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8月21日(水)、第2167回 「正見の本質」

仏教の八正道のひとつである

「正見」、

実のところ、

「正」しく

「見」る、

ということほど、

難しいことはないわけです。

なぜならば、

「正しさ」というものが、

「見る」ひとによって、

それぞれ異なる時があるから

です。

ですから、

「正しく見る」

ということよりも、

「邪(よこしま)に見ない」

ということを念頭に置く。

「正見」の本質に流れているのは

「不邪見」、

「自分中心の、偏った見方」

つまり、

「邪(よこしま)な見方」

をしない、

これこそを大切にするのだ、

という教えなのです。

感謝、合掌
慈永

ありがとうございます。お布施は、こちらから😊😊😊