#エッセイ
『田中先輩の話』プロローグ
こんな暑い夏の夕方だった。
会社の田中先輩が同郷の人間だと知ったのは太郎が大阪支店に転勤して五日目の金曜日だった。
不思議な出会いだった。
太郎はゼネコンの営業部に転属となったのだが、当時の営業部には若い人間はほとんどいなかった。高度成長期にはインフラ整備の大型土木工事が天から降って来てそれをゼネコン各社は上手に分け合って皆がメシを食っていた。営業部員は大型土木現場の元所長や官庁からの天下りのO
平日の夕方、役所のトイレで泣いてしまった
この文章は、ツムラ#OneMoreChoiceがnoteで開催する「 #我慢に代わる私の選択肢 」コンテストの参考作品として主催者の依頼により書いたものです。
数年前にできたのであろう、白を基調とした清潔感たっぷりのトイレで、私は泣いていた。なるべく息が漏れないように、歯を食いしばり、顔を手で覆いながら涙が止むまでじっと耐える。めんどくさいヤツだと思われるだろうが、小学生の時からたまにトイレに閉
K子が遺してくれたもの
体の奥で振動がする。
ブル、ブルルル……
小さく、かすかなエンジン音。
でも、たしかに聞こえるのだ。
心臓の鼓動に伴走するかのように――。
「こんばんは。今ええん?」
10月初め、友人から電話があった。時刻は夜の8時過ぎ。
「ええよ。どしたん?」
彼女は関西在住で私は九州。なのに会話は広島弁。34年前広島の大学で出会い、現在に至るからだ。コロナ禍で数年会っていないが、電話やラインで
矛盾【エッセイ】一〇〇〇字
『地球に住めなくなる日』(NHK出版)を読み終えた夜、夢を見た。
ある惑星の、2019年9月23日。国連で、スゲェーデンの16歳の活動家スグレタさんは、鬼気迫る表情でこう訴える。
「生態系が全て破壊されています。大量絶滅の始まりにいます。人類も最終章に入っているのです。なのに、経済発展がいつまでも続くという話ばかり。”How dare you(よくも そんな ことを!)” 」と。
なんと
(私のエピソード集・30)子ども3人で満州引揚げ
これは夫から聞いた話: 昭和20年、終戦直前の8月10日に、満州鉄道(=満鉄)社員に、至急の「朝鮮への疎開命令」が出て、夕方までに駅へ集まれと。 僕の父は入院中で、母は足首の手術後まもない身で、貯金を下ろしにも行けず、荷物と弁当の用意がせいいっぱいだった。
僕は8歳、姉10歳、妹はもうじき6歳だった。
僕は母に内緒で、すぐに小学校へ飛んで行き、担任の先生に「一年から貯めた貯金を返して!」と言っ
25年前、初めて自分の力で「書く仕事」を得た日のこと。
「作家になる」と言い張って、大学時代に一度も就職活動をしなかった私は、大学を卒業した時はただの「作家志望のフリーター」だった。
塾講師のアルバイトを続けてお金を稼ぎ、家事をすることで実家に住まわせてもらい、1円にもならない小説を書き散らしていた。
週に一度は大阪編集教室のライターコースへ通い、「作家がダメでもライターとしてやっていくから」と、そんな言葉で親を納得させていた。
ライターコースを修