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認めたくないあいつ

下の顎にあいつが出来た。
私は慌ててビタミン剤を飲む。
困る!週末には大好きな阿部くんとデートなのに!

そういう時に限って出来るんだよね。
本当困る。

私は顎のあいつを触りながら鏡を見た。

え?なんでちゃんと名称で言わないかって?
絶対嫌。なんかこいつを認めた気がするから。

治っても治ってもすぐ出来て、挙句の果てに肥大化して増えたりする。
なんなの。水もいっぱい飲んでるし、基礎化粧品だって変えてない。

なのになんで、出来て欲しくない時に出来るのよ!

私はまたニ…あいつを手で触る。

このまま潰してやりたい。
でもそうするとこいつは私の圧を嘲笑うかのように増殖する。
もしくは少し血が出てただ痛いだけ。
翌日には大きくなって戻ってくる。

だから私はそっと気にするだけ…
ビタミン剤を飲んで治るのを待つ。

皮膚科に行きたいんだけど、週末までに行けそうな日はない。
だからかかさずビタミン剤。
水も多めに。

なんだか小さくなってきた週の中日。
大丈夫、絶対治る!

そして迎えた週末。
新しいワンピースをおろして、コートも可愛い水色に。
そしてメイクもバッチリ!今日の私、完璧!!
…顎の、こいつ以外は。

そう、結局治らなかったのだ。
実は私、途中から諦め始めていた。
治る気がしなかった。何をしても、こいつはピンピン元気で縮まる様子もなかったのだ。

「はぁ…」

鏡を見て思わずため息をついた。
コンシーラーで隠しても隠しても出てくる醜いこいつ。でも今日はこいつと付き合っていかなければならないのだ。

「憂鬱…」

気持ちを口で発しながら歩く。
待ち合わせ場所は、風船を持ったピエロの近く。

私は少し早く着いて阿部くんを待った。

都度、ミラーでこいつを確認する。
一向に消えようとしてくれない。

「なんなの…ほんと嫌い…」

私が少し、しゅんとしていると、ミラーに阿部くんが映った。

「おはよ。何してんの」

私は鏡を思わず落とした。
その鏡を拾った阿部くんは私の顔を見て、

「あ、顎」

と指さし、

「思われニキビじゃん」

と笑った。

「え」

私は顎を隠した。

「誰かに、想われてんだねぇ~」

阿部くんはそう言って行こ、と言った。

私は顎のニキビをまた少し撫でて、

「あなたであればいいのに」

そう呟いてあなたのそばに駆け寄った。

「大きさが大きければ大きいほど、想いが強いらしいよ」
「え、てことは…」

私、誰かに強く思われてるの!

私は少しニヤッとしてニキビを撫でた。

「治さなくていいよ」

君はフッと笑う。

え、ちょっと待って

ねぇねぇ、それって

どういう意味?

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