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創作ものがたり

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#創作

不思議な感覚と冬の空

不思議な感覚と冬の空

ねぇ見てよ、
東京の空でもオリオン座が見えるよ

ふいに呟いてみたけれど、別に隣に誰かがいる訳でもないし、誰かに話しかけた訳でもない。

ふーっと吹いた息は少し白くて、冬を感じた。

すごく、嫌な気持ちになった夜。

前を歩く鼻歌交じりで携帯をいじる彼は、私と家の方向が同じ人。
よく会う。いつも違う歌を歌っている。
イヤホンをしているのを見ると、無意識で歌っている気がする。
いつもいつも、いいこと

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明日という名の今日を生きる

明日という名の今日を生きる

走って帰った玄関の先で、床に手紙を叩きつけた。

畜生と呟いたら、涙が零れた。

一日は、二度と戻らない。

今日しか渡せなかったはずの手紙。

小学5年の夏の午後。
あいつは今日、引っ越した。
それでいて今日が、最後の登校日だったんだ。

同じ誕生日で隣同士の保育器に入り
そのまま家も近所だったからずっと一緒に育ってきた。

そんなあいつが突然引っ越すことになった。

両親の離婚。
正直俺からも

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止まない雨

止まない雨

「で、どこから来たの」

何も言わずに彼女は、毛布にくるまって座りながら手元にあるココアを飲んだ。
寒そうにしていたから、私が出したホットココア。

「…まぁ別に言わなくてもいいけど」

台所の換気扇の下、私は煙草に火をつける。
ライターがカチッと鳴ると、彼女は1度身をビクつかせた。

「…」

私は換気扇に向かって煙を吐く。
彼女は黙ってココアのマグカップを両手で包んだ。

「それ、飲んだら帰り

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潰れたレモン

潰れたレモン

ついさっきまで、俺はイライラしていたんだ。

ほんの少しだけ前、の話。

でも今は、放心。というか、無心?

それがさぁ、聞いてくれよ。

お前らはレモンってどうしてる?

なんの?って、そりゃあレモンはレモンだろ。
あの、唐揚げとかに付属する、カットレモン。
え?他にもあるって?
そんなことはどうでもいいんだよ。

レモン。
これ、いつかける?
注文が来て最初にかけるか
自分が皿にとってすこしだ

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彼女の今は何も言えないで出来ている

彼女の今は何も言えないで出来ている

―今私は、何とも言えない気分でここに立っています。
まぁ本当に何とも言えないなら、こうして綴ることも無いんだろうけど。―

彼女は1人、公園のベンチに座ってスマートフォンをいじる。

―あ、そもそも立ってませんでした。―

スマホの上で素早く動く指は、なんて事ない彼女の今を綴っていく。
それは元々スマホに入っているメモ機能で、誰かに届ける訳でもなく。

―今日、1本の映画を観たんです。これまた何と

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小指の先に結ぶ我儘を

小指の先に結ぶ我儘を

「結婚…するんでしょ」
「……まだ、しない」

歯切れの悪いその言葉に、腹が立つ。
でも好き。
私は彼女がとても好き。

抱きしめられた時の温もりが
シャンプーの香りが
寝る時の吐息が
全てが私をドキドキさせる。

「…何よ、まだって」
「だって、まだなんだもの」

彼女は私に背を向けて寝転がる。
私も同じ布団に入り、彼女を抱きしめた。

「…ごめん」
「…ううん」

いつかは、私の横から居なくな

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認めたくないあいつ

認めたくないあいつ

下の顎にあいつが出来た。
私は慌ててビタミン剤を飲む。
困る!週末には大好きな阿部くんとデートなのに!

そういう時に限って出来るんだよね。
本当困る。

私は顎のあいつを触りながら鏡を見た。

え?なんでちゃんと名称で言わないかって?
絶対嫌。なんかこいつを認めた気がするから。

治っても治ってもすぐ出来て、挙句の果てに肥大化して増えたりする。
なんなの。水もいっぱい飲んでるし、基礎化粧品だって

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夜爪を切る

夜爪を切る

夕方。私は爪を切っている。

夜に爪を切ると親の死に目に会えなくなると
そう聞いて私は育ってきた。

周りに言うとそれは迷信だといわれる。

子どもが夜爪を切ると危ないからと
そこから来た迷信だと。

でも私は絶対に夜、爪を切らないようにする。

よく考えてみてほしい。
この迷信とほかの迷信との差を。

「午後に新しい靴を降ろすと怪我をする」
もちろんこれは子どもへの注意喚起であると思う。

「食

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その親子の目線の先

その親子の目線の先

昼休憩。会社の外にあるベンチで私の隣に座っている男の子が、上を見ながら叫んだ。

「東京タワーだ!!!」

ここは池袋。到底東京タワーなんて見えるはずがない。

母親が息子に向かって
「東京タワーなんてある訳ないでしょ」
と冷たく言い放った。

「あるってば!あそこに!」
子どもは見ている方向を指さした。

私が見ても、その方向にあるのはビルだけ。

「だから無い!」
「あるってば、見てよぉ」

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その声に従うの

その声に従うの

いっぱい食べる君が好き

その歌声がとても好きで

いっぱい食べようと思った

確かに我慢をする方が太るって言うし、
私的にも変なストレスを溜めたくない。

だからいっぱい食べようと思った

今日もまた聞こえてくる

「いっぱい食べる君がすき~」

私の愛する歌声がそういうんだもの。

いっぱい食べなきゃダメ、よね。

私は目の前にあるハンバーグをナイフで切りフォークでさす。

そしてそのまま口内

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それは大事なキーワード

それは大事なキーワード

1人、社内で残業していて、ふと思い出したことがある。
脳内で再生された声に、私はパソコンのキーボードを打つ手を止める。

「このF1のFって、なんの略だと思う?」

ちょっと低いようなそれでいて高いような
特徴のある声で、隣の席の君は言った。

「いや、Functionでしょ。機能」

いたって普通な私の声がそう返した。

「あー、なるほど」
「え、なんだと思ったの?」
「いや、特に何、とも。あ、

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12.25に彼らがするゲーム

12.25に彼らがするゲーム

待ち合わせ場所の時計台の下でAが待っている。
そこにBが来る。

A「よぉ」
B「よぉ」

歩き始める2人。
周りはクリスマスではしゃぐカップル達。

A「あ、って言ったら負けゲーム、しようぜ」
B「なんだよそれ」
A「言葉の通りさ。あって言ったら負け」
B「あ、つまりこういうこと?みたいなこと?」
A「そうそう。人間がよく使いがちやつ」
B「なんだよその言い方(笑)」
A「よくいるじゃん、言葉の

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ふわりふわりと少年は

ふわりふわりと少年は

蝉の鳴く声が
遠くにも響かなくなった季節

僕は今
旅をしています

ふわりふわりと
気持ちを宙に浮かせ
僕自身を誰も知らない街を旅しています

そこには何も無くて
人もいない
嫌いもなければ
好きもない

平和な街

街を歩く中で僕は
とあるお店を見つけたので入ってみました

入った先に勿論店員はいなく
雑多な食器が並んだ食卓が1つ

使われた形跡もなく
ただ並べられた食器たちを見て

僕はまた

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衣替えと笑い声

衣替えと笑い声

ウォークインクローゼットがあれば
こんな面倒な衣替えいらないのに。
そう思いながら積み上がった冬服と棚に入る夏服を交互に見た。

終わる気がしないその量に深いため息をつくのは毎年恒例。
仕事があるから昼はできない。だから夜にまとめてやる。
でも明日も仕事だし、本当に面倒。

私は片付けが苦手。
だからやり始めるまでに時間がかかる。

私にお金があれば、家政婦さんを雇ってやってもらうのに。
私が魔法

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