つまり、そういうことだ⑭
では「もっとも、おまえを味わい尽くせる生き方」とは何だろう。
先述した、大歓喜というやつだ。
大歓喜とは「おまえ以外の人の歓喜を喚び起こすこと」と言った。
何故か。
存在が、「おまえ一人」という感覚器官から味わえる歓喜は、たかがしれているからだ。
おまえは、おまえの枠を超えて、おまえよりも大きなものを体感するときに、もっとも歓喜するようにつくられている。
言い換えれば、おまえは自分個人の都合より大きな目的のために、自分の都合を捨てて、自分を使用するとき、もっとも歓喜するように