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潰れたレモン


ついさっきまで、俺はイライラしていたんだ。

ほんの少しだけ前、の話。

でも今は、放心。というか、無心?

それがさぁ、聞いてくれよ。

お前らはレモンってどうしてる?

なんの?って、そりゃあレモンはレモンだろ。
あの、唐揚げとかに付属する、カットレモン。
え?他にもあるって?
そんなことはどうでもいいんだよ。

レモン。
これ、いつかける?
注文が来て最初にかけるか
自分が皿にとってすこしだけかけるか
でさ、どうかける?
上から満遍なくか
半分だけかけるか。

まぁ色々あると思うのよ。人それぞれ。

で、俺はね、今唐揚げを食べようとしてたわけ。まさに、今ね。

俺、ちょっとした半グレ的なアレで、その舎弟。
いわゆる下っ端。でも頭になるのを夢見てて。
今はその頭と団体舎弟5人で飯食いにきてんの。

で、唐揚げが来たからさ、アニキらも色々食ってたし、いっかなーと思って唐揚げ全体にレモンかけて、1つ箸で掴んだわけ。

そしたらアニキの内の1人が俺に

「おい」

って言うわけ。

「なんすか」って聞いたらさ

「てめぇ、レモンかけていいですかだろ」

って言うのよ。

なんじゃそらと思って。
めちゃくちゃイラッとしたわけ。
俺は揚げたてを食べたかったし、今まで別のやつ食ってたやつがさ、うるせーって思って。

だからさ
「いやだって、アニキもサラダにドレッシングかけたじゃないすか」

って言ったら

「バカヤロウが!サラダのドレッシングと唐揚げのレモンはちゃうやろが」

って怒鳴るわけよ。

「いや、同じっすよかけるんだから。味付けっすよね」

「ちげーよ!レモンは揚げ物をさっぱり食うために好き好きでかけるもんなんだよ!生野菜はドレッシングかけねぇと食えねえだろあいつら味がねぇんだからよぉ!!こっちは野菜の苦味を大人しくさせる液体なんだよ!必要不可欠なもの!わかるか???」

知らねーよと思って。黙ってたの。

「ちなみに俺はかけねぇ派なわけ」

さらに知らねーよと思って。

「あー、すんませんした」

って謝ったら

「てめーなめてんのか」って言われたわけ。

やべーなーと思って

「なめてないっすよ。アニキも、レモンも」

ってちょけたわけよ。

そしたらアニキ余計怒っちゃって。

今考えたら確かにそうなんだけどさ、
その時はそんなに怒ることなくねと思って
怒ったアニキのケンカを買ったのよ。

「レモンごときでガタガタうるせーんだよ新しいの頼みますかァ??」
っつってさ。

そしたらアニキが俺のこと殴ろうとするもんだから
俺も殴り返してやろうと思って構えたのよ。


その瞬間頭がさ

「レモン」

って言って

残ってたレモンをアニキの頭にかけたんだ。

「サッパリしたか」

って笑って。

で、俺にはドレッシングかけてきたわけ。

「大人しくなったか」

って真顔で。

その顔が、マジで怖くて。

イライラとか吹っ飛んだわけよ。

それが、ほんの少しだけ前の話。

どうでもいいけど、

ドレッシングのオイルがベタついて、とれねぇって思ってて。そしたら、

「俺はレモンかけない派だけどな」

そう頭が呟いてまた俺にレモンをかけた。

「こいつらは旨みを消す邪魔な存在だから」

そして真顔で

「色々、邪魔なものはいらねーんだよ」

って言った。

「本当すんませんでした。もう二度と勝手なことしませんし、アニキにあんな口聞きません」

って謝ったら、頭は笑って

「油、落ちやすくなっただろ」

と言ったわけ。

「へ」

俺は訳が分からないまままたおしぼりで顔を拭ったら、オイルのベタつきがさっぱりしてたんだ。

「混ざれば、良くなることもあるけどな」

頭はそう言って唐揚げをひとつ食べた。

「うん、やっぱり俺はレモンいらない派だなー」

口笛を吹いて、食事を続ける頭。

俺は、俺の前に落ちた潰されたレモンを見て

情けねぇけど

本当情けねぇんだけど

怖くなったんだよね

これが、ほんの少しだけ前の話。

しょうもねぇ古い居酒屋で、
俺が俺の道を後悔するまでの、話。

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