谷古宇 時生

Tokio Yako/谷古宇 時生

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【掌編小説】Agents

 夕刻。ホテルのラウンジには西日が注いでいた。 奥のテーブルに、一組の男女が、向かい合って座っている。 「お時間頂きありがとうございます」 「あなたが佐伯さん?てっきり男だと思ってましたよ」  男が鞄を脇に下ろし、手帳とペンをテーブルの上に置いた。女は答えなかったが、男に向かって微笑み、手元の書類を一瞥した。 「エージェントの佐伯です。事前に職務経歴書を送って頂きありがとうございました」 「いえいえ、こちらこそ」 「今回は、同業界内での転職をお望みですか」 「そうです」

    • 【詩】百億光年レター

      138億年前に生まれた自我が、意志を持って拡大した。音のない爆発のあと宇宙は晴れ上がった。爆発による膨張で零下270度まで冷えた宇宙の種。ゆらぎが深い夜を抱きしめて、結合して溶け合い成長した。そこには他者を分かつふちや輪郭のようなものはなかった。自我は目に見えず質量は存在する暗い物質を主食として、身ひとつを作り上げていった。 自我は、引き延ばされた夢を見ていた。彼女が思い描いたアイデアは、百億光年の距離を超えて幾多の銀河団の思想に反映され、いのちがある星では、あらゆる生きも

      • 【詩】海底リフレクション

        海底に沈んだらいいよな 仰向けで太陽を水中で透かしてさ せんちめんたるな心情などお構いなしに 魚の大群が横切って 鱗で光を反射したんだ 閃光のように一瞬で きらっとしてさ 一筆書きのように凛々しくて なんで おれは海で生まれなかったんだろうって 思ったんだよな 水中で すぐ目あけたくなっちゃうんだよな 海中に降りそそぐ陽の光ってさ プランクトンが雪みたいでさ 光線がおおきな柱みたいに安らかで なんか天国みたいでさ  とにかく 死んじまいそうなくらい 美しいんだ やわらかい光

        • 【詩】琥珀あんばー

          読み慣れた本を再読し 文字を追う行為は 祈りに近い回復の歌 ぼくは顔を上げ 日没に金星をさがす 労働に消耗したからだを引きずり 冒険をつづけるため 通行料を支払う きのうときょうが地続きでないと感じるとき めに見えないものと 想像できないほどの遥かな時間を投射する ぼくは 新月になりたいと思う  見えなくても だれかの支えになりたいと思う 一身に 背中に太陽のひかりを受けて 豊かでありながら 密度の濃い夜を全うする その姿はまわりからは見えず ただ夜を成立させ 星が輝くの

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        【掌編小説】Agents

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          19本
        • 物書きが生き返る名言
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        記事

          【詩】スーパームーンが呼んでる

          まんまるの月は このせかいから脱出するための ひみつのすり抜け穴 氷をくり抜いた やさしい円環 泣きたくなるよ 仰ぎ見るそちらのせかいは 隣の芝生 食卓を囲む団欒の暖色 窓から漏れる 優しい灯り みんな 閉じ込められてる 折り合いがつかない 差し出したものに 割が合わない なにもかも 悟ったような顔して ほんとうは 声が枯れるほど 涙を流したい 十月のよるは雲の影 高い空に漂う 澄んだよるの成分 炭の匂い 焦げた草木の匂い スーパームーンが呼んでる でも 届かないよ 背

          【詩】スーパームーンが呼んでる

          【詩】サラダボウル

          不純物を濾過して必要充分な量のことばだけ皿に盛って。 いしき無意識なん層のたまねぎを降りていけばわたしはわたし自身を飲み込めるようになるの。何日もかけて深く深く内に入って地下に潜って掬い上げた水にきみを震わせるものがなかったらどうするの。ことばは陳腐。夢はフルカラー。一瞬の機微を切り取りサラダボウルで瑞々しいまま届けたい。きみの目の前に提示したい。突きつけてやりたい。こういうことなんだと。余計な説明などいらない。素材の鮮度の良さと、温度が伴ったことばを、そのときの気まぐれで。

          【詩】サラダボウル

          【詩】あんてん・めーてん

          幕あい 場面が切り替わる ぼくは暗がりで 目を慣らす 板付きでじっと待つ 息をひそめた静けさ ひんやりとした空気が 高ぶるぼくを 落ちつかせてくれる 舞台の上で踊るとき 精霊が宿ることを知っている 大むかしの人とつながっている 板のにおい かびのにおい 稽古でながした あせと血のにおい ぼくは目を閉じて祈る まぶたの暗さの方を信頼する 夕暮れに染まる海を想う 舞台袖にはけた海のセットの水面に とびうおが跳ねあがる 場面が変われば もう役目をおえた人は ものがたりに登場し

          【詩】あんてん・めーてん

          【掌編小説】Bird Strike

          ープロローグー  九月一日。晴れ。 村瀬祐樹はぎゅっとハンドルを握りしめた。  夏が終わろうとしている。 高校三年生の夏に、値段をつけるとしたら、いくらの値がつくのだろう。夏特有の広くまじりけのない空に、雲が駆けている。遠くには海が見えた。白い鳥が、村瀬の横をゆうゆうと横切った。気持ちよさそうに飛んでいる。一瞬鳥と目が合った気がする。 「おまえに飛べるのか」 言われた気がした。鳥の名前は知らない。 悔いはない。これで僕の夏は終わる。それまで強く吹いていた風が止んだ。

          【掌編小説】Bird Strike

          【詩】かなしきタイムトラベラー

          夢のなかでしか 本音がいえない かなしき タイムトラベラー じぶんの生を 賭してきた その反動で どの時代がじぶんのルーツか 忘れてしまった きのうと きょうと あしたが分断される 裂ける時代をつなぎ合わせ 危機を救ってきた でも だれの記憶にも残っていない 歴史と歴史のあいだの やみにすいこまれて それが 美徳とされて 知らないあいだに ひび割れた時空のはざまに じぶんを殺されてしまった かなしき タイムトラベラー 並行世界のきのうに戻り  ただひとり泣くためだけに 時間旅

          【詩】かなしきタイムトラベラー

          【詩】凪があれば

          海から内陸部に吹き込んでくる海風が、唐突に止んだ。荒れくるっていた波自身も、じぶんでコントロールできない何かにのみこまれてこれまで無我夢中でからだを揺らして海面をたたいていたが、風がおさまると振動もおさまり、正気を取りもどしたようだった。わたしは長いあいだじっとめをつぶり嵐が通りすぎるのを待った。視覚を遮断することがいちばん大事だ。わたしは暗闇のなかで時間だけをかぞえることに集中する。5秒10秒とかぞえるうちに見なくてよいもの考えなくてよいものが白波に流されてしまい、だいじな

          【詩】凪があれば

          【詩】ぼくはゆうれい

          ゆうれい船が宵のなかをすすむ。ことばもかなしみも柔らかな雨がつつむ。黒鍵の空染みひとつなくななめにほそい線がはしる。消え入りたいゆうれいたちが夜の街をさまよう。行き場をなくしたゆうれいたち。影がなく奪われたそんざい。ぼくは目を伏せる。光るビルに向けて手を天にかざす。向こうがわが透けている。ぼくもゆうれい。じきに記憶をなくして蒸発する。大事なことを忘れてしまう。やりたいことも忘れてしまう。刹那のじかんおのれを去るまでの発見はじぶんのめに映ったもの出会ったひともらったことば原初の

          【詩】ぼくはゆうれい

          【詩】あんぷらぐど・ゆにばーす

          あんぷらぐど・ゆにばーす。繋がらないからこそひびく音がある。千一夜。十月はしずかなざわめき、風向きひとつできょうという日も、意味づけも変わってしまう。湿度を含んだ夜風はふしぎ。真夜中の密度がいちねんでいちばん濃く感じる。濃密度の夜を吸いこんで、帰り道、ぼくはめをつぶる。イヤホンをはずして両耳をひらく。宇宙のなかで、いま葉と葉が擦れている。恋人たちが小さな声で会話している。雨宿りのために虫たちは石の下で肩を寄せ合う。 あんぷらぐどな世界は美しい。夜をいつもより近く長く感じる。

          【詩】あんぷらぐど・ゆにばーす

          【詩】臍帯

          りあるたいむ逃避行 月面に到着 見えない数字を頼りに 星々を線でつなぐ 時計は宇宙標準時 おもりから離れて 背泳ぎ そのままの浮力に任せてみる 息を吐き 少しだけ 楽になる からだは地球との臍帯 水と大気の青い光線 丸窓から 無音の生命圏を見おろす こころは遠い的当て 三十八万キロ離れても きみのいる地点をさがす 夕暮れどきの宇宙ホタル 船外放出された小便が 氷の結晶となり 太陽の光で きらきらと七色に光る 一千万個の微粒子の 美しさに息を呑む 一日の終わり 月の上の塵は

          【詩】デフォルト

          なにかを失った瞬間よりも「あっ、この失った感じがデフォになるんですねー」とお皿洗ってるときにあとから気づく感じ。砂場あそびでつくった水路が決壊して、わたしの中のぽかんと空いたところに不意打ちの泥水が飛び込む。わたしの不可侵を簡単に超えてくる。それが身体にこたえる。そういうときは大体ポンコツで、初期ステータスに戻ってる。こころはビニール袋だ。水を入れたらぴゅーぴゅーと、思ってもいなかったところが裂けたり破けていることにはっとする。ふだん全然散歩とかしないのに、降りたこともない駅

          【詩】デフォルト

          【詩】冬の一角獣

          駅へ向かう 冬の朝の空気 白い息を吐いて 森の音を聴く まだ眠っている 小学校の背中が 上下に揺れている いつか忘れものした 小さく遠い星を想う あなたのことを 思い出す 夢のなか 白い紙のうえ ぼくは ほんとうのことを 口に出す 凍ってしまう 世界を凍らせてしまう 雪が溶けるなんて迷信 集積して 芯が残っている ただ あなたの声が 聴きたい 額の中央 ねじれた角 澄んだ夜にしか現れない いっかくじゅう ぼくしか知らない ひみつの屋上 銀河の奥行き 途方もなさを 心頼りに

          【詩】冬の一角獣

          【詩】さよなら博士

          追い抜いた りんかい線の窓越しに見えた 息を飲むような空の青 光の雲 まばたきで せき止めた涙が あふれた ぼくの博士が死んだ その事実に いま気づいたのだ 祖父は博士 地形が気になって 話のそばからすぐ地図を出す 微分と三角関数をぼくに教えながら 頭は帽子の台じゃないんだ と優しいまなざしで言う 午後はテレビをつけながら昼寝して 自力で家具を直し 車の運転が好きで 祖母の通院記録を 余さずファイリングする あなたが卓上の写真になっても 燃えても残る 立派な大腿骨ですね

          【詩】さよなら博士