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エリア・カザン監督 『エデンの東』 : 薄っぺらい「建前と本音」の逆転劇

映画評:エリア・カザン監督『エデンの東』1955年・アメリカ映画)

本作は、なかなか評価の難しい作品であった。

というのも、エリア・カザン監督が、ハリウッドでの赤狩り時代」に、「仲間を売った」ことで、映画監督として生き残っただけではなく、それを「恥じる」のではなく「開き直って自己正当化した」ために、当然の結果として、多くの映画人から「軽蔑・嫌悪」され続けた人であったというのを、私も知っているからだ。
そして、私自身も、そんなエリア・カザンが「大嫌い」だからこそ、この作品を、そうした「色眼鏡」で見てしまう危険性も高かったためである。

言うまでもないことだが、「作者は作者、作品は作品」であり、「どんなに嫌な奴の作品であっても、優れた作品ならば、それは正しく、優れた作品として評価されなければならない」。

だが、その一方で「作品は、作者によって生み出されるものであって、決して作者と無関係に生まれてくるものなどではなく、そこに何らかの強い影響関係があるという事実は否定できない」ということもある。
つまり、平たく言えば一一「卑怯者には、本物の正義は描けない」ということだ。

もちろん、卑怯者にだって「通り一遍の正義なら描ける」だろう。
例えば、長らく続いている「仮面ライダー」シリーズの監督が、全員「正義の人」だなどということはあり得ないし、ましてや仮面ライダー俳優が全員「善人」だということなどあり得ない。現に、人としてどうなのかというような問題を起こす人だっているのだが、そんな俳優にだって、素人を騙す程度に「善人を演ずること」くらいなら、容易に可能なのである。
言い換えれば、その「人柄を反映した深い演技」ではなく、「型通りに善人を演ずること」くらいなら、別にその俳優が、本物の「善人」でなくてもやれるのだ。

そんなわけで、「裏切り者の卑怯者」であるエリア・カザンの撮った、「名作」とされるところの『エデンの東』を正しく評価するためには、まず、可能なかぎり、そんな「予備知識という色眼鏡」を排して作品を鑑賞し、良いところは良いと認めた上で、「引っかかった部分」については「深掘り」をする、という段取りを踏まなくてはならない。
しかしこれは、口で言うほど簡単なことではないので、「なかなか評価の難しい作品」だということにもなったのだ。

 ○ ○ ○

さて、そんな本作を鑑賞した率直な感想を先に書いておくと、一一「暗くて、イジイジした物語なので、ぜんぜん楽しめなかった」ということになる。

言うなれば本作は、「優秀な兄に比べて、自分は、気真面目な父親に愛してもらえない」とイジイジ悩んでいる弟の「逆転勝利物語」なのだ。

原作は、アメリカの文豪ジョン・スタインベックで、本作はそのタイトル『エデンの東』からも分かるとおりで、「旧約聖書」「カインとアベルの物語」を下敷きにしている。

ちなみに、「カインとアベルの物語」とは、次のようなものだ。

カインとアベルは、アダムとイブエデンの園を追われた(失楽園)後に生まれた兄弟である。カインは農耕を行い、アベルは羊を放牧するようになった。

ある日2人は各々の収穫物をヤハウェに捧げる。カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物には目を留めなかった。これを恨んだカインはその後、野原にアベルを誘い殺害する。その後、ヤハウェにアベルの行方を問われたカインは「知りません。私は弟の番人なのですか?」と答えた。しかし、大地に流されたアベルの血はヤハウェに向かって彼の死を訴えた。カインはこの罪により、エデンの東にあるノド(נוֹד、「流離い」の意)の地に追放されたという。この時ヤハウェは、もはやカインが耕作を行っても作物は収穫出来なくなる事を伝えた。また、追放された土地の者たちに殺されることを恐れたカインに対し、ヤハウェは彼を殺す者には七倍の復讐があることを伝え、カインには誰にも殺されないためのカインの刻印をしたという。』

(Wikipedia「カインとアベル」

さて、まずはここでは、本作『エデンの東』を理解する上で、「多くの誤解をまねいた、紛らわしい点」について、書いておかなくてはならないだろう。

私の見たDVDもそうだったのだが、映画『エデンの東』では、聖書の「アベル」にあたる「アーロン」を、兄弟の「兄」と翻訳し、ジェームズ・ディーンが演じた、聖書の「カイン」にあたる「ケイレブ(キャル)」を、「弟」だと訳している。
一一つまり、兄弟が「逆」になっている。

聖書の記述に従うならば、本来は「カイン」が兄で「アベル」が弟なのだから、映画『エデンの東』では、「カイン」にあたる(ジェームズ・ディーンの演じた)「ケイレブ(キャル)」を「兄」としなければならなかったはずなのだ。

(キャルとアーロン)

ところが、「聖書」の記述と映画『エデンの東』の設定では、「兄弟」が逆転してしまっている、一一かのように見える。
本来は「弟殺し」の物語なのに、この映画では「兄殺し」の話になってしまっているように見えるから、とても「紛らわしい」し、無用の混乱と誤解を生んでいるのである。

で、この問題については、次のように説明されている。

キャルとアーロンの「きょうだい」問題
旧約聖書のカインとアベルをモチーフにして扱っているとおり、キャル(カイン)は兄、アーロン(アベル)は弟、とするのが正しい。しかし映画公開後、日本語文化圏ではキャルを弟、アーロンを兄として翻訳されている。原文では「お互い名前で呼び合う」「ブラザー(兄・弟の区別はない)と語る」「ふたりは双子である」ということを考慮して、字幕を訳し直した太田直子は、「兄・弟の区別を一切つけなかった」としている。』

(Wikipedia「エデンの東(映画)」

つまり、「英語」の「ブラザー」という言葉には「兄・弟」の区別が無いのだが、それを翻訳する際に、映画のキャラクターイメージから、「兄・弟」を誤って割り振ってしまったと、たぶんそういうことなのであろう。
「優秀で堂々とした兄と、愛されずにいじけた弟」というイメージで、翻訳されてしまったのだ。

したがって、映画『エデンの東』を見る際に、「優秀で堂々とした兄と、愛されずにいじけた弟」というイメージで見てしまうと、それが「色眼鏡」になってしまう。
ジェームズ・ディーンのキャラクターもあって、要は「可哀想な弟くんの物語」として(イメージして)見てしまいがちなのだが、実際には、この兄弟は「対等」であり、どっちが兄でどっちが弟ということではない

むしろ、聖書の記述に従うならば「妬みっぽい兄が、弟を殺した物語」ということになるのであって、映画の「キャルがアーロンを破滅させる物語」とも、辻褄も合うのである。

さて、そんなわけで、映画の設定にそって「キャルとアーロン」を理解するならば、二人は「対等」であり、その二人の父親だから、名前こそ「アダム」となっているが、聖書上での役割としては「キャルとアロン」の二人への「評価」に露骨な差別をもうけるヤハウェ=エホバ=神」の役割を担うのが父親で、彼が二人への評価に差別を設けたのは、あくまでも「プレゼント=神への供物」の「内容」に対する評価の問題だということになる。
つまり、

『カインは収穫物を、アベルは肥えた羊の初子を捧げたが、ヤハウェはアベルの供物に目を留めカインの供物には目を留めなかった。』

(Wikipedia「カインとアベル」

のであり、そして、『エデンの東』ではそれが、キャルの「現金」とアーロンの「婚約報告」、ということになるのだ。

聖書の方について言うと、どうして「収穫物」ではダメで、「肥えた羊の初子」なら良いのかという、そこには「ハッキリとした説明」は存在しない。

神の意志というものは、しばしば人間には「図り難い」ものなのだ。例えば、「天災」ひとつとっても、そうだろう。
この世では、(ヨブのような)善人が不幸になり、悪人がのさばることなど、いくらでもあるのだが、そこにも「神の深いご意志がある」と考えるのが、神を信じる敬虔な信者の立場なのだ。

ただし、客観的に考えるならば、イスラエル民族の部族神」でしかなかった「旧約時代の神」つまり「旧約聖書の神ヤハウェ=エホバ」の場合、その供物としては、生き物を殺して捧げるというのが、ごく当たり前のことだったようなのだ。

例えば、ヤハウェは、アブラハムの信仰を試すために、その最愛の息子であるイサク「殺して捧げよ」なんて無茶なことを言うし、異民族に故郷を追われたイスラエル民族に、新たな土地を与えるために、先住民を皆殺しにするなどという、まさに今の「パレスチナ問題」を正当化するような記述も見られる。
したがって、「旧約聖書の神=ヤハウェ」というのは、後の「新約聖書の(父なる)神」とは、だいぶイメージの違った、かなり「手前勝手な神」なのである(なにしろ、部族神なのだし)。

一一そんなわけで、なぜ「収穫物」ではダメで、「肥えた羊の初子」なら良いのかというと、それは「ヤハウェからして、肥えた羊の初子の方が、捧げ物として相応しい、と考えられた」というくらいのことにしかならないのである。

大昔の「聖書の記述」が、「今の私たちの価値観や倫理観」と合致しない部分があるというのは、むしろ「当然」なのであって、その「訳のわからなさ」に「深い意味」を読み取ろうとするのは、むしろ「裏返された疑心暗鬼」の類い(妄想的・信仰的な解釈)にしか、なり得ないのだ。

以上、「カインとアベル」と「キャルとアーロン」の、混乱しやすい関係を説明した上で、本作『エデンの東』の「ストーリー」を、少し長くなるが、「Wikipedia」から、そのまま引用紹介しておこう。

『1917年、アメリカ合衆国カリフォルニア州サリナス。当地トラスク家アダム息子ケイレブ(愛称キャル)は、或る秘密を探っていた。有蓋貨車に飛び乗り、モントレーの港町でいかがわしい酒場を経営している中年女性ケートを尾行していた。彼女が、死んだと聞かされていた自分の母かも知れない人物だったからである。キャルは父アダムが事業として計画していたレタスの冷蔵保存に使用される氷を屋外に滑らせ砕き、そのことで父から聖書の一節を引用した叱責を受ける中、「自分のことを知りたい、そのためには母のことを知らなければ」と母のことを問い質す。アダムは母との不和を話したが、彼女は死んだということは揺るがない。キャルはケートの店に向かい、彼女と直接対面するも話には応じて貰えず追い返されてしまう。その後、キャルはアダムの旧友である保安官のサム・クーパーから誰にも見せなかったという両親が結婚した時の写真を見せられ、ケートが自分の母だと確信する。

ある日、キャルは「父から愛されていないのではないか」という自分の悩みを、双子の兄弟であるアーロンの恋人・アブラに打ち明ける。すると、彼女も同じ悩みを抱えていたことがあったことをキャルに打ち明け、2人の心が近づく。

やがてアダムは、氷で冷蔵保存したレタスを東海岸に運んで大儲けすることを狙って貨物列車で東部の市場へ出荷しようとしたが、その途中で峠が雪崩で通行不能となり、列車内で氷が溶けて野菜が腐ってしまい大損害を蒙る。キャルは損失額を取り戻すべく、取引の先見の明を持つウィル・ハミルトンのもとを訪れ、彼に認められて戦争に伴う需給逼迫から大豆が高騰するという話を聞くが、投資額は彼に工面出来るものではない。そこで彼はケートのもとへ向かい、資金を求めるが一度は断られてしまう。しかし、そこでケートが家を出た理由は自由を求めていたからということ、アダムがインディアンとの戦いで負ったと言っていた傷はケートが家を出るときに彼女に撃たれて負ったということ、ケートも息子キャルと同じようにアダムから聖書を引用した叱責と清廉であることへの束縛を嫌っていたことが語られ、話の後には資金の提供を受けることに成功する。

米国の第一次世界大戦への参戦による需要急拡大によりキャルは利益を上げるが、アーロンは自分は戦争に反対しているから兵役に志願しないとキャルに語る。その一方、ドイツ系移民である靴屋のグスタフ・アルブレヒトはドイツ系差別の煽りを受け、店舗のガラスを割られる。祭りの日、キャルはアーロンと待ち合わせをしていたアブラと出会う。アーロンとの待ち合わせまでの時間、早く来ていたアブラと共に行動するキャル。2人は観覧車に乗り、キャルはアブラからアーロンとの間には何か違和感を覚えること、母のいないアーロンが自分に求める母親の像と自分とは違っているということを打ち明けられ、そしてアブラはキャルに唇を許す。

一方、その観覧車の下では、靴屋のグスタフ・アルブレヒトが反ドイツ感情の強い人々に小突かれて、その中にアーロンが巻き込まれたことを目撃したキャルは彼を助けるべく騒ぎの中へと飛び込み乱闘騒ぎとなる。保安官のサム・クーパーがその場を収め騒ぎは静まったが、キャルは乱闘に巻き込まれたアーロンを助けに入ったのに、アブラが近くにいたので、アーロンはキャルがアブラの前で良い恰好をしたかっただけだと思ってしまい殴り合いを始める。

大豆の取引によってキャルが得た利益が父アダムの損失を補填出来る金額になり、アダムの誕生日にそれを渡すキャル。しかし、戦争に良い感情を持たず、戦争を利用して大金を得たことをアダムは叱責して金を受け取らず、アーロンとアブラが婚約を伝えたように清らかなものが欲しかったと語る。キャルは大声で泣き「父さんが憎い」と叫んで出て行く。嘆くキャルをアブラが慰めているのを目撃したアーロンは激昂。アブラにキャルと話すな、キャルに近付くなと厳しい口調で言う。それに対してキャルは父への憎しみが何時しかアーロンへの憎しみに変わり、母であるケートの酒場にアーロンを連れて行き、初めて彼に母と対面させる。驚いたアーロンを母と2人きりにさせてキャルが帰宅する。アダムにアーロンの行方を問われたキャルは「知らないね、僕は兄さんの子守りじゃないんだ」と返し、ケートが家を出た理由にも触れ、父との決別を告げる。アーロンは最も軽蔑する女が自分の母であったことを知って激しいショックを受け自暴自棄になり、その日のうちに兵役に志願する。

アダムは知らせを受けて駅に行く。兵役に志願する若者たちを乗せた列車の窓からアーロンは頭でガラスを破って父を笑い、列車は動き出す。そのことはアダムにとって余りのショックで、列車が出た直後脳出血で倒れ、身動きも出来ない重病人となった。身体が麻痺して寝たきりの状態になって看護婦が付きっきりになった。キャルは自分がやったことで起きた事態に良心の呵責に苦しむ。皆が見舞いに来る中で保安官のサムがキャルに「アダムとイヴの子カインは、嫉妬の余りその弟アベルを殺す。やがてカインは立ち去りて、エデンの東ノドの地に住みにけり」と旧約聖書の一節を語って、取りあえずお前はこの家から出て行った方がいいと諭す。自分も去らねばならないと決意したキャルは病床にあるアダムに許しを乞うが、アダムはもはや虚ろな目で何の反応も示さない。キャルは絶望の淵に立つこととなった。

アブラは自分の心の中にキャルがいることに気づいた。病身のアダムのベッドの傍で1人必死に、キャルが父の愛を求めていたことを語り、キャルに何か頼み事をしてほしい、そうでないと彼は一生ダメになってしまうと訴えた。そして、絶望して部屋に入りたがらないキャルを説得して父のベッドで再び許しを請うように促す。アダムの目が訴えるようになり、キャルがアダムの口元に耳を寄せると、アダムは、何かにつけて煩しい看護婦を辞めさせてくれとキャルに頼む。キャルが看護婦に「出て行け!」と叫び、看護婦が退出すると、アダムは微かな声で「代わりの看護婦は要らない。お前が付き添ってくれ」と告げる。確かな言葉で父の愛を知ったキャルとアブラは涙する。そしてキャルは父のベッドの枕元に座り続けるのだった。』

(Wikipedia「エデンの東(映画)」

「カインとアベル」と「キャルとアーロン」の、混乱しやすい関係を理解した上で、『エデンの東』の物語を確認してみると、そこでは重大な「改変」がなされている、ということに気づくだろう。

つまり「旧約聖書」の方では「神の判断を受け入れず、弟アベルを妬んだ兄カインが、弟を殺した」ために、神からその「罰」として『耕作を行っても作物は収穫出来なくなる』『エデンの東にあるノドの地に追放された』ということになっており、いちおうは「勧善懲悪の物語」になっているのに、『エデンの東』の方は「(実質的)兄殺しのキャルが、最後は父(神)の愛を得て、めでたしめでたし」などという「歪んだ物語」に「改変されている」のである。

(最後に父との和解を果たす?)

つまり、この物語を「愛する父からの愛を受けられなかった可哀想な弟くんが、少々無茶をやったけれど、最後は父親に愛されてよかったね」と、そんなふうに理解した「多くの人たち」は、一一この物語を「まともに理解してはいなかった」と言えるのである。

ただ、ジェームズ・ディーンという「神話的な俳優」の「神話性」に引きずられて、この「歪んだ物語」まで「良い話」だと、歪めて理解してしまったのである。

だが、世の中には、そんな「権威主義的な開きメクラ」ばかりではなく、ちゃんと「おかしいものはおかしい」と評価できる人も、少数ながらいる。
そんな、真っ当な人の評価の一例が、「映画.com」へのカスタマーレビューとして寄せられた、「凰梁の何ちゃって映画評論」氏による『映画史に残るアイコン的作品と聞いたので見たのだが、、、』と題された、下のレビューだ。

映画史に残るアイコン的作品と聞いたので見たのだが、、、(5点満点の2.0)

凰梁の何ちゃって映画評論さん
2020年8月8日

主人公のキャルは確かに母の不在、旧来の価値観に囚われている父、そしてその父に従順な兄、アロンとの対比され余り喜ばしく無い評価を与えられたことは同情すべきである。だが父と兄は両者とも悪意はなく、また主人公を見捨てず出来るだけ精一杯愛を与えていた。
主人公は多少のシンパシーを感じたからか、兄のフィアンセに対し愛情表現を行う、これは兄に対する裏切り以外の何物でもない。いやもしかするとこれは兄に対する''理由なき反抗''か?

キャルは兄に対して常に劣等感を抱き、兄よりも良い評価を得たかったのだろう。父を喜ばせるために彼は自ら稼いだお金を父の事業失敗の補填に当ててもらうため父の誕生日にプレゼントしようとした。
しかし父が喜んだのは兄、アロンの婚約で、キャルの稼いだお金の受け取りは拒否した。
視聴者はキャルは用意した贈り物を無下にされた哀れな主人公のように見えるかもしれないが、父親は徴兵委員であり顔馴染みである近所の人の子供を戦地に送り、死なせている一方でキャルは戦争によって得た儲けで金を作ったのだ。
果たして父親の立場に立って、素直にそのお金を受け取れるだろうか?
主人公に焦点が当てられ過ぎる余り、そこに対する指摘が少な過ぎるように思える。

キャルは父の評価に対する反発から復讐をする。まず今までの自分の素行やフィアンセに行った不必要な接触に対し不満を述べたアロンに少し前に見つけた母と引き合わせる。
これはアロンの神聖視していた母親のイメージの破壊行為であり、彼の倫理観を揺らがせるものであった。父はそうなるのが分かっていたので、(※ キャルが)母親が見つかったことを知らされてもキャルにアロンには伝えないよう念を押したのだ。また母もキャル以外の家族に自分の存在が知られることを望んでいなかった、つまり彼は同時に三人を裏切ったというわけである。この復讐は見事に目的以上の効果を発揮する。まず兄のアロンは半狂乱となりそのまま戦地に恋人を置いて向かう、そして父は大事な息子の余りの変わりようにショックを受け脳卒中となり半身不随となる。

さらに母親はかつて家を出て行ったとはいえ、キャルの仕事に必要な多額の資金を貸すなど彼の理解者でもあった。しかしキャルは恩を返すことはなかった、彼は母が知られたくなかった秘密をアロンに見せつけ失望させた。
これら一連の行為は一時の悪意で済まされるものでも無いし、更にその許しを得ようとするのは余りにも傲慢ではないか?
家族(※ の人生)を狂わせた張本人であるキャルは死期の近い父から寛大な許しを得た後、兄のフィアンセと結ばれる。多くの者を感動させた物語の実態はこうである、カインとアベルよりも残酷な話かもしれない。

映画公開当時、今まで(※ 社会から)押し付けられていた価値観に対し多くの若者が反発していたのは分かる(※ だから、キャルに共感したというのも、分からないではない)、だが旧来の価値観の持つ善意まで殺す必要はあったのか?

またこの作品の評価を高めているのがキャルを演じているジェームズ・ディーンの存在だろう、この若くで死んだ俳優の出演した数少ない作品の一つ、それだけで付加価値はつく。
最後にこの作品は星二つとはしたが、B級映画と同ランクの扱いをしてるわけではない。やはり名作と言われるだけあって、どうなるのか、どう対処するのか一人の人生の一部を垣間見る気持ちで見れた。ただその行動が余りにも評価できるものでは無かったのだ。』

(母の生存を確かめるために、貨物列車にただ乗りし、山脈を越えて隣町まで行くキャル)
(兄アーロンの婚約者アブラとキャル)
(アブラとキャル。どっちも行動が軽率で無責任)
(そこまで泣くかとも思うが、25歳のディーンが15歳のキャルを演じているということもある)

まったくそのとおりである。

たしかに、二人の兄弟の父親は「真面目一方の馬鹿」である。しかも「現実を直視できない、二流の真面目人間」にすぎない。つまり、妻の現実を直視できないまま、子供たちにまでそれを偽り続けてきた人なのだ。
だから、その点をキャルから批判されるのは当然だし、アーロンはと言えば、既成の価値観としての「良識に従順なだけ」の、「剥きつけの現実に耐える力のない、所詮はひ弱な善人」でしかなく、その意味で彼も、父親同様の「二流の善人」にすぎない。

だが、この父や兄弟アーロンの、「弱さ」や「愚かさとしての、無自覚な偽善性」というのは、キャルによって、ここまで徹底的に破壊されねばならないような、「悪」などではない。一一というのは、「凰梁の何ちゃって映画評論」氏の指摘どおりなのである。

(アーロンが絶望して志願兵の列車に乗ったと知り父が止めに行くと、アーロンは列車の窓ガラスを頭突きで破って、母のことを隠していた父を拒絶する)

「欠点があるから」「完璧な善人ではなかったから」、その人生を「メチャクチャに破壊してもかまわない」というような、いま風に言えば「キャンセルしてもかまわない」というような、そんな理屈になど、なるはずがない。

聖書のように「敵を愛せ」とまでは言わないが、しかし、「欠点」や「過失」があったという理由だけで、その人の「人生そのもの」を否定し、破壊してもかまわない、などという考え方が許されるわけもない。
むしろ、そうした人情のかけらもない冷酷さサイコパス的な、寛容性の欠如)こそ、許されざる「傲慢の罪」なのだ。

『自分の敵を愛しなさい。 彼らによくしてやり、返してもらうことなど当てにせずに貸してあげなさい。 そうすれば、天からすばらしい報いがあり、あなたがたは神の子どもになれるのです。』
ルカの福音書 6:35

それなのに、こんなキャルの、メチャクチャな「復讐的乱暴狼藉」が、なんとなく許されて、なんとなく「ハッピーエンド」だなどと誤解されるのは、ひとえに、主演のジェームズ・ディーンの「魅力=魔力」のおかげでしかない。

この映画の「ハッピーエンド」自体は、理屈も道理もあったものではない、「メチャクチャ」なものでしかないのだ。
しかしまた、まさにこれこそが、人間でも空が飛べると信じさせてしまう、「映画のマジック」の「恐ろしさ」なのである。

したがって、こんな「デタラメな物語」を、それでもなんとなく「良い話」のように見せかけてしまった、ジェームズ・ディーンの魅力と、彼を採用したエリア・カザン監督の「俳優を見る目」は、いくら高く評価しても評価しすぎることはないだろう。
一一その力量とは、まさに「黒を白と言いくるめてしまう」という、「ペテン師の力量」でしかない、としてもである。

無論、ヒトラーなども「プロパガンダ」に利用した、このような「力」としての「映画のマジック」や、そうした「力量」は、社会的に見れば「悪」そのものだと評価されてしかるべきなのだけれど、「効力がある」という点だけは、事実として認めなければならない。

つまり、エリア・カザンは、まごうことなき「一流の嘘つき」だった、ということなのである。

 ○ ○ ○

では次に、エリア・カザンは、どうしてこんな「黒を白と言いくるめるような、倫理的に歪んだ物語」を作ったのか、という問題だが、これは無論、自分自身の「破廉恥な行動=非倫理的な行動」を、自己「正当化する」ためであったと、そう断じても良いだろう。

つまり、「ハリウッドにおける赤狩り」において、それを行なっていた国家機関「非米活動委員会」に対し、「仲間を売り渡した」だけではなく、その後もそれを恥じることすらせず、自己正当化を図り続けたという、そんな行動の一端として、言うなれば「アリバイ工作」のひとつとして、半ば自覚的に、この『エデンの東』は作られたのである。

『 第2章 エデンの東へ

voL.10 死にゆく心
 カザンがHUAC(※ 下院非米活動委員会)に召喚された時の彼の内面的原理原則は①「自分の事は話すが、他人の名前はあげない」というものだった。しかしそれはHUACには通用せず、20世紀フォックスダリル・ザナックも頭を抱えた。ザナックの手引きでカザンがFBI長官フーヴァーに会ったとする研究書もあるが、カザンの自伝にはその事は出てこない。
 そこでカザンは②「自分の知る党員、元党員、シンパたちに会って了承を得られれば名前をあげる」という奇策をひねり出す。実際に三名に会い、うち二名の了承を得る。しかし、他の六名には会ってもいないし了承も得ていない。その理由は自伝を読んでも明確には書いていないが、そんな事を了承するとは思えない人物だったのだろう。そしてカザンは自ら再出頭を要請し③「二名に加えて了承か否かを打診する事もなかった六名、計八名の名前をあげる」
 ①から②への変化は転向を和らげるための苦肉の策とも言えるが②から③への変化は「外的な圧力により、あるいは自己保身のために内面的原理原則を一八〇度転換させる」という明らかな「転向」にあたるだろう。
②から③へと変化する間にカザンの中でどのような葛藤があったのか、何度も自伝を読み返したが、どうも判然としない。同じく他人の名前をあげた俳優のラリー・パークスリー・J・コッブ、監督のロバート・ロッセンなどには胸をかきむしるような苦悩の末に転向を受け入れた姿が見られるが、カザンにはそのような痕跡は見られない。
 また劇作家のリリアン・ヘルマンアーサー・ミラーは「それ(他人の名前をあげる事)は私の良心が許さない」と述べて証言を拒否したが、カザンの場合は「良心」も二段構えになっており「私に良心がないと他人に見做されるのは私のプライドが許さない」と①や②の態度を取ってみたが、結局は「苦労して手に入れた成功を手放す気にはなれない」「それは自分の気持ちに正直ではない」「私を非難する者も出てくるだろうが仕方がない」「少なくとも私は自分自身を裏切らなかった」と、言い訳を考えては自分に言いきかせるという作業を延々と繰り返している。これを同じく漫画で延々と描くわけにもいかないので、迫り来る圧力とカザンの死にゆく心を具象化するために大幅なフィクションを加えた。
 大量のポルノ雑誌が送られて来る、爆弾と思わせるような小包が届く、子供が誘拐されたと思わせるなどの(※ 脅迫に関する)エピソードはFBIやそれと類似した組織が一般人に対して使う手口を資料で調べてこちらに転用したものである。

voL.11 密告者
 カザンは逡巡を繰り返した末にHUACに再出頭して八名の名前をあげ、転向する。
 ここまでは他の転向者と大きな差異はない。しかし、ここから先がカザンの特異性と言えるだろう。他の多くの転向者は、自分は良心に背いてやむなく他人の名前をあげたと忸怩たる思いを抱えて生きていった。対してカザンという人は移民である自分をアメリカ人として周囲に認めさせ、演劇人、映画人としても認めさせてきた。それが彼にとって「この国で生きぬく」という事だった。そしてここでも驚くべき事に「密告者」となった自分をそのまま周囲に認めさせようという挙に出たのである。
 ニューヨーク・タイムズ紙に意見広告を出し、本作で書いた通り自分の密告を正当化し、居直り、密告を奨励したのだった。自伝には声明を出す事を提案したのも、文章を書いたのも妻モリーで、カザンはそれに了承を与えただけだと記してある。しかしこの事により、カザンは赤狩りの歴史に名を残す事になった。後年、アカデミー名誉賞を受賞した時、通常は全員がスタンディング・オベーションで拍手を送るのだが、この時は一部出席者が座ったまま腕組みをして抗議の意を表明し、会場は異様な雰囲気に包まれた。あんな声明を出さなければ、カザンも多くの転向者の中のひとりとして数えられるだけだっただろう。
 カザンがアメリカ共産党スターリニズムを嗅ぎとって離党したのは先見の明と言えるが、その後の赤狩りへの対応を見てくると、ハリウッド・テンが修正第一条を根拠に思想、言論全体の自由を死守しようとしたのに対し、カザンにはこうした視点はなく、ただ「共産主義は邪悪な思想だからみんなで通報しよう」としか言っていないし、結局は自分の表現さえ担保されれば他はどうでもいいという事らしい。自伝では多くの言葉を費やしているが、どうにもインテリの処世術にしか見えないのは悲しいところだ。このようにHUACに呑み込まれてしまう者は、体制が変わればスターリニズムにも呑み込まれてしまうだろうに。』

山本おさむ赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』第6巻・「作者による巻末中」・P219〜221)

つまり、エリア・カザンにすれば、ダルトン・トランボに代表される「仲間を裏切ることなく、有罪を選んだ者たち」というのは「綺麗事ばかり言っている偽善者」でしかなく、言うなれば本作『エデンの東』における、父アダムや兄アーロンみたいなものだと、そう言いたいのだ。そして、自分こそが、その「偽善」を暴く「弟キャル」なのだと、そういうつもりだったのである。

「だからこそ自分は、国家からも認められ、無事に映画監督業も続けられたのだ」と、カザンはそう考えた。
そして「この結果(現実)を見よ」というのが、『エデンの東』という作品のラストに込められていた意味だったのである。「最後に勝ったのは、私だ」と。

だが、そんなエリア・カザンの「実人生」が、ご都合主義的にでっち上げたフィクションとしての『エデンの東』のように、「めでたしめでたし」で終わったのかといえば、決してそうではなかった。
「現実は、そう甘くはなかった」のである。

晩年 - アカデミー賞名誉賞の授与
1998年、長年の映画界に対する功労に対してアカデミー賞「名誉賞」を与えられたが、赤狩り時代の行動を批判する一部の映画人からはブーイングを浴びた(賞のプレゼンターはマーティン・スコセッシロバート・デ・ニーロ)。リチャード・ドレイファスは事前に授与反対の声明を出し、ニック・ノルティエド・ハリスイアン・マッケランらは受賞の瞬間も硬い表情で腕組みして座ったまま、無言の抗議を行なった。スティーヴン・スピルバーグジム・キャリーらは拍手はしたが、起立しなかった。起立して拍手したのはウォーレン・ビーティヘレン・ハントメリル・ストリープキャシー・ベイツカート・ラッセルらだった。通常は名誉賞が授けられる人物には、全員でのスタンディングオベーションが慣例のため、会場内は異様な空気に包まれた。また、会場の外では授与支持派と反対派の双方がデモを行なった。反対派のデモ隊の中には、かつて赤狩りで追放歴のある脚本家のエイブラハム・ポロンスキーもいた。』

(Wikipedia「エリア・カザン」

この記述だと、エリア・カザンの受賞に反対した人は「少数派」だったように感じられるかも知れないが、上に紹介した、山本おさむ『赤狩り THE RED RAT IN HOLLYWOOD』レビューに寄せられたコメントには、次のような(白浜維詠氏の)証言もあった。

『実は、テレビの授賞式で拍手する人もいれば俯いて起立しなかった人もいた場面を見ていました。昔の事ですので半分以上は確かに大げさでした。三分の一位くらいでした。』

仮に「三分の一」であっても、あるいは「四分の一」以下であっても、かまわない。

問題は、「赤狩り」の時代から40年近くが経っても、まだ「裏切り者エリア・カザン」という「汚名」は、決して消えてはいなかったという事実であり、エリア・カザン自身が、その「三分の一」なり「四分の一」なりの示した「歴史的評価」とその「意志」を、晩年になってまでも、目の当たりに見せつけられなければならなかった、ということこそが「重い現実」であり、「歴史的な審判」だったということなのである。

一一これでも彼は「幸せな晩年」を送ったと、そう言えるであろうか?
これで「めでたしめでたしのハッピーエンド」だなどと言えるのか、ということなのだ。

実際、「赤狩り」以降の彼の作風は、どうなったであろう。

『1952年、アメリカ下院非米活動委員会によって、元共産党員であるカザンも共産主義者の嫌疑がかけられた。カザンはこれを否定するために司法取引し、共産主義思想の疑いのある者として友人の劇作家・演出家・映画監督・俳優ら11人の名前を同委員会に表した。その中には劇作家・脚本家のリリアン・ヘルマン、小説家のダシール・ハメットなどの名もあった。以降もカザンは、演劇界・映画界において精力的に活動を続けることができ、名作と呼ばれる作品の誕生に数多く関わっていくが、この告発行為は、後のカザンの経歴およびその作風に暗い影を落とすこととなった。

同年には監督した『革命児サパタ』が公開。主演はマーロン・ブランド。カザンはこの映画のなかに、共産主義に対する批判のメッセージを込めたと言われている。』

(Wikipedia「エリア・カザン」

そう。彼の「裏切り行為」は、映画関係者からの「軽蔑」を招いただけではなく、『その作風に暗い影を落とすこととなった。』のだ。

いくらカザン自身が「良心に照らして、なんらやましいところはない」と強弁したところで、彼はその言葉どおりに「明るく前向き」に生きていくこともできなければ、そうした作品を作ることのできない人になっていったのだ。
「後ろ暗いところ」があるからこそ、「言い訳がましい作品」を作る作家となっていったのである。

では、ここで問おう。

一一「不毛の地ノド」に追放されたのは、結局のところ、誰であったのか、と。


(2024年10月17日)


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