菊地正夫

北海道出身。伊勢丹のWebデザイン会社をやっていました。いまは、早大EC「エッセイ教室」で修業中。いちおうエッセイスト💦 大酒が祟り、昨年末から1か月間入院。体力が完全に戻るまでは、水曜日の週一投稿(9:00 Up)。ときどき土曜に気まぐれ投稿、ということに。^^

菊地正夫

北海道出身。伊勢丹のWebデザイン会社をやっていました。いまは、早大EC「エッセイ教室」で修業中。いちおうエッセイスト💦 大酒が祟り、昨年末から1か月間入院。体力が完全に戻るまでは、水曜日の週一投稿(9:00 Up)。ときどき土曜に気まぐれ投稿、ということに。^^

最近の記事

手帳【エッセイ】六〇〇字

(ちょっと長いつぶやき) 「八王子市民、アメリカ国民に続いて兵庫県民。まさかでした」と、友人のSさんからLINEが。  何を言わんとしているか、わかりますよね?(笑 ワタクシの周辺では、ほとんどのひとが同じ感想を持ったでしょうね(「八王子」は、アベ何某の別荘でのあの写真に写っていた、“裏金”でも有名人の選挙区。(◎_◎;))。  今回の兵庫での出来事については、「判官びいき」「義憤」(いずれも歪みのある)と、「デマゴーグ」がキーワードと、思っています。 「よく知らんけど、

    • 青春【エッセイ】八〇〇字

      (つぶやき)  先週、「ようやく『緊張感のある政治体制』のスタートラインに立った」と、書きました。が、反して、これまでの自民党体制に慣れきっている方のなかには、「決まらない政治」「不安定な政治情勢」と不安な言葉を口にする方もおられます。しかしこれまでを「安定」とすることが、おかしいのです。一部の「強者」のための格差を拡げる政策が独裁的に決められてきた「安定」であったにすぎないのです。それが、ようやく「弱者」の少数意見にも聞く耳を持たせるような当然の環境が整ったということにすぎ

      • 踏切【エッセイ】六〇〇字

         明日は、もう立冬。つい最近までの「暑い!」が、いきなり「寒い~」昨今。そろそろ床暖のスイッチを入れたくなります。「エッセイ教室」に通う服装も、短パン姿がジーパンと長袖シャツに衣替えです。    その秋講座(全八課題)。四回目のお題は、「踏切」。  田舎育ちで馴染みがないせいか、踏切には恐怖感があります。いまでも、車で渡る場合は、とくに緊張します。まさに「踏んで」「切る」というイメージです。そして、私にとって渡らなければならない人生の「踏切」のひとつが、「初の上京」でありまし

        • ラブレター【エッセイ】六〇〇字 (ふろく)三島由紀夫『恋文』

           総選挙の結果、与党、とくに自民党が大幅に議席を減らすこととなりました。独裁政治とも言えるような異常な政治構造が少しは健全化し、兼ねがね申し上げてきたような「緊張感ある与野党構造」に近づいたように見えます。自民党が野党との政策協議の場を設置することを検討しているようです。当然のこと。「何の政策もない野党」と、与党やその取り巻きの評論家がレッテルを貼っていたにすぎない。しかし、これで、ようやくスタートラインに立ったというだけ。これからが肝心です。さらに、モノ申していかなければな

          ふるさと【エッセイ】六〇〇字 (おまけ)「最高裁判所裁判官国民審査」について

           早大EC講座「エッセイ教室」秋講座(全八課題)、2回目の課題、「ふるさと」。タイトルとして、よくあるお題。なので、ストレートに書いては面白くない。「ふるさと」と自分との関係をどのように表現するか。けっこう苦労する作業でもあります。  そこで浮かび上がるのが、北海道の先住民族である「アイヌ」。そして、内地からの移民である我がルーツ。ともに時代の大波にもまれ、「ふるさと」の土地を離れ、異文化に適応しながら生きざるを得なかった。 あらためて「アイヌ民族」を考えると、道産子の私とし

          ふるさと【エッセイ】六〇〇字 (おまけ)「最高裁判所裁判官国民審査」について

          弱者のための政治を【エッセイ】三六〇〇字(6分ほどお時間を)

          被団協にノーベル平和賞!   11日6時頃、夕食の支度をしていた。突然、動物が唸るような声が。そのあと「被団協にノーベル平和賞」というアナウンスが聞こえ、包丁を持ったままテレビの画面の前に立った。声の主は、箕牧智之さん。顔をくちゃくちゃにしていた。そして、その横に若い女性が並んでいた。高校生平和大使の面々だった。  受賞の報に思った。矛盾だらけの日本ではあるが、唯一の戦争被爆国が核兵器禁止条約に参加していないという大矛盾をどう考えたらよいのか。被団協の長年の活動をノルウェー

          弱者のための政治を【エッセイ】三六〇〇字(6分ほどお時間を)

          居場所【エッセイ】六〇〇字

           早大エクステンション「エッセイ教室」秋講座(全八課題)、第一回目の課題は、「居場所」。当初は、「『昭和な人間』の居場所」をテーマにしようかと考えました。「時代おくれ」となってきている「昭和な人間」。その居場所がなくなってきている。徐々に肩身が狭くなってきている。が、しかし、それはおかしいだろう。「昭和な人間の復権を!」と檄文を書こうと思ったのであります。が、止めて、こんな感じになりました。(汗  「初春や弟も逝き影ひとつ」なんて、去年の一月に気取っていたら、今年一月 ——

          居場所【エッセイ】六〇〇字

          手袋とショール【エッセイ】八〇〇字

          5年前と3年前の二度書いた下記のストーリーを草稿にして、「匂い」コンテストに応募します。  その日、空知はドカ雪だった。半世紀前の十二月初め、北海道でも稀に見る大雪だった。  早朝。母、テルは、急性劇症B型肝炎で五十年の人生を終えた。  東京の大学一年の時。滝川の市立病院に入院してから、二週間ほどだった。持病があり、何度も入退院を繰り返していたので、「今回も…」と、信じていた。  入院の知らせが届いたのは、バイト先だった。バイトしていた同期の公子にも、伝えた。すると、「お母

          手袋とショール【エッセイ】八〇〇字

          意地【エッセイ】一八〇〇字

           「俺がルールブックだ」。“名物審判”二出川延明の、名言である。  1959年。西鉄(現、西武)と大毎(現、ロッテ)との一戦で、塁上の判定がセーフとなり、これに西鉄の三原脩監督が猛抗議する。三原は西鉄を前年まで3年連続で日本一に導いた名将。塁審は「同時だからセーフ」としたのだが、三原が主張したのが「同時はアウト」だった。これに球審も対応しきれず、抗議はネット裏の審判室にまで及ぶ。そこにいたのが二出川だった。「ルールブックを見せてくれ」と詰め寄る三原に、二出川は「その必要はない

          意地【エッセイ】一八〇〇字

          エレベーター小景【エッセイ】一八〇〇字

           孫ってえのは、「孫のかわいいと向こう脛の痛いは堪えられぬ」とか、「孫は目の中へ入れても痛くない」とか言われるように、「猫可愛がり」するほどに可愛いもの、らしい。  学生時代、長髪でベースギターを弾いていたヤツでさえ、この歳になると孫が無条件で可愛くてしようがないようだ。昨年亡くなった弟もご多分に漏れず、であった。帰省する予定を電話しても、「いま孫が来ていているんだよ。忙しいんだよ。わかった、わかった。じゃあな」という、あしらい。幸か不幸か不幸か幸か、子どもに恵まれなかった

          エレベーター小景【エッセイ】一八〇〇字

          順応【エッセイ】二四〇〇字

           「こんにちは」のアクセントは「よう言えんかった」けど、「なんでやねん」「知らんけど」などは、よく使っていたような気がする。  半世紀前だが、大阪に3か月だけ住んだことがある。  学生時代にバイトした店のオーナーに誘われ、先駆的な業態だったファミリーレストランのチェーン化に、卒業後に参画。失敗に終わるのだが、コンサルしてくれた大阪の店舗設計会社社長の声かけで、東京から生活道具一式を積み込み車で向かった(結果的に、チェーン化を計画する東京の会社からのハンティングで戻ることにな

          順応【エッセイ】二四〇〇字

          わだかまり【エッセイ】八〇〇字

           早大エクステンション「エッセイ教室」夏講座(全六課題)、最終回の課題は、「わだかまり」。前回の自由題「性分」が教室で読まれたのですが(一回は読まれるのです💦)、この作の方が良かったかなあ…💦^^  この「わだかまり」は、喉に引っかかった半世紀前の小骨。そのうち一つはとれたのですが、あとひとつは、そのままなのです・・・。                ※  「絶交」ってやつを、二度、経験している。ともに、大学一年の年、高三の時の級友と。  五年前。仲間の一人Eから、ふたりの住

          わだかまり【エッセイ】八〇〇字

          性分【エッセイ】六〇〇字

          (チャットGTPくんの採点付き)  早大エクステンション「エッセイ教室」夏講座(全六課題)、五回目の課題は、自由題。  春講座の自由題の際に、ある冒険を試みた。「エッセー」=「試み」ということでもあるし。「むかし課題を自由題で出したら、『自由題』というタイトルで提出してきたひとがいた。もちろん、勘違いだったのだけど」と、師匠が話すのを聞き、「いたずら心」でタイトルを「自由題」で出してみた。  すると、戻ってきた添削には一切、その試みに対するコメントは、なし。空振りに終わって

          性分【エッセイ】六〇〇字

          八月や六日九日十五日(2の2)【エッセイ】六〇〇〇字

          (長いよぉ~。でも10分だけ、ちょうだい…💦^^)  戦後5年目に生まれた「戦争を知らない子ども」のワタクシ。その5年間に生まれた我々を団塊の世代と言うが、あと10年もすれば、ほとんどの者はオサラバ。その10年で戦争が起きなければ、(民間人が巻き込まれるような)対外戦争を経験しないで死んでいく世代という、史上画期的な出来事になる。なんとありがたいことか。しかし、そのあと、戦争なんか起きたりしても、わたしゃ、知らんよ。はははは。 戦争なんて起きないと思っているだろう。  そ

          八月や六日九日十五日(2の2)【エッセイ】六〇〇〇字

          八月や六日九日十五日(2の1)【エッセイ】二四〇〇字

          「これから死ぬかわいそうな悪魔たちに哀れみや同情を感じるだろうか。いや、真珠湾(攻撃)や(フィリピンの)バターンの死の行進を考えれば、それはない」  これは、長崎への原爆投下に同行したニューヨーク・タイムズ(NYT)社記者の言葉である。記者の名は、ウィリアム・ローレンス(1888~1977)。彼は、「ファットマン」を搭載したB-29「ボックスカー」に搭乗し、出発時の様子から始まり最後はキノコ雲の描写で終わるルポを書き、NYT紙に掲載。翌1946年、2度目のピュリツァー賞を受

          八月や六日九日十五日(2の1)【エッセイ】二四〇〇字

          世間【エッセイ】六〇〇字

           早大エクステンション「エッセイ教室」夏講座(全六課題)、四回目の課題は、「世間」。  過日、『沈黙』というタイトルでエレベーター内の日本人の気味の悪い「沈黙」を、鴻上尚史の『「空気」を読んでも従わない』に絡めて書いたことがある。日本人を嫌うわけではない。そんなシャイな性格を持つ日本人は、むしろ好きではある。が、そのエレベーター内の「異様な空気」は、ワタクシには馴染めない。というような内容だった。そして、今回は、1年通っているジムで感じている独特の「世間」をとりあげてみた。

          世間【エッセイ】六〇〇字