繋がらないからこそひびく音がある。千一夜。十月はしずかなざわめき、風向きひとつできょうという日も、意味づけも変わってしまう。湿度を含んだ夜風はふしぎ。真夜中の密度がいちねんでいちばん濃く感じる。濃密度の夜を吸いこんで、帰り道、ぼくはめをつぶる。イヤホンをはずして両耳をひらく。宇宙のなかで、いま葉と葉が擦れている。恋人たちが小さな声で会話している。雨宿りのために虫たちは石の

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