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創作ものがたり

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なぁ、ホームレスやい

なぁ、ホームレスやい

寒くなってきた、初冬の夜。
ホームレスの男は、公園のベンチにうずくまっていた。
目の前に見えるのは道路、挟んで向かいには高級マンション。

何も言わず、1枚の汚い毛布に包まる男。

前の道路にタクシーが1台停る。
そのタクシーは、暫くそこに停り続ける。
正味4時間くらいか。
2:00過ぎくらいになると、回送表示を点け走り去って行く。

というのが、もう2週間くらい続いている。

ホームレスがベンチ

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不思議な感覚と冬の空

不思議な感覚と冬の空

ねぇ見てよ、
東京の空でもオリオン座が見えるよ

ふいに呟いてみたけれど、別に隣に誰かがいる訳でもないし、誰かに話しかけた訳でもない。

ふーっと吹いた息は少し白くて、冬を感じた。

すごく、嫌な気持ちになった夜。

前を歩く鼻歌交じりで携帯をいじる彼は、私と家の方向が同じ人。
よく会う。いつも違う歌を歌っている。
イヤホンをしているのを見ると、無意識で歌っている気がする。
いつもいつも、いいこと

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話したい僕は

話したい僕は

日曜、夕暮れ。
天気は、晴れ。
僕は誰かと話したいと思った。

玄関に降り、最初に手に取ったのはお気に入りのスニーカー。
まだ見ぬ誰かが僕に出会い、このスニーカーを褒めてくれたらいいなと思った。
そう思って靴ひもを締めた。
話しかけて貰いたくて、願いを込めて強く強く締めた。
ママが、昔買ってくれたスニーカー。

玄関を出て、家の前に置いてある猫の置物を撫でた。
うちで飼っているミーちゃんと同じ柄の

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空白のない日記

大切なことが何も無かった日を過ごして、夜になった。
私はぼんやり外を眺めながら、日記を開く。

窓から見えるのは星ではなく、黒。
黒のような、濃紺。
何も無い、空。
色弱な私にはあまり区別がつかない。

田舎であればきっと黒の中に浮かぶ白い光が見えただろうな。

日記の1文にそう書いた。

大切なことが何もなかった日は、書くことがない。
生きていたことが大切だとはよく言うが、そんなことを言ったら毎

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明日という名の今日を生きる

明日という名の今日を生きる

走って帰った玄関の先で、床に手紙を叩きつけた。

畜生と呟いたら、涙が零れた。

一日は、二度と戻らない。

今日しか渡せなかったはずの手紙。

小学5年の夏の午後。
あいつは今日、引っ越した。
それでいて今日が、最後の登校日だったんだ。

同じ誕生日で隣同士の保育器に入り
そのまま家も近所だったからずっと一緒に育ってきた。

そんなあいつが突然引っ越すことになった。

両親の離婚。
正直俺からも

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止まない雨

止まない雨

「で、どこから来たの」

何も言わずに彼女は、毛布にくるまって座りながら手元にあるココアを飲んだ。
寒そうにしていたから、私が出したホットココア。

「…まぁ別に言わなくてもいいけど」

台所の換気扇の下、私は煙草に火をつける。
ライターがカチッと鳴ると、彼女は1度身をビクつかせた。

「…」

私は換気扇に向かって煙を吐く。
彼女は黙ってココアのマグカップを両手で包んだ。

「それ、飲んだら帰り

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潰れたレモン

潰れたレモン

ついさっきまで、俺はイライラしていたんだ。

ほんの少しだけ前、の話。

でも今は、放心。というか、無心?

それがさぁ、聞いてくれよ。

お前らはレモンってどうしてる?

なんの?って、そりゃあレモンはレモンだろ。
あの、唐揚げとかに付属する、カットレモン。
え?他にもあるって?
そんなことはどうでもいいんだよ。

レモン。
これ、いつかける?
注文が来て最初にかけるか
自分が皿にとってすこしだ

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彼女の今は何も言えないで出来ている

彼女の今は何も言えないで出来ている

―今私は、何とも言えない気分でここに立っています。
まぁ本当に何とも言えないなら、こうして綴ることも無いんだろうけど。―

彼女は1人、公園のベンチに座ってスマートフォンをいじる。

―あ、そもそも立ってませんでした。―

スマホの上で素早く動く指は、なんて事ない彼女の今を綴っていく。
それは元々スマホに入っているメモ機能で、誰かに届ける訳でもなく。

―今日、1本の映画を観たんです。これまた何と

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小指の先に結ぶ我儘を

小指の先に結ぶ我儘を

「結婚…するんでしょ」
「……まだ、しない」

歯切れの悪いその言葉に、腹が立つ。
でも好き。
私は彼女がとても好き。

抱きしめられた時の温もりが
シャンプーの香りが
寝る時の吐息が
全てが私をドキドキさせる。

「…何よ、まだって」
「だって、まだなんだもの」

彼女は私に背を向けて寝転がる。
私も同じ布団に入り、彼女を抱きしめた。

「…ごめん」
「…ううん」

いつかは、私の横から居なくな

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平行に見える垂直

平行に見える垂直

交差するその模様を見ながら
僕の横にいる彼は
「全てが直線だったらいいのに」と呟いた

「どうして」と僕が聞くと
彼は「そうすれば交わることを知らないから」
そう言った。

前々から彼には不思議なところがある。
僕と彼は幼なじみなのだが、たまにボーッとしながら何も無いところを眺め、その後考え事をしていることがある。

「何を見てるの」、と尋ねても
「何にも見てないよ」という答えが返ってくる

その

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認めたくないあいつ

認めたくないあいつ

下の顎にあいつが出来た。
私は慌ててビタミン剤を飲む。
困る!週末には大好きな阿部くんとデートなのに!

そういう時に限って出来るんだよね。
本当困る。

私は顎のあいつを触りながら鏡を見た。

え?なんでちゃんと名称で言わないかって?
絶対嫌。なんかこいつを認めた気がするから。

治っても治ってもすぐ出来て、挙句の果てに肥大化して増えたりする。
なんなの。水もいっぱい飲んでるし、基礎化粧品だって

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夜爪を切る

夜爪を切る

夕方。私は爪を切っている。

夜に爪を切ると親の死に目に会えなくなると
そう聞いて私は育ってきた。

周りに言うとそれは迷信だといわれる。

子どもが夜爪を切ると危ないからと
そこから来た迷信だと。

でも私は絶対に夜、爪を切らないようにする。

よく考えてみてほしい。
この迷信とほかの迷信との差を。

「午後に新しい靴を降ろすと怪我をする」
もちろんこれは子どもへの注意喚起であると思う。

「食

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その親子の目線の先

その親子の目線の先

昼休憩。会社の外にあるベンチで私の隣に座っている男の子が、上を見ながら叫んだ。

「東京タワーだ!!!」

ここは池袋。到底東京タワーなんて見えるはずがない。

母親が息子に向かって
「東京タワーなんてある訳ないでしょ」
と冷たく言い放った。

「あるってば!あそこに!」
子どもは見ている方向を指さした。

私が見ても、その方向にあるのはビルだけ。

「だから無い!」
「あるってば、見てよぉ」

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その声に従うの

その声に従うの

いっぱい食べる君が好き

その歌声がとても好きで

いっぱい食べようと思った

確かに我慢をする方が太るって言うし、
私的にも変なストレスを溜めたくない。

だからいっぱい食べようと思った

今日もまた聞こえてくる

「いっぱい食べる君がすき~」

私の愛する歌声がそういうんだもの。

いっぱい食べなきゃダメ、よね。

私は目の前にあるハンバーグをナイフで切りフォークでさす。

そしてそのまま口内

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