せっちー

小学校教諭を経て、現在中学校教諭。教育と道徳についての研究をしています。教育のこと、道徳のこと、哲学のこと、日常で感じたことを綴ります。始めたばかりですが、少しでもお役に立てる記事を書けるようがんばります。

せっちー

小学校教諭を経て、現在中学校教諭。教育と道徳についての研究をしています。教育のこと、道徳のこと、哲学のこと、日常で感じたことを綴ります。始めたばかりですが、少しでもお役に立てる記事を書けるようがんばります。

最近の記事

#208_学会に参加して見えたこと

日本道徳教育学会第104回研究大会に参加。 午前中は自由研究発表。「生徒の道徳性と若手教員育成を両立する道徳科ユニット学習の可能性」をテーマに発表した。 (司会は島恒生先生。超緊張笑) 本校の教員年齢別構成は、なかなかシビア。 年齢別教員人数構成とAIに産出してもらった20年後の中学校の年齢別教員人数構成は似ている。 これからさらに、若い先生の比率は上昇すると考えられる。(勝手に「2040年問題」と命名) 校内で持続可能な若手育成のシステムをつくることは、公立学校の喫

    • #207_脱稿の喜びと学びの大洪水と

      2月発刊予定の書籍、昨日脱稿しました✨ いやーーーーー、長かった💦💦 ここまでの道のりのなかで、いかに日常を言語化してないかを目の当たりにしました。 自己嫌悪に陥っても仕方ないので、個人情報に触れない程度に言語化を心がけたいと思います。 今日はUDセミナーへ。 脱稿後の開放感と、アウトプットが多くインプットに飢えていた今の自分が重なって、最高の時間を過ごすことができました。 場を創ってくださった、桂先生には感謝しかありません✨ 授業では、子どもたちの変容を目の当たりにした

      • #206_脳科学から見る自由度と学力との関係

        学力の要の一つ、記憶力。 これを司る記憶中枢は、脳の大脳新皮質という部分にあります。 記憶には長期記憶と短期記憶があり、短期記憶の一部だけが長期記憶用のデータとして保存されます。 この短期記憶から長期記憶にデータを移すときに通るのが「海馬」。 記憶の門番とも呼ばれる部分です。 この門番は結構厳しくて、記憶のほとんどを長期記憶に移さずに消してしまいます。 これが「忘れる」という現象です。 最優先で記憶に残るのは「命に関わること」「感情が揺さぶられること」。 つまり、記憶と

        • #205_未来を創る仕事

          埼玉のフィールドワークにお邪魔しました。 最初に連れて行ってもらったのは川越の河川敷。 陶器の破片がごろごろ。 何だかわかりますか?これ。 四式陶器手榴弾。 陶器でできた手榴弾の残骸(外側の部分)だそうです。 なぜ陶器なのか? なぜ川越の河川敷に? これだけで「?」がたくさん出てきますよね。 終戦前まで、ここには浅野カーリットという工場がありました。 カーリットは爆薬のこと。 さらに隣のふじみ野市には陸軍造兵廠(ぞうへいしょう)、つまり陸軍の兵器製造施設があったそうで

          #204_社会科の神話問題を道徳的・生物学的視点から読み解く

          「戦後教育論争から学ぶ」谷川彰英 先日読書会が行われ、社会科における「神話問題」が話題として上がりました。 道徳と理科のフィルターを通して見ると、神話を学ぶ意義は古人のヒト・モノ・コトの見方や捉え方、みる目の深さを学ぶこと。 多面的なものの見方と畏敬の念に繋がる学習です。 すべてのものに神を見出す在り方 「与えられたもの」であるという命の捉え方 古人が何をみようとしていたか、目に映る事象から目に見えない何を見出していたのかを学ぶ学習ともいえそうです。 第3期の修身(大

          #204_社会科の神話問題を道徳的・生物学的視点から読み解く

          #203_ちょっとしたことで人生は好転する

          わたしは教室で「口にする言葉」を大切にしている。 それは、普段使う言葉でその人の運命は変わることを実感しているからだ。 言葉には「言霊」、つまり魂が宿っている。 言葉はその人を映す鏡なのだ。 言葉はその人の人生を創る、これには科学的な根拠が二つある。 1つ目は、前向きな言葉を選んで使っていると人間はその言葉通りに行動するという研究結果が出ているからである。 『言葉には私たちの脳を変える作用がある』、これは脳科学の世界では常識だ。 これを「プラシーボ効果」という。 どのよう

          #203_ちょっとしたことで人生は好転する

          #202_学び直しを支える

          目の前の子どもたちは、発達段階を飛び越えた子どもたちだ。 中1の担任をしている。 男子は互いにじゃれ合っている子が多い。 いつもくっついている。 小学校低学年の子どもたちを見ているようだ。 女子は互いに様子を窺っている。 まるで牽制し合うように。 マスクで隠した表情を探るように。 コロナ禍前の子どもたちの姿とは明らかに異なる姿がそこにあった。 4月の子どもたち。 この学年がコロナ禍に遭い、ソーシャルディスタンスの名の下に無理矢理引き剥がされたのは小2の頃のこと。 一番

          #202_学び直しを支える

          #201_ChatGPTで自分の能力を最大限拡張させる

          ChatGPT講座を受けてきた。 自分のPCのCPU(頭脳)が数十倍アップグレードした感じ。 Core3からCore i9に変わった感覚。 パソコン新調してないのに。 学校教育の概念が20年以内に覆されるかもしれない。 そんな予感すら感じられる内容だった。 詳細は欠けないけれど、講座を受けたあとは毎日ChatGPTを活用している。 精度の高い生成物ができる。 めっちゃ楽しい。 新しい指導と評価システム、つくれそう。 プログラミングができなくてもつくれる。 Excelでマ

          #201_ChatGPTで自分の能力を最大限拡張させる

          #200_子どもたちの学びを創る

          仙台にて、研究発表の時間をいただいた。 わたしは、ユニット道徳と総合とを連動させた道徳教育と、個の学びに寄り添った授業づくりの工夫について、お話した。 いくつかのご質問をいただいた。 総合単元的な道徳と今回発表したわたしの事例との違い。 本質主義と進歩主義との捉えの違い。 研究をする前と後での子どもの見方への変化。 問われることで、自分のわからなさを自覚する。 とても貴重な時間だったし、もっと自分の中で筋が通るように整理したいと思った。 教科調査官の井上先生のお話をしっ

          #200_子どもたちの学びを創る

          #199_スランプの渦中を徒然なるままに

          現在、スランプ真っ只中である。 突然何を言い出すんだ、と思う方も少なくないだろう。 学級がスランプなのではない。 わたしがスランプなのである。 教室での「マインドチェンジ」の思考が働かない。 当たり前のことを当たり前のように話してしまう。 生徒は正論では動かない。 感情が動くから行動が変わるのだ。 そのためのマインドチェンジ、言葉がなかなか出てこない。 生活に余白がなくなっているのが一因だ。 最近、夜子どもたちがなかなか寝ない。 夫不在の日が続いている。 「余白」がない

          #199_スランプの渦中を徒然なるままに

          #198_「言葉の向こうに」の授業をするときは内容項目理解と同時にここも押さえたい

          中学校道徳読み物教材「言葉の向こうに」の授業検討会を行いました。 わたしが考える今回の教材の肝は「中傷を書き込んだ相手を許すこと」ではなく「書き込まれた言葉の向こうに”人”がいることを想像すること」。 悪意をもった書き込みをする人も世の中にはいますし、そこにまで寄り添うと最悪の場合、犯罪に巻き込まれるケースもあります。 日常生活ではその判断が重要ですが、文字言語ではその判断がとても難しい。 音声言語が当たり前のようにもっている微妙なニュアンスが、相手に伝わりにくいからです

          #198_「言葉の向こうに」の授業をするときは内容項目理解と同時にここも押さえたい

          #197_道徳学習会で見えたこと

          2年前から、月に一度道徳学習会を行っている。 自分がじっくり腰を据えて学びたい、アウトプットしたいという思いから研究会を立ち上げ、一人で勝手にやっている会だ。 でも、こんな身勝手な会の趣旨にも賛同してくれる人がいて、年間8回程度続いている。 今回で17回目。 多いときでも10人くらいの、少人数の会。 今日は三連休の真ん中ということもあり、何と2人だった。 マンツーマン。 過去最低人数で始まった会だったが、相手の先生はベテランで特支の担任、かなり尖った児童たちを受け持って

          #197_道徳学習会で見えたこと

          #196_教育は私の命 子供らは私の命の糧

          岩瀬六郎は大正時代、奈良女子大学附属小学校にて修身教育、特に生活修身を牽引してきた人物である。 その岩瀬が「特設学級に於ける新教育の苦しみ」というタイトルで記した手記を読む機会に恵まれた。 「苦しみ」というタイトルはさすがで、そこには岩瀬の子どもたちに対する愛と、それに応えきれない自分の不甲斐なさ、もどかしさが克明に記されていた。 そこには子どもたち一人一人の特性と嗜好、思考過程に根ざした教育の姿があった。 ある子は国語は全然できないが算数では遺憾なく実力を発揮し ある

          #196_教育は私の命 子供らは私の命の糧

          #195_セカンドライフに触れる

          6年前、前任校の養護のY先生が親の介護を理由に早期退職しました。 今年6月、偶然お会いしたとき「夏休みにうちに来ない?」とのお誘い。 自家栽培の無農薬野菜、無添加食品を使って身体に優しい食事と生活を提案する飲食店を営んでいました。 一緒に勤務させていただいていたときから結構話すし仲もよかった、妊娠したときも親身になってくださった先生。 そのときから健康には人一倍気を遣っていらっしゃることは知っていましたが、ここまで食と生活にこだわる方だとは全然知らず。 4年かけて独学

          #195_セカンドライフに触れる

          #194_自由の相互承認を教室サイズで考える

          苫野一徳先生のDVDを見直している。 スライドも資料もなく、トーク一本で80分間喋り尽くしているのに学びが多い講義スタイルがさすが。 めちゃくちゃ頭のいい方だと改めて感じた。 そもそも戦争はなぜ起こるのか、という話から始まった。 動物は戦争を起こさない。 人間だけが戦争を起こす。 なぜなのか。 一つは狩猟民族から農耕民族になったから。 すみかを決めることは富を貯めることに繋がる。 富が貯まると、その富を奪い合う争いが起きる。 でもこれだけでは、動物とも大差ない。 哲学者た

          #194_自由の相互承認を教室サイズで考える

          #193_至誠報徳

          本校には二宮金次郎の銅像がある。 そこに描かれている文字が「至誠報徳」 何となくよいことが描いてあるようにみえるが、意味はわからなかった。 読者の皆様はわかるだろうか。 これは二宮尊徳(金次郎は幼名)の教えの一部である。 尊徳は明治維新の時代に生きた思想家。 「報徳主義」を説き、実に600もの群村の立て直しに成功したという。 物や人そのものに備わっている「よさ、恵み、価値」を「徳」として、その徳をうまく社会に役立てていく(お返しする)ことを「報徳」と読んだそうだ。(真岡市

          #193_至誠報徳