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韻文訳の試み『歩く歌』(J.R.R.トールキン『旅の仲間』)

韻文訳の試み『歩く歌』(J.R.R.トールキン『旅の仲間』)

『指輪物語』を今あえて原書で読む楽しみの一つは、トールキンが作ったたくさんの歌を原文で味わえることだ。

昔訳書で読んだ時には、ストーリーとあまり関係がないので読み飛ばしていたが、なんとも恐れ多いことだ。

韻を踏み言葉を厳選し、注意深く編まれた数々の歌は、登場人物たちの心情を表し、世界観を補い、物語に深みを与えている。

ただいかんせん、訳詞は意味を伝えるが、音とリズムは伝えられない。意味は歌の

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素晴らしき邦題の世界【読書感想文】ジョン・W・キャンベル『影か行く』

素晴らしき邦題の世界【読書感想文】ジョン・W・キャンベル『影か行く』

SFホラー映画の金字塔『遊星からの物体X』(原題 “The Thing” 1982年)の原作。南極の氷の下から発見された異星生物と探検隊の戦いを描く。

原作の邦題は『影が行く』。まずこの邦題がうまい。

原題は直訳すると「そこに行くのは誰だ?」だが、こういうスタイルのタイトルは、邦題にはなじまない。

映画の原題の方は、原作で謎の異星生物を the thing と呼称しているからだろうが、これは

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【読書感想文】サローヤンの小説が読んでみたくなった(トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』)

【読書感想文】サローヤンの小説が読んでみたくなった(トシオ・モリ『カリフォルニア州ヨコハマ町』)

昔、Jポップのあるトップクラスのアーティストの曲を聴いていたら、ソウルフルなバックコーラスのほうがはるかに上手くて、これはイカンだろう、と思ったのを思い出した。

本書は、山田稔のエッセイでその存在を知り気になっていたところ、探していたわけでもないのだが、たまたま図書館の返却本置き場にあったので、借りてみた。

山田はメジャーな作家とは言いがたいし、モリはほとんど無名だから、これはなかなかのシンク

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【読書感想文】敵の敵は味方(J.R.R.トールキン『ホビットの冒険』)

【読書感想文】敵の敵は味方(J.R.R.トールキン『ホビットの冒険』)

財宝を守っていたドラゴンが人間に倒され、その財宝の所有権をめぐってドワーフと人間とエルフとが一触即発の危機に陥る場面である。

本書で一番印象に残った一文だ。

最大の脅威と思われていた、まるで無差別爆撃の権化のようなドラゴンが消えたあとに、さらに大きな困難が持ち上がるというのが、この物語の真骨頂だ。

ドラクエでいえば、竜王を倒し、ラダトームに帰ってきたら、姫と国王の座をめぐって殺し合いが始まる

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トリプル役満【読書感想文】永井路子『この世をば(下)』

トリプル役満【読書感想文】永井路子『この世をば(下)』

『光る君へ』の副読本として最良の読書だった。

原作か?というくらいシンクロしている。

似たような名前の人物が多いが(驚くべことにかぶってはいない)、ドラマに出演した俳優さん達を思い浮かべながら読むことができて、普段手に取らないジャンルだけど、とても楽しめた。

歴史小説でありながら、家族小説のようでもあり、夫婦小説のようでもあり、政治小説のようでもある。

登場人物たちの心性や会話は現代的なの

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【ポエム】読書に関する新提案〜本を鼻で読む

【ポエム】読書に関する新提案〜本を鼻で読む

寒くて辛い冬の夜
読書するにも手が冷える
ずっとコタツに手入れてたい

文鎮使うの面倒くさい
ページくるたび手が冷える
ずっとコタツに手入れてたい

そんな時には頼もしい
キンドル端末あればいい
嗚呼ありがたやジェフ・ベゾス

文鎮しおり必要ない
ベージめくりに手もいらぬ
鼻でもアゴでもめくれます

ぜいたく言えばキンドルの
意味はといえば「火を起こす」
あればいいのにカイロ機能

よろしくどうぞ

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筒井康隆の物語を楽しめる者は幸せである。

筒井康隆の物語を楽しめる者は幸せである。

筒井康隆の物語を楽しめる者は幸せである。心豊かであろうから…

エンタメと文学にまたがって膨大な作品数をほこり、バラエティ豊かで、名作にも事欠かない。老若男女を引きつけ、これからもファンを増やし続けることだろう。

しかし私は、彼の小説の文体を受け付けられない。タイトルとプロットと着想は好みなのだけれど。

自分が心貧しいとは思わないし、敬愛する作家も少なからずいるが、数々の挫折と失望をへて、筒井

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歴史の意義

歴史の意義

破滅に向かう大日本帝国を描いたノンフィクションより。真珠湾攻撃が始まったところである。

感動的な描写だ。その光景の美しさか目に浮かび、ジュウゾウの健気さや純朴さ、そして恐れが感じられる。狂信的な軍国主義者などでは決してない、どこにでもいる普通の若者の姿だ。

書いているのはアメリカ人なのに。

著者はこの、いまからアメリカに甚大な被害を与えた不意打ちを仕掛けようとしている日本の一青年に感情移入し

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マルティン・ルター・キングJr

マルティン・ルター・キングJr

『サピエンス全史』の著者が、人間と社会の未来を予測する本。ここでは、宗教とスピリチュアリティとの違いについて述べている。

読み上げを聴いていて驚いた。いま「マーティン・ルーサー」って言ったよね?

つまりマルティン・ルターは英語読みするとマーティン・ルーサーだったのである。

マーティン・ルーサー・キングJrは、マルティン・ルターだったのである。

知ってた?わしゃ知らんかったよ。

ヘボンとヘ

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私の最高の作品はあなたです。

私の最高の作品はあなたです。

丸谷才一さんの対談集。筒井康隆さんとの対談『批評家だから小説が書ける』より。

2008年の赤塚不二夫さんの告別式でのタモリさんのあの有名な弔辞を思い出した。

この記事によると、「『私もあなたの作品の一つです』は2008年の新語・流行語大賞にもノミネートされている」のだそうだ。これは偶然の一致だろうか。

試しにマンゾーニとスコットが交わした会話についての記事がないかネット上でちょっと探してみた

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おろし問屋と直取引(司馬遼太郎『アメリカ素描』)

おろし問屋と直取引(司馬遼太郎『アメリカ素描』)

あーこれ、すごくわかりやすい。

カトリックとプロテスタントの違いとして、門外漢にとってはまさに腑に落ちる説明だ。

関西人ならではの解釈だろうか。

本書は司馬さんが80年代にアメリカを取材旅行したときの紀行文だけど、大衆向けの社会学、人類学、民俗学のエッセイとして、今でも十分読み応えがある。

司馬さんの小説は土着的すぎるせいか、海外ではほとんど読まれていないようだが、『街道を行く』シリーズな

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【覚え違いタイトル】 ✕『がん 病の王様』 → 〇『病の皇帝「がん」に挑む』 これは完全に負けた。タイトルとしても、位としても(勝負なのか?)。

【覚え違いタイトル】エマニュエル・トッド ✕『我々はどこから来てどこへ行くのか?』 → 〇『我々はどこから来て、今どこにいるのか?』
すでに下巻に入っているが、なかなか覚えられない。

ビッグ・ブラザーとリトル・ブラザー(劉慈欣《暗黒森林》)

ビッグ・ブラザーとリトル・ブラザー(劉慈欣《暗黒森林》)

大ヒットした中国SF第2巻より。

なぜ自分が勾留されているのかが分からない学者が、公安の言動について考えている場面である。

ここで気になったのは「兄」と「弟」という呼称だ。

日本でも、漢字文化圏だからなのか、日本固有の文化だからなのかは分からないが、兄や兄貴分を「兄さん」「兄貴」と呼ぶことはあるし、弟や弟分に「弟よ」と呼びかけることは、少なくともフィクションでは見かけることがある。

しかし

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