親戚からのLINEの、地元ネタに関する返信をずっと放置してる 時折、綺麗な画像が来た その地元は嫌な人ばかりだったから躊躇う だが、人間関係を円滑にするには本音を封印し「綺麗な画像ありがとう、私も行けるといいなˊᵕˋ」と気遣いが大事 だけど、私は気持ちに素直でありたいから悩ましい
【難しさ】 ギターの"難しさ"は弦を押さえる事ではない。 鳴らさない弦の音を止める(ミュート)事なのだ。 やってみて、続けてみて、 初めて分かる"難しさ"ってある。 ということは、 自分が知らない分野には、 きっと思いもよらない"難しさ"があるのだろうなぁ。
『 ASDは、気持ちの言語化が苦手』と言われており、私も大の苦手 気持ちが湧かなく事実をそのまま羅列した機械的なコメントになる 映画や本の感想で、他人の『 Aさんが、皆の為にこういう事して、とても胸にじんわりし、感動しました。優しさと勇気を感じました』という文を見て、差を痛感する
異なる世界の人の感覚は、想像が難しい 天才と無才、健常者と障害者、独身と既婚…色々違いある 弱者経験ない人に、苦しみをどんなに吐き出しても難しい所がある 例えば、校則の厳しい女子校出身者は高校の陰湿ないじめや男子学生のトラブルについては想像に苦しむ。話も考えられない 相互理解大変
昔から、一人でいることが多いものだから、人付き合いが難しく感じてきた。 そもそも意思疎通が、他者の気持ちを想像するのが難しい。 これからも、本当に心を許し合う、信頼出来る友達は出来ないのだろうと、達観した気持ちがある 人生一度で良いから本当の友達が欲しかったという複雑な心境もある
久しぶりの銭湯で疲れを癒す。夏は好きですが、疲労は知らぬうちに溜まっていくようで。執筆スピードも大幅に落ちました。締め切りある作家さんは本当に大変ですね。私も、ここへきて書き続けることの難しさを痛感。今更ですが、長編小説はパワーがいります。最近はノートにぐちゃぐちゃ書いてます。
『 自分で自分が分からなくなる』という言葉は、併発型の発達に当てはめて考えると納得いく部分がある 「遠出楽しみだった筈なのに不安が強い…」や、「新しい事が楽しい筈なのに、今こんなに疲れてる」「計画通りがしんどい」 両者を濃く同じ位併発していると、カオスが起こりやすいかもしれない
ネットで知り合った人と深く仲良くしていくのは、難しいと思う時がある 受身ばかりはいけないと分かっても適正なネタが分からない。内容次第で、不快になる事もあるだろう 特にリアル忙しいと其方優先するし浮上率低くなるから、互いの日常が分からなくなり疎遠になる 信頼して良いのか判断も難しい