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明日という名の今日を生きる


走って帰った玄関の先で、床に手紙を叩きつけた。

畜生と呟いたら、涙が零れた。

一日は、二度と戻らない。

今日しか渡せなかったはずの手紙。

小学5年の夏の午後。
あいつは今日、引っ越した。
それでいて今日が、最後の登校日だったんだ。

同じ誕生日で隣同士の保育器に入り
そのまま家も近所だったからずっと一緒に育ってきた。

そんなあいつが突然引っ越すことになった。

両親の離婚。
正直俺からも、あの二人の不仲は目に見えて分かっていた。
俺が遊びに行っても、お構い無しに下から聞こえる怒鳴り声。
あいつはそれをいつも笑ってやり過ごしていた。

「いつものことなんだ」

それを俺の親に話しても、他の家庭のことは何も言えないと、流されてしまった。
昔はうちの親とあいつの両親も仲良かったのにな。

いつしか仲良いのは俺らだけになっていって、
なぜか母同士も喋らなくなっていった。
お互い愚痴しか言わなくなり暗いお茶会をするのが嫌になったそうだ。
愚痴を言い合える仲なんて、とても良いと思うのに。

目の前に、手紙。

あいつに面と向かって言えないことを
何日もかけて認めた手紙。

ありがとうなんて言葉では、また会おうぜなんて言葉では、到底伝わらない感情の羅列。

どこかの誰かが「しっかりとサヨナラを告げるまで終われない人生がある」って言ってたっけな。
そう思って最後はさよならという言葉を書いた。

その後に今日、これを渡せてよかったですと締めたその手紙は今、俺の目の前でしわくちゃになって転がっている。

渡せなかった理由はいくつもあって、あいつは人気者だったからちっとも1人にならなかった。
みんなの前で渡したら、変な意味に取られそうでやめた。
だから帰りに渡せばいいやと、そう思った。
でも帰りはもう無かった。
隣のクラスだったあいつは、俺に一言もなく早退し、
そのまま、引越していったというのだ。

どうして、もっと早く書けなかったのか
どうして、もっと早く渡せなかったのか
どうして、どうして、と自分を責めて泣く。

どこに引っ越したのかさえ、俺は知らない。
あえてなのか、なんなのか、あいつは最後まで言わなかった。

「明日言うよ」の明日は、永遠に来なかった。

もう一度畜生、と呟いて、手紙を拾おうと頭を下げると、ランドセルが開いて中身が全て落ちてきた。
とてもイライラした。

教科書を拾って中に入れていくと、見慣れないピンクの折り紙が入っていた。
落ちた拍子に教科書に潰されてクシャクシャになった折り紙。
ひょいと拾い上げて、ふと白い面を見る。

「また、明日」

それだけ書かれていた折り紙。
何も言わなくてもわかる、あいつの字。

さよならでもまたねでもなく
また明日。

なんでその言葉をあいつが選んだのかは分からない。
またな、でも良かったじゃないか。

でもそこには確かに、はっきりとした黒い文字で
「明日」と書かれているのだ。

折り紙を涙で濡らさないようにしながらシワをのばし、
急いで駆け込んだ自分の部屋に手紙と一緒に飾った。

いつか渡せるその日まで、
俺はあいつのいう明日を待つ。
明日が来ても、あいつに会えなければそれはただの今日だ。

俺は自分の手紙を開いて最後の行を二重線で乱雑に消す。
そしてその下に書き加えた。

「明日、これを渡せてよかったです」と。

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