#映画紹介
恋が共同幻想だとして/坂元裕二『ファーストキス 1ST KISS』【映画感想】
脚本・坂元裕二、監督・塚原あゆ子というヒットメイカー同士の初タッグ。主演は松たか子と松村北斗(SixTONES)。事故で夫を亡くした折、タイムトラベルする術を手にした妻が、夫の死なない未来を作るために15年前・2009年に2人が出会った日へと戻り、手を尽くそうとする。何度となく扱われきたSF題材であり、その目的もラブストーリーとして極めてオーソドックスなものだ。
しかしそこは坂元裕二。この夫婦は
最期は“人間”になる/吉田大八『敵』【映画感想】
精神科医という職業上、私は他者の歩んできた人生について訊くことが多い。特に高齢者となればその生活歴の厚さは凄まじい。そして語っている現在の当事者とその歴史のギャップに驚くこともある。認知症でかつての仕事にまだ勤めていると思い込んでいたり、配偶者を亡くし抑うつ気分で全てに無気力になったりする。過去の時間の濃さが、今の自分を揺さぶっているようにも見える。
そんな“老い”に対する不安を鋭くテーマにした
2024年ベスト映画 トップ10
今年は邦画がかなり豊作だったように思います。ずっと邦画が好きでいたけどここ数年はやや物足りなさがあったところに、こんな年が来るなんて。何かが突き抜け、新たな面白さを追求する作品が世に出るになったように思います。濱口竜介以降の潮流なのでしょうか。理由は分かりませんが、まだまだこれから不可思議な映画体験が増えていくのではとワクワクします!
10位 ボーはおそれている
守られすぎた子供は現実の侵襲性
鏡を覗く、誰かと繋がる/森井勇佑『ルート29』【映画感想】
森井勇佑監督による長編映画第2作『ルート29』が桁外れに素晴らしかった。綾瀬はるかを主演に迎え、そのバディとして前作『こちらあみ子』で主人公を演じた大沢一菜を引き続き抜擢。その意外性のある組み合わせで紡がれるのは、およそ明快さとは無縁のストレンジな幻想譚だった。
このあらすじで確かに間違いはないのだが、このプロットだけでは到底語り切ることのできないイリュージョンに満ちたシーンだらけの怪作でもある
1つのサクセスストーリーとしての黒沢清『Cloud』【映画感想】
黒沢清、今年3本目の新作映画『Cloud』。転売屋の男が知らずに周囲から反感を買い、いつしか恐怖の渦中へと引きずり込まれるという物語で、薄気味悪いサスペンススリラーなのだが、どうにも妙な高揚感が止まらない作品でもあった。
この物語を味わい直してみると、おかしな部分も多々あるのだが極めて王道で、ある種のサクセスストーリーを描いているように思えた。暴力と恐怖の連鎖による精神の成長譚という切り口で、ユ
病名のつかない苦しさ/『ナミビアの砂漠』【映画感想】
山中瑶子監督による映画『ナミビアの砂漠』が素晴らしかった。2人の男性を翻弄する魅力的で危うい女性の話、などと簡単に説明することは憚れる。この作品はまだ映画として表現されたことのない感覚を、主演である河合優実の爆発的な身体性を通して掴み取ろうとするような作品と言えるからだ。圧倒的な作家性と、圧倒的な役者の力が交差した衝動的で奇跡的な1本だ。
本作の素晴らしさは様々な作品で掻き回し役として消費されて
働くことと愛すること/『ラストマイル』【映画感想】
脚本・野木亜紀子、プロデュース・新井順子、監督・塚原あゆ子による映画作品。この座組で制作されたドラマ『アンナチュラル』『MIU404』と同じ世界で繰り広げられる“シェアード・ユニバース・ムービー”と銘打たれた作品である。
結論から言えば、アベンジャーズのようなアッセンブル感はなくその点についてはやや肩透かしではあったのだが、敢えて分業化して事件を紐解くというお祭り感を抑えた工程が物語への集中度を
《え》エターナル・サンシャイン【50音で語る】
エターナル・サンシャイン
音楽から映画を知ること
数年前までスターウォーズとハリー・ポッター以外の洋画を一切観ない人生でした。洋画は字幕か吹替で観るしかなく、そこで発せられる言語をそのまま理解できないのが嫌、というのを洋画を拒む理由にしてきましたが実際のところは”洋画こそ最高でしょ“みたいなネットやら周囲やらの圧に反抗してた部分が大きかったんだと思います。
人の趣味嗜好ってそんな容易には変わ
デカいカエルと異界への導き/『化け猫あんずちゃん』『めくらやなぎと眠る女』
デカいカエルが出てくる映画を2本、立て続けに観た。1本は「化け猫あんずちゃん」。いましろたかしの漫画を原作とし、山下敦弘と久野遥子が共同で監督を務めた。寺の和尚に拾われ大切に育てられるうちに化け猫になっていた37歳のあんずちゃん(森山未來)が、寺の孫娘で親子関係に難のあるかりん(五藤希愛)と過ごした夏を描く作品。
もう1本は「めくらやなぎと眠る女」。音楽家でアニメ作家のピエール・フォルデス監督に
2024年上半期ベスト映画 トップ10
映画館に見に行く本数は減ってしまったけれども、配信などで食らいつくことができたと思う。結論をすぐ出さない、"揺らぎ"のある映画たちを10本。
10位 アメリカン・フィクション
本年のアカデミー賞作品賞ノミネート作。海外の作品を見始めたのはここ数年だけど、“真っ当”なものとして見てきた傑作にもこのコメディが刺そうしている目線があるのでは?と思わせるような毒と説得力があった。戯画化された正しげな配
空白を埋めるもの~『エリック』と『ミッシング』
大切な人が突然いなくなる、という出来事がトリガーになる作品は古来より多いが、今年は特に顕著な気がしてならない。それは例えば「四月になれば彼女は」のような婚約相手が突如姿を消すものであったり、公開を控える黒沢清の『蛇の道』のような子供を殺されるというものであったりと様々であるが、特に今年において印象的なのが"子供"が“突如姿を消す”作品である。
誰かを恨むこともできぬまま宙ぶらりんにされる感情。ま
罪の在る結末/濱口竜介『悪は存在しない』【映画感想】
濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』以来の長編映画『悪は存在しない』。その重厚な映画体験を今も反芻している。というより、あのように切断的に現実へと投げ出される結末を受け取っておきながらそうしないわけにはいかない。
緊張と緩和、長回しとぶつ切り、相反する要素を織り交ぜながら得体の知れない感情を炙り出してくる本作。全編に渡って人間の心が持つ柔らかさと不気味さの両方が喉元に突きつけられる。私なり
また甘えられる世界へ〜『異人たち』と『異人たちとの夏』【映画感想】
山田太一の小説『異人たちとの夏』を原作とし、アンドリュー・ヘイ監督がアンドリュー・スコットを主演に迎えて映画化した『異人たち』。孤独に生きる脚本家の男がふと幼少期の住んでいた家を訪れると、そこには30年前に亡くなった両親がその時のまま生活しており、かつてのような親子としての交流を行う、というあらすじだ。
このあらすじは大林宣彦監督、風間杜夫主演による1988年の日本映画版にも共通している。今回の