Kaori
読んだ本の感想をまとめています。
「今日の注目記事」に選んでいただいた自分の記事のまとめ。500以上のスキをいただいた記事もありますので、よろしければこちらも読んでいただけるとうれしいです!
1996年よりフリーランスのライターとして活動しています。日々の仕事の中で感じたことや学んだことなどの記事をまとめています。ライター初心者の方にとって、何か参考になれば幸いです。
再発がんの治療をスタートすることになりました。 このマガジンは自分の記録用の治療日記をまとめています。 キイトルーダとレンビマの併用療法は2022年に保険適用になったので、経験者が少ないです。私もネットで体験談などを探すのに苦労したので、これが同じ治療を受けるか迷っている人などの参考になれば幸いです。
関西圏のほか、北海道や富士山、九州、四国など、全国キャンプ旅も楽しんでいます。キャンプで楽しむ酒のアテ、キャンプの魅力など。
noteを読んでいると、「ライター」や「webライター」と名乗っている人や、「ライター志望」「ライターになりたくて勉強中」という人をよく見かける。私自身がライターだから、そういう記事が「おすすめ」に上がってくるからかもしれない。 見かけると、やはりどういうお仕事をされているのかな、どういう考えやスタンスでライターをやっているのかな、と興味が湧き、ちらちらと見てしまう。仕事や夢に向き合う姿勢が素敵だなと感じれば、こちらからフォローもさせてもらっている。 どちらかといえば、20
特に体調を崩しているわけでもなく、寝たきりになっているわけでもない。 ただ、しんどい、痛い、眠い、だるいは、もうデフォルトみたいなもので、そうでない自分の感覚を忘れてしまった。 とはいえ、人に会う時や取材の時はレンビマを休薬するので、その時はかなり楽になる。 先週のハードな1週間も、時折休薬を挟んだり、服用の時間をずらしたりしながら、なんとか乗り切った。 12回目のキイトルーダも無事に受けられたし、取材も2件こなした。 追加のMRI検査も受けたし、原稿も急ぎのものは提出し
9月から読んだ本の記録を残していなかったので、ざっくりと覚書き程度に書いておこうと思う。 まずは、東野圭吾作品から。 久しく読んでいなかったが、5月に『ブラックショーマンと名もなき町の殺人』を読んで、やっぱり面白いなと思った。それから最近、連続して作品を読んだ。ここ3~4年に発刊された比較的新しいものばかりだ。 いわば、自分だけの「東野圭吾ミニフェア」。 最近読んだクスノキのシリーズは、ミステリーというより「ほっこり」系。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のように、ややファンタジー要
これまでに何百、何千という人を取材してきた。 そのたびに思う。繰り返し、しつこく思う。 取材ライターというのは、幸せな仕事だと。 人生で決して交わることのなかった人に会い、素晴らしい話を聞かせてもらえるのだから。 いつも取材のあとは、その幸福を噛み締める。 11日もそんな取材だった。 取材先は京都の製薬会社で、研究開発者でもあり、社長でもある女性の方にインタビュー。 実はこの取材が楽しみで仕方がなかった。ずっと憧れていた雑誌の初案件だったし、この製薬会社の技術にも注目してい
日曜日からとてもハードな1週間がスタートした。 ハードだけど、楽しいことも盛りだくさん! 10日(日)飲み友Mさんのお誕生日パーティー参加 11日(月)企業取材 12日(火)前日の原稿執筆 13日(水)入院(キイトルーダ点滴) 14日(木)退院→ 翌日の取材の予習 15日(金)朝から奈良へ酒蔵取材→ 夜、病院でMRI検査 16日(土)両親と姉夫婦と夫の店へ 17日(日)翌日の取材予習 18日(月)企業取材 他の人にとったら、平日仕事して週末遊んで……という、ごく普通のスケ
先日、漫画家の楳図かずお先生の訃報を聞き、追悼の文章を書いている。今日投稿できるかと思ったが、大作になりそうでまだ仕上がらない。 頭をしっかり使う文章は、体調が良い時でないと書き切れない。 今日は体調は悪くはないが、眠くてぼんやりしているので、楳図先生の死に向き合う気持ちになれなかった。 でも、この間、後ろ向きな記事をアップしたきりになっていたので、そろそろ何か書いておきたくて、今日はたわいもない雑記を。 教室に閉じ込められている夢を見た。 なんとか逃げ出せて、私は走った。
不安がどっと押し寄せて、布団の中で縮こまる日がある。 「良くなっている」 呪文のように唱えているが、本当に良くなっていたらこの呪文は必要ないのではないかと、ふと思う。 レンビマを5日間休薬したら、3日目からお腹の痛みが強くなってきた。前の休薬の時もそうだったなと思い出す。 休薬5日目、友達と会う約束をドタキャンした。 朝起きれば……、昼になれば……、と治ることを期待したが、痛みは強くなる一方で、とても動けるような状態ではなかった。 朝の診察も夫に車で送り迎えしてもらわない
日本酒を好きになる前は、紅茶が好きだった。 私が子どもの頃、「昭和50年代の紅茶」はティーバッグが普通で、ポットで茶葉から淹れるなんてことはまずなかった。(いや、上流家庭は知らんよ。一般庶民の話だ) ティーバッグのメーカーはリプトンか日東紅茶が一般的。どちらも黄色いパッケージだったから、紅茶といえば黄色いティーバッグを思い浮かべる昭和人も多いのではないだろうか。 飲み方も決まっていた。ストレートはまずない。子ども会などで出されるものは、最初から砂糖を入れて甘くしてあった。
いわゆる「料理好き」というのとは違うと思う。 ただ「お酒のアテ」を作るのが好きだった。 だから、食卓はおしゃれ女子が好むような映えるものではない。晩酌にぴったりの「おじいさん料理」だ。 ある材料でちょこちょこっと簡単に作って、好きな日本酒を専用冷蔵庫から選んで。 ぐい呑みも数十個あるから、今日のお酒に合ったものや気分で選ぶ。 そういう一人晩酌のひとときが何より幸せだった。 今はまだ体調が万全ではないので、ほぼ飲めないけど、最近、お酒のアテは作ろうという気持ちになった。こ
10月23日に1泊入院で、11回目のキイトルーダの点滴を受けた。気づいたらもう11回目!!早いものだ。 今回は入院前の血液と尿検査で、また「尿蛋白/尿クレアチニン比」の数値が高すぎて、主治医が「うーん」と唸っていた。私にキイトルーダを受けさせるべきかどうか。 最終的に薬剤師さんと相談したところ、この数値でもキイトルーダは問題ないということで、無事に入院できた。 しかし、レンビマはまた「休薬」を命じられた。今回は5日間。休薬して月曜に尿検査だけして、数値が基準値まで下がってい
晩ごはんに塩サバを食べた。 こんがりと焼いた美味しいサバだ。脂がのっていて、食べた後もお皿に脂が残るほどだった。 大満足で食べ終え、お皿を片付けようと手に持ち、キッチンのシンクへ向かおうとした時、どういうわけか壁に衝突し、勢いよく皿を落としてしまった。 皿は割れ、残っていたサバの骨や焦げた皮、そして脂が飛び散った。 家には1人でいたが、普通に「ああー!!」と大声が出た。「うそやん」「マジか」とも。 とりあえず危ないので割れた皿をそっと集めてシンクへ運び、それから掃除機を
キャンプを始めたのは2016年の夏だった。 もともと旅好きだったので、旅行も兼ねて何泊もするような「キャンプ旅」もよく行った。 遠出のキャンプで言えば、北海道2回、富士山の麓4回、九州2回、四国一周、島根、岡山、小豆島、長野、福井。 1泊なら、2時間以内で行けるような近畿圏内と三重。特に滋賀と兵庫が多い。 毎月一度は行くのはもちろん、長期休暇には数泊するから、一時期は年に30日くらいはキャンプをしていた。 昨年は体調が悪くなったので回数は激減したが、それでも春に富士山に行き
1997年、26歳の時に家を出た。 初めての一人暮らし。大阪市内の1DKのマンションが自分の城になった。 その時に、ずっと欲しくて眺めていた器や調理道具を数十万円使って買い揃えた。 柳宗悦の「用の美」という言葉が好きだ。 物は生活の中で使われてこそ美しい。暮らしの中で用いられ、育まれていく物の美しさを説いた言葉だ。 私は自分が心豊かに暮らすために必要な物たちを1つ1つ集めては、そばに置いた。 いわゆる「ヤカン」も家に1つはなくてはならないが、どれを買うかはもう決まっていた
ついに仕事に復帰した。 半年ぶりの取材。 とある健康食品のメーカーの会員向けイベントへ行った。 元マラソン選手の増田明美さんと会員さんとで大阪城公園をウォーキングするというもの。 開会式で増田さんが壇上で少しお話されたが、トークが面白くて「さすがだなぁ」と思った。テレビ番組でナレーションもされているが、聞き心地の良い声だ。 参加している会員さんは60~80歳くらいの男女が80名程度。準備体操をした後、グループごとに出発し、増田さんと一緒にウォーキングをする。何カ所かスポットが
なんだか【治療日記】を書くのが久しぶりだ。それくらい特に目立った変化がない。 3週間に一度、キイトルーダの点滴を受け、基本的には毎日レンビマ10mgを服用。 血圧を朝晩計測し、高ければ降圧剤を飲む。 甲状腺機能回復のためにチラーヂンS(50mg)を毎日飲む。 痛みが出れば、トラマールかロキソニンを飲む。 寝る前に睡眠導入剤(リスミー)を飲む。 そして、キイトルーダの点滴から2週間後に血液と尿の検査を受けるために病院に行く。 ほぼルーティン化され、最初の頃のように危険な副作用も
19時前、地下鉄四つ橋線からJR大阪駅までをほろ酔いで歩いた。 1日の仕事を終えて家路を急ぐ人波。 混雑しているのに、なぜか静かにすら感じる雑踏。 ホームでも車内でも無心にスマホを操作し続ける人たちを不思議な気持ちで見ていた。 自分も今、この一部なんだと思う。 腕時計の時間を何度も確かめる。 まだ19時前。 昔の私なら、まっすぐ帰る時間ではない。 若い頃から、とにかく仕事の後でまっすぐ家に帰ったことがなかったなぁと思う。 昼間から飲める店を探して。 カフェタイムに飲める店