「人生で最良の海の思い出は?」 こう訊かれたら、私は迷わず即答する。 「バリ島の朝焼けの海!」 20年ほど前、地方の創作コンクールで入賞し、スポンサー主催の海外旅行に招待された。私以外は商店街の福引に当選した人たちで、関係者も含め50名以上いたと思う。 いま思うとかなり贅沢なツアーで、シンガポール・バリ・インドネシア・タイなどアジア各地を周遊。同室の女性とも気が合い、のんびり楽しく観光を楽しんだ。 バリ島を訪れたのは日程の中ほど。 宿泊先は熱帯植物に囲まれたリゾ
(うわっ、すんごい女優眉!) これが、彼女の第一印象。やや面長の顔にアイメイクバッチリの瞳。 くるんとはね上がった長いまつ毛(鉛筆がのりそう?)の上には、感心するほど見事な弓なりの眉。 マスクで下半分は見えないが、茶髪のロングヘアといい、ピンクのマニキュアを塗った指先といい、およそそぐわぬ気がした――老人介護施設には。 5年前、おばが脳梗塞で倒れた。ひとり暮らしの89歳。 食欲・好奇心ともに旺盛で、料理も掃除もすべてこなし、すこぶる陽気で 口も達者な〈スーパー健康優良婆〉。
日本映画界の巨匠・新藤兼人監督が鬼籍に入られてから、今年5月で11年になる。 早い。もうそんなに経つのか・・・。 私はたった一度だけ、ご本人にお目にかかったことがある。 四半世紀ほど前、中国地方の小さな島で。 町おこしの一環で公募したテレビドラマ脚本コンテストに入選し、表彰式へ招待されたのだ。 当時私は20代後半、関西で脚本家を目指し勉強していた。 初の最優秀賞受賞。作品はドラマ化されるという。 暑い盛りの8月の午後、胸はずませて島へ渡った私だったが、役場へ顔を出すと「表
子どもの頃、私の地元には3つの映画館があった。 ABCにわけるとA館は邦画専門、B館は洋画、C館はアダルト向け。(当時は「エッチな映画館」と呼んでいた。駅前やアーケードの立て看板には過激なタイトルとなまめかしく悶える女体が描かれ、私たち子どもはうつむいて通り過ぎたものだ) なので人生初の劇場映画もA館かB館で観たはずだが――家のテレビで放映された作品とごっちゃになり、どれだかわからない。 ただB館で『アドベンチャー・ファミリー』(1975年)や『グレズリー』(1976年)を
中東カタールで熱戦が繰り広げられているサッカーワールドカップ。テレビやネットでも盛んに取り上げられ、日本チームの奮闘ぶりもさることながら、スタジアム席のゴミ拾いをする日本人サポーターの話題など「エライなあ」と感心させられる。 が、せいぜいその程度で、私自身はテレビ観戦はしない。あとで結果を知り、「よく頑張ったね」「惜しかったね」と思うくらい。 ワールドカップの舞台に立てるだけで大したことだから、監督にも選手たちにも静かにエールを送るだけ。熱狂的なサッカーファン(にわかフ
コロナが流行する数年前のことです。 五月の日曜日、甥っ子の運動会を見に行きました。 長崎市立城山小学校。 長崎市の北西部に位置し、長い坂道をのぼった山の手にあります。 風薫るどころか真夏並みのキョーレツな日差し。 運動場の周りには保護者が持ち込んだ色とりどりのミニテントが張られ、日傘や帽子、タオルなどで直射日光を避けながら応援する人々でごった返していました。 (暑っ! こりゃたまらん……) 昼食後、照りつける太陽と人の多さに閉口し、運動場を逃げ出した私。 甥っ子が出る次の
先日某見逃し番組サイトで、昭和のテレビドラマを観た。 主役はとうに還暦を過ぎたベテラン女優で、当時二十代前半だろうか。その瑞々しい美しさもだが、脚本、台詞まわし、カメラアングル、役者たちの演技……どれをとっても素晴らしく、現代ドラマにはない迫力に圧倒された。 ――本物の名作は、どれほど時間が経っても色褪せないのだな……。 しみじみ感服したのだが、同じ感想をこの小説にも。 『飢餓海峡』(水上勉著)。 過去にも何度か読んだが、若い頃と五十代のいまとでは受け止め方も変わるだろう
人も本も、めぐり合わせには”きっかけ„がある。 この『お江戸の百太郎』(岩崎書店)の場合、昨年夏の著者の訃報だった。 『ズッコケ三人組シリーズ』で知られる児童文学作家・那須正幹氏。 原爆(戦争)を題材にした作品も含め、その筆力に感服し、これまで多数目を通してきた。 だが時代物だけは別で……子どもだましの内容にガッカリしたくない。 その思い込みで長年スルーしてきたこの作品。 今回、著者を悼む意味で初めて手に取ってみた。 で、率直な感想。 面白い!! 子どもだましなどと決めつ
ミステリー小説を選ぶのは、博打に似ている。 「この人なら大丈夫!」と、作家名だけで安心して手にとる作品もあるが、よく知らない作家――しかも海外の翻訳本となると、脳内で警戒アラームが作動する。 ピピッ。 「タイトルは魅力的だけど、中身はどうよ?」 ピピッ。 「残虐シーンが多いだけで、結末はあっけないのでは?」 ピピッ。 「登場人物が多すぎて混乱するかも」 などとアレコレ疑い、即買いを躊躇するのだ。 よって翻訳ミステリーものは、まず図書館で借りる――いつでも途中で放り出せるよう
四半世紀も昔の話です。小雨が降りしきる晩秋の夜でした。 広島市内の繁華街でタクシーに乗った私。 「おやすみなさい」 窓の外へ笑顔で手をふります。傘をさして長身をかがめ、やはり笑顔で見送る彼。交際を始めて3か月、ふたりで食事を楽しんだ帰りでした。 タクシーが発車してほどなく、運転手さんが話しかけてきました。 「ええ彼氏じゃねえ」 すぼめた口から息を吐くような、しみじみとした声。 「え?」 流れゆく夜景を眺めデートの余韻に浸っていた私は、運転席を見ました。 制帽からのぞく白い髪
「いらっしゃい。まずは朝茶ば飲まんね」 居間に入ると、おばは必ずそう言った。 お盆には人数分の湯呑みと茶托。慣れた手つきでポットからお湯を急須に注ぎ、丁寧に茶葉を蒸らす。 お茶の免状を持ってるし、産地からいいお茶を取り寄せてるからおいしい。たしかに。 が、時と場合による。 独り暮らしのおばの家。海辺の小さな町へは車で片道一時間かかる。 朝早く着き、ゆっくり朝茶を味わう余裕があるときならいい。 子どもの頃は、昼どきに合わせて家族で訪問した。目の前にはおばの手料理
体の奥で振動がする。 ブル、ブルルル…… 小さく、かすかなエンジン音。 でも、たしかに聞こえるのだ。 心臓の鼓動に伴走するかのように――。 「こんばんは。今ええん?」 10月初め、友人から電話があった。時刻は夜の8時過ぎ。 「ええよ。どしたん?」 彼女は関西在住で私は九州。なのに会話は広島弁。34年前広島の大学で出会い、現在に至るからだ。コロナ禍で数年会っていないが、電話やラインで互いの近況は把握している。 いつもならしょっぱなからおもろい話で笑わせてくれ
世の中には、不思議なめぐり合わせがある。私にとって『それいけズッコケ三人組』がそうだ。 最初に手にしたのは、四半世紀以上も昔。当時広島の放送局でインタビュー番組を担当していて、児童文学作家の那須正幹先生に出演を依頼した。 入社二年目か三年目のペーペーディレクター。読書は好きだが、児童書なんて子どもの頃以来。慌てて『ズッコケシリーズ』を数冊読み飛ばし、打合せに備えた。 山口県内のご自宅に伺ったのは、季節は忘れたが土曜日の午前中だったと思う。『ズッコケシリーズ』節目
最初にこの本を手に取ったとき、いわゆる〈ハウツー本〉かと思った。チャーミングなほほえみを浮かべるおじいちゃんと、軽やかな朱文字のタイトル『世界でいちばん幸せな男』。 ああ、これはきっと〈祖父から孫へ贈る人生の秘訣〉的ブックで、「幸せはキミの足元にある」なんて月並みなアドバイスが書かれていそう。棚へ戻しかけ、中央の小さな文字に目が留まった。『101歳、アウシュヴィッツ生存者』――えっ⁉ 改めて表紙の写真に目をこらす。まくり上げた左腕にうっすら浮かぶ番号はもしや……。 そ
さびれた場所にあるATM。火曜の午後、サングラスにマスク姿の若者が現れた。通帳を入れた時、「兄ちゃん、取引せえへんか?」の声にギョッ⁉ 「ここや。ATMやがな」 なんと、しゃべっているのは機械。 「あんた『オレオレ』の受け子やろ? 〇〇県のばばあ騙して200万振り込ませたな」 「な、なな……」 声を無視して操作しかけ、見慣れぬボタンに指が止まる。「『ノル』『ヤメトク』?」 「ごっつい儲け話があんねん。受け子なんてせこい仕事よりなんぼか楽でガッポリや」 「……どんな取引だ
昨年二月、カナダを旅した。学生時代からの友人とオーロラを観に出かけたのである。 その旅に向けて購入したのが、このデジタルカメラ。 「コンパクトで性能が良くて、素人でもオーロラ撮影ができるやつ下さい!」 家電ショップのお兄さんにあれこれ要望を伝え、最終的に決め手となったのは、女子好みの小洒落たデザイン。価格は五万円弱だった。 「いつか本物のオーロラを観たいねえ」 友人とそんな話をしたのが、十数年前。私が関西から故郷の九州へUターンしたのを機に、旅行積立を始めた。 名